吼えるバーサーカー

結界の中はこのまま放置していれば珈琲豆を入れる麻袋のようになるだろうか。その前に結界が破れるなとくだらない妄想を自ら一蹴する。一瞬でも現実逃避した自分を自嘲した。

ショットガンの形を模した力が退魔の散弾を撃ち出す。結界を張り巡らせる退魔の力に親い力を持つものは壁に阻まれずに結界内の悪魔を撃ち抜く。

ミノタウルス――実際は違うが似ている気がするからそう呼ぶ事にした――は退魔の銃弾を浴び、腹に響く低い咆哮を上げた。

空気が震え、大地も僅かに揺れる。保安官達は見えない的の咆哮を体で聞いたようだった。


「結界は壊れてねェ! 大丈夫だ!!」


ダニーが声を上げ、怯む保安官達を叱咤した。

イザベラと自分はひたすら弾を撃った。

実在の銃と違って弾の装填に時間が省けるのが退魔武器のメリットだ。本来なら装填に時間が掛かるであろうイザベラのリボルバーも勝手に弾が込められる。

その上イザベラは急所を的確に撃つ。目に首、額、効かないとわかるや次の急所を撃つのだ。近寄れば何処かに当たる雑な武器を使う自分より余程恐ろしい事をする。

イザベラは結界に向かって斧を振りかざす腕を何度も撃ち、怯ませる。腕から離れた斧を撃ち抜けば柄が折れ飛び、刃もひび割れた。破壊力のありそうなものは早々に潰すに限る。

ミノタウルスは武器が使い物にならなくなると知るや結界に向かってその巨体をぶつけ始めた。

ビキ、と嫌な音を聞いた。


「結界が破れる?!」


イザベラも音を聞いたのだろう、どうするか問いたげな目線が来た。


「バイク借りるぞ!」


ダニーが乗り捨てられていたミニバイクに股がり、すぐさま発進させた。

ダニーは牛舎を囲む結界を張っていた。恐らく今回も簡易の結界を張るつもりだろう。


「イザベラ、あんたはそこから撃ち続けろ」

「あ、ロビン!?」


困惑したままのイザベラを置いて結界へと走る。そのまま悪魔が蔓延るへ中と突っ込んだ。

このまま外側から攻撃していればミノタウルスは結界を攻撃し続ける。ならば中に入って気を引けばいい。幸い今までの攻撃で結界内部の悪魔の数は駆け付けた時より減ってきていた。術者であるミノタウルスが悪魔召喚の手を止め、こちらに来たのも要因のひとつだろう。

目の前に飛び込んできた獲物に悪魔が吼える。その口に銃口を突っ込んで引き金を引いた。

黒い霧のような飛沫が飛び、悲鳴が上がる。ミノタウルスは被った頭骨の奥から赤い目を覗かせた。

次には丸太のように太い腕が振り上げられた。拳が振り抜かれるよりもわずか早く跳び上がる。背後から飛び掛かった悪魔がミノタウルスの拳を全身に受け、吹っ飛んでいく。

ミノタウルスの腕の上に着地し、掴み掛かる片手を再び跳び避ける。

ミノタウルスの頭を飛び越えざまに撃つ。頭骨が多数のひびを作った。思いのほか硬いそれに舌打ちしながら、振り返ったミノタウルスの脇に潜り込んで発砲。脇辺りを散弾に抉られ怯んだ所を更に撃つ。

他の悪魔に囲まれる前に距離を取り、外のイザベラの援護に助けられながら雑魚を散らす。


「ロビン! 後ろ!!」


ミノタウルスが掴み掛かるのをイザベラが知らせ、前方に転がり逃れる。振り返りざまに一発。ミノタウルスの指に散弾がめり込む。痛みに呻き、ミノタウルスは荒い息を鼻から吹いた。姿勢を低くしたミノタウルスに横に駆ける。

ミノタウルスは鼻息荒く突っ込んで来た。思い切り跳ぶと、周りを囲みつつあった悪魔達が代わりに撥ね飛ばされる。

体勢を立て直すと、突進を止めたミノタウルスと目が合った。汗が噴き出すのを感じた。

ミノタウルスは再び突進してきた。


「させないよ!」


イザベラが吼え、銃弾がミノタウルスの足を捉える。ミノタウルスは足を取られ、転がるようにしてこちらに迫ってくる。悪魔を巻き込みながら転がってきたのをなんとか避けた。


「おい! 大丈夫か?!」


結界を張るうちに距離が近くなっていたのだろう、ダニーが声を掛けてきた。


「なんとか。結界は?」

「あとは呪印だけだ」


彼はいつの間に仕込んでいたのかチョークを出すと手早く地面に印を書き込んだ。その上に手を重ね、持ち上げる。ダニーの手のひらへと伸びるように印から蒼白い火が上がった。

キンッと甲高い音が鼓膜を震わせる。今いる結界を更に囲むように刺されたピンが淡く光った。


「見ろ。ヤツが起きる」


ダニーの言葉に振り返るとミノタウルスが腕を使い半身を起こしていた。黒い靄を吹く足で再び立ち上がりよろめく。手をつくように近くの悪魔を掴んで、ミノタウルスは立った。

掴んだままの悪魔を投げ飛ばしてきたので避ける。そのまま結界に叩きつけられた悪魔にダニーが驚いた声を上げた。

本能のままに戦う姿は知性に欠けると内心毒づいてショットガンを構える。

ミノタウルスが吼えた。他の悪魔達はミノタウルスの咆哮に同調するように吼えた。

結界が震え、みしりと音を立てる。

近くで吼える悪魔を撃ち抜く。ダニーも結界の外からナイフを投げ、ナイフは回転しながら悪魔の頭部に突き刺さった。

イザベラが保安官達に撃つように叫び、自らも狙い撃つ。

ミノタウルスは悪魔達が吼えるのを見て荒い息を鼻から漏らした。

頭骨の奥の目がこちらを見る。

巨体を揺らしながらこちらに歩み寄り、次第に歩を速める。こちらもショットガンを構えながら歩み寄った。

掴み掛かってくる懐に潜り込み、再び脇に銃口を向ける。

派手な音を撒き散らしながら礫が腕を脇を捉え、黒い血が噴く。

転がるように懐を抜け出て、再び構える。

黒い血を噴く腕に弾を撃ち込み、振り払うもう片方の腕を後ろに跳んで避けた。

ミノタウルスが姿勢を低くする。突進が来るのを予測しながらも構える。避けられなくなるぎりぎりまでミノタウルスの肩を撃ち、飛び退けた。

ミノタウルスは他の悪魔をストッパー代わりに巨体を止めるとこちらに振り返る。

飛び掛かってくるのを避けながらひたすらに銃弾を撃ち込み、掴み掛かられる寸前に撃った散弾がミノタウルスの片腕の付け根を捉えた。

人の腕程はあるミノタウルスの指が胴を僅かに掠めて飛んだ。執拗に撃ち込んだ散弾が肉と骨を砕き吹き飛ばしたのだった。

肩から黒い血を撒き散らし、悲鳴に近い咆哮を上げるのを見据える。


「もう片方も吹き飛ばしてやる」


ダニーが後ろでぼそりと「クレイジー」と放心気味に呟いた。

ミノタウルスの身がよろめく。頭骨がぱきりと音を立てて割れて落ち、黒い靄が立ち上る。取り憑く先を替えるつもりだろうか。靄は浮き上がると中心地へと飛んでいった。


「ロビン!」


呼ばれて振り返るとダニーがミニバイクに乗ったまま結界内に飛び込んできた。


「野郎、新しい体を喚ぶつもりだ! 止めるぞ!」


ダニーが差し出した片手を掴み、無理やり彼の後ろに乗る。飛び掛かる悪魔をショットガンで撃ち飛ばしていると後ろから轟音が近付いてきた。

ミノタウルスだ。術者の支配から解かれても凶暴性は変わらないらしい。ダニーの体を支えに後ろへと体の方向を変え、銃口を向ける。

吼えながら走ってくるミノタウルスに散弾を浴びせる。悲鳴なのか怒りなのかわからない叫びを上げてミノタウルスは姿勢を低くした。


「スピード上げれるか?」

「そもそも定員オーバーだっての」


解りきった事を聞いたが聞かずにはいられない。舌打ちしてしっかりと銃底を肩に据えた。


「旋回する事を勧めする」

「おい。猛烈に嫌な予感がするんですけどォ!?」


無視して引き金を引く。肩に衝撃を受けながら弾切れ知らずの暴れん坊を撃ち鳴らした。

ミノタウルスは頭に散弾を浴びながらも足を止めない。段々と距離を詰められながらも銃撃は止めない。ミノタウルスが吼え、唾液が散るのを見ながら散弾を撃ち込む。


「曲がるぞ! 掴まれ!!」


ダニーの声に片腕でダニーに掴まる。斜めに傾いて方向を変えるバイクを見ながらミノタウルスがスピードを落とせず悪魔を薙ぎ倒していく。

車体が安定したのを感じて再び銃を構える。


「術者は!?」

「そろそろ中心に陣取りそう」


舌打ちして散弾を撃つ。

ミノタウルスが薙ぎ倒した悪魔達をブレーキ代わりにし、こちらに向き直った。しつこさに歯噛みして頭を撃つ。確実に肉も骨も砕いているが咆哮は止まない。バーサーカーというワードが一瞬浮かんだ。

巨体が再び迫る。殺気立った赤い目を睨み返して弾を撃つ。

ミノタウルスはぐっと顎を引くと突き上げるようにしてミニバイクに突進した。


「ひぃッ!! 死ぬ! 死ぬ!!」


後輪が浮いた衝撃にダニーが悲鳴を上げる。眼前に迫った鼻を蹴り飛ばして眉間に一発お見舞いしてやった。

ミノタウルスが吼える。唾液を浴びて舌打ちしながら開かれた口に銃口を突っ込んだ。


「くたばれ!!」


バガン! と大きな音を立てて散弾がミノタウルスの喉を撃ち抜いた。一度銃を消失させ、構えて再び喚び出す。轟音を鳴らして散弾がミノタウルスの頭に無数の穴を開けた。

ミノタウルスの体がよろめき、しかしスピードを落とさずに転がる。


「飛び降りろ!」

「なんだってェ!?」


ダニーが一瞬振り返り目を見開いた。

左右に分かれるように飛び降り、ミノタウルスの体は乗り手を無くしたミニバイクにつんのめり浮き上がって吹っ飛んでいった。

グラウンドの土は瘴気でぬかるんでおり、飛び降りた体を泥塗れにしながら受け止める。


「うわーッ!! 泥だらけになっちまった!! この前買ったばっかだってのに!!」


ダニーの叫びを遠くで聞き、怪我の心配はなさそうだと呆れながら身を起こす。


「文句は元凶に言うんだな」


そう言うとダニーは唇を尖らせた。

いい加減この騒ぎも終わらせてしまいたい。顔についた泥を拭いながら心底そう思った。

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