1-4 「畏れ多き君」

 「ひえええええええ」

 既に倒れている門衛たちに更に叫び声をあげさせているのは、新たに上から猛烈な勢いで地面に迫ってきている紫色の竜のような獣である。竜と呼ぶにはずいぶん丸っこいが、あの丸い胴体の下敷きになったら、薄っぺらい板状になるのは間違いない。そう思わせるだけの質量を誇るココナだった。

 「失敬な……」

 虫も殺さぬ、という形容詞がふさわしい優美な顔立ちの美女が、眉間に強く皺を寄せている表情は、非常に凄みがある。顔に「不愉快である!!」と大書されているのに等しい圧力が、セキからはにじみ出ていた。

 「わたくしは非常に目配りができる侍女ですので、世間知らずの姫のように僕を踏み潰したりしません」

 地面に這いつくばっている衛兵の上ーーー大人一人分くらいの高さで、静止した紫丸竜ココナのうえで、眉間に深い皺を刻んだまま、美女は言った。地獄から響いてくるようなドスの利いた声である。

 「セ、セキ様……!」

 「セキ様?!」

 先ほどまでオローリン姫の名前を口にしていた周囲の人垣は、今度は畏怖の念をこめた声色で、空中に留まっている女性の名前を口にした。先ほどのように、詰めかけては来ない。むしろ、周囲の野次馬は、一歩ずつ後退ったように、輪が広がった。輪の中心にいるのは、もちろん眉を吊り上げているセキである。

 「セキ様……恐れ多い……」

 誰かが口にしたその言葉に、皆がハッっと締まった顔つきになる。同時に、ざざっと膝をつく音が響いた。あまりに多くの者が膝を地面についたので、もうもうと土埃が上がったほどだった。


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