傾いた景色は別物だ 13

  管理センターは荒咲駅から七駅先――となりの市にあるという。

 『リラシステム』は荒咲市の人間にしか使いこなせない、と校長は名言していたにもかかわらず、管理する場所は市外。これには首を傾げてしまう。なにか理由があるのだろうか。

 ともかく、最寄り駅は市の外側に位置しており、ワンマン列車で七駅はそれなりにかかる。でも大丈夫、営業時刻は思ったより長い。覗いて帰ってくるくらいなら日帰りでも事足りる。自宅に帰るとなると荒咲駅に引き返し乗り換える必要があるが、それでも問題はない。うちに待っている親はいないのだ。最悪ホテルに泊まる選択肢だってある。

 とにかく足を動かさなければ始まらない。

 五時間目の授業を終えた僕は脇目も振らず学園をあとにし、真っ直ぐ駅へ。腕時計で確認しながら、常日頃利用している一本まえの列車に乗った。すこしの小走りで上がった息を整え、それから約四十五分のあいだ揺られ続けた。


 ――荒咲市は大きめの地方都市だ。

 無論、大都市圏に比べれば差は歴然である。列車に運ばれていれば、田舎特有の水田多めな景色に移り変わる。管理センターのある笠矢かさやは、荒咲市と並んで栄える地方都市。今でこそ車窓には田舎の名残が見受けられるが、これもじき別の雰囲気に変わってくるだろう。

 僕は滅多に乗らない景色の遷移を、ぼうぜんと眺めていた。

 建物は減り、のどかな風景へ。そしてまた、都市部の気配が増してくる。

 オレンジにはほど遠い斜光。しかし引き返してきたときには既に陽も落ち、色が変調していることだろう。

 途中でいくつかの駅に停車し、乗客が降りていく。

 それでも残り続ける客はいる。きっと彼ら彼女らは、僕と目的地が一緒だ。


 僕が降車したのはひがし笠矢駅。

 荒咲駅より二回りほど小さいが活気はある。ホームの数も多ければ改札内にお土産屋もある。小規模の百貨店もあるならば十分と言えるだろう。

 ただ、やはり初めて来る駅は新鮮に過ぎる。アナウンスも車両の音も聞き慣れない。なんだかちょっとした旅行に来た気分だ。


「それも、すぐ慣れるだろうけど……っと」


 降りてすぐ目に付いた自動販売機で水を買う。ボトルを取り出すなりフタを開け、その場で流し込んだ。

 ……すこし落ち着いた。

 僕は改めて、通学カバンにボトルを突っ込み歩きはじめた。



◇◇◇



 東笠矢駅から徒歩十二分。

 件のセンターはショッピングモールの国道を挟んで反対側に位置していた。

 しかし。


いてるな……」


 ソウタの言うとおり、ここ最近は不調のようだ。『リラ』の不具合――端紙リオの反乱――は、管理センターの売り上げにも多大な影響を与えているようだ。

 人々の中には未だに『リラ』の現状を軽視している者もいるくらいだ。不具合ひとつでどうにかなるとは思えなかったが、現実は非情である。

 自動ドアを通れば、客はゼロではない。目に見える範囲でも四組はいる。カウンターで話を聞いているカップルやプリクラ機のようなものを覗く女子高生三人組、ベビーカーを押している夫婦らしき客も見受けられる。……それでも少ないが。

 とはいえ、平日の夕方ごろならこんなものなのかもしれない。

 調査ではなく純粋に楽しむつもりなら、来場は休日の昼前あたりがちょうど良さそうだ。

 まあ、その辺りは置いておこう。

 僕は僕の役目を果たさなければ。そう時間をかけるのもよろしくはない。


 これだけ客足が少なければ変に目立つこともない。

 そんな理由で安堵しながら、僕は店の奥へ足を踏み入れた。


 通路に沿って設置されたコーナーを流し目に見ていく。ちょくちょく視界に入る看板や着ぐるみ――イメージキャラクターであるイヌとネコのキメラ――からは意識をそらした。

 一般に公開されているのは二階までだが、それでも十分なほどの広さを誇っている。ゲームセンターにフードコート、果ては幽霊屋敷なんかもあった。特に幽霊屋敷は二人一組形式の仕様で、互いの心拍数が確認できるなんていう趣向が凝らされていた。

 言ってしまえば、ここは恋人とイチャイチャすることを目的としたパーク。僕のような一人客は平日に訪れて正解だったようだ。


 一通り見て回り足を止めたのは、アプリで行われる相性診断をより詳細に行える、グレードアップ版の体験ブースだった。あいにく一人なので診断は受けられないが、案内看板は表示される項目を並べ立てている。

 スキンシップの取りかた、相手の感情表現のポイント、デート時の服装……どれもアプリより踏み込んだ内容。

 アプリで表示される結果というと、数値とは別にちょっとしたアドバイスがあるくらいだ。数値が高ければ「こういう行動を心がけるとより進展するよ」という旨の文章が、数値が低ければ「ふたりの距離を縮めるためのワンポイント」と二分されている。

 以前に見染目と行った相性診断は……たしか十二パーセントと最悪だった。あの数値自体珍しいので、当時の『リラ』は男女交際を視野に入れた機能のくせに「お友達から」なんて皮肉めいた発言をしたのだった。

 目を引いたのはおすすめのデートスポットまで表示される部分だ。診断したふたりの行動傾向や性格から、荒咲市の観光案内へとリンクさせているらしい。

 そういえば『リラ』の恋愛推奨制度は、荒咲市の活性化も視野にいれたものだった。とすれば、市外に設置されたこの管理センターは、荒咲市への移住を促す役割も担っているのかもしれない。

 ……このブースで行われる相性診断がどういうロジックをしているのか、気になるところだ。

 もちろん、それを確認することはできないけれど。


「こっちは……展示スペースか」


 隣接するカタチで、一際ガラリとしているスペースが設けられている。

 ベンチと自動販売機。休憩所としても機能しているその場所だが、メインは展示パネルのようだ。僕は自然とそのブースに入った。

 迷路のごとく並べられた白いパネルとデジタル看板。表示されているのは『リラ』の開発に携わった研究者や偉い方のインタビュー記事、管理局の活動の数々。周囲の賑やかな雰囲気とは一線を画し、このブースは難しい文章が多い。客足が少ないのも納得ではある。

 けれど、これこそ僕の目的だ。

 僕はもう少し『リラ』について理解したい。今まで、『相性数値が絶望的に低い』ことを理由に触れてこなかったツールなのだ。情報が武器と言っても過言ではない世の中だ。ましてや、端紙リオと向き合うのなら少しでも知ろうとする努力が求められる。そんな漠然としたものが、今日ここへ足を運んだ理由の正体だ。


 頭が痛くなりそうな文章。

 理解が難しいアルゴリズムについての説明。

 付け焼き刃の知識を記憶していきながら、僕はゆっくりと巡った。


 しかし、ふと足が止まる。


「――、」


 僕はとあるパネルのまえで立ち尽くし、見間違いではないかと視線を彷徨わせる。

 だが、現実だった。

 

 『リラ』開発に携わった研究者。画期的な仕組みをもとに相性診断システムの基盤を発案したという、管理局きっての功労者。

 理知的なメガネが象徴の顔が、薄く微笑みを浮かべる写真。

 この男を――知っている。


 御門将哉みかどまさや


 つい最近も会話した、荒咲高等学園の教員。

 『情報は命。持たざるものと持つものでは見える世界も変わってくる』と、見染目と同様、『リラ』の騒動を危険視していた者。

 よく考えれば不自然だった。

 情報を持たないという意味では、御門先生だって同じだったはず。けれど今思い返すと、あの態度はまるで、


「知っていた、のか? 『リラ』に起こった不具合も把握していた……?」


 あの男が管理局の人間だったとすれば説明がつく。

 どこか知ったようなあの口ぶりが、実はすべて知っていたのだと考えると腑に落ちる。

 考えれば考えるほど。

 思い返せば思い返すほど。

 御門先生という白衣の像に、得体の知れないモヤがかかる。


「なんなんだ……」


 なんなんだ、いったい。

 どうなってる。考えることが多い。

 どれから手を付ければいい。


 分からないことがあった。その疑問を解消するために、こうして情報を求め足を運んだ。

 でも結局は疑問が増えただけという始末。

 目も当てられない。ここへ来たのは間違いだったのか?

 いや、そんなはずはない。情報は命だ。知るのと知らないのとでは、見え方が異なる。知覚できるはずのものを知覚できないままにしておくのは、紛れもなく悪だと、僕は思う。


 死者を呼び起こす端紙リオ。

 必要もないのに監視カメラの情報を盗んだ形跡。

 万全なはずのセキュリティをすり抜け宗教勧誘するユーザー。

 御門先生の存在。


 くそ、せめてここに見染目がいれば何かが分かったかもしれないのに。彼女のひらめきに頼れないのがとんでもなく痛い。


 ピピピ――、と携帯がアラームを知らせる。

 時間切れだ。今日はもう帰らなければ。


「……っ、」


 歯がみする思いで、僕は踵を返した。

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