傾いた景色は別物だ 8

 現在の『リラ』における不具合は、ユーザーと関係深い相手とのマッチングを利用したものだ。

 死したものが黒いプロフィールに飾られて接触してくる。

 とすれば、同じく『死んだもの』である端紙リオとマッチングする可能性を持つ生徒がここにいる。

 見染目は僕を釣り餌にするという望みの薄い手法をとった。

 一般人にできることといえばこれくらいだ。騒動の中心人物でもある端紙が食いつくとは思えない。それでも何もしないよりはマシ。

 僕は見染目といっしょに、不具合が発生した場所を巡ることとなった。


 さしあたって。


「今日からあなたのユーザー名は『リオちゃん愛してる』よ!」

下手したてにでるってそういうことなんだ……」


 駅前のロータリー広場に連れてきた見染目は、自信満々に作戦を告げた。

 僕は手元の携帯――いつのまにか『リラ』のユーザー名が変更されている――から顔を上げ、冷ややかな視線を送った。


 基本的に『リラ』のユーザー名は本名が当てはまる。

 こういう場では普通架空の名前を用いることが多いが、リラは登録時に入力した本名からローマ字表記に変換され、自動的にユーザー名となる。そのため、苗字が変わった際など事情があるときは、サポートセンターに連絡して許可をとれば変更可能だ。親切なことに、変更後の名前をメール形式で送れば向こうが処理してくれる。

 心配しなくとも、本名が相手に伝わるのは互いにIDを送り合って承認した場合のみ。掲示板だって匿名なので、利用者にとって自分のユーザー名はそこまで意味を持たない。自分が認めた相手以外には明かされないので、身バレのような事態には陥りにくい。


「――で、名前を変更する許可をとったのはいいよ」

「でしょ?」

「問題は名前だよ名前。なんだ愛してるって」

「いいじゃない。目立って効果的、かつ情熱的。かの端紙リオちゃんも、熱烈なアピールなら応えてくれるかもよ?」


 ニヤニヤと笑う彼女から本気な気配を感じ取り、頬が引きつる。


「いやいや、他人事だと思って適当な……第一僕は、」

「好きじゃないって?」

「……」


 聞きかえされ、思わず出かかった言葉を飲み込む。

 好き。

 好き、かぁ。

 僕は胸の内で復唱した。半ば反射的に抗議しかけたのだけど、考え込んでしまう僕がいた。あんなにも現実にありふれている言葉なのに、今はとんでもなく難しい問題に思えた。自分には不釣り合いな言葉である。同時に惹かれる響きにも聞こえてきた。

 僕が彼女に惹かれている? 曖昧でどっちつかずな自分を省みて、果たして真実だろうかと疑問を抱く。端紙リオを好きだなんてことはあり得ない、と僕は思うのだ。常識的に考えて。

 彼女との記憶を持ち合わせていない現状、この「追いかけたい」という衝動に似た感情を、粗雑に恋と決めつけてしまっていいのだろうか。


「……正直、わからない」


 頭に手をあて、絞り出すように答える。

 結局、僕ひとりでは導き出せない。詩島ハルユキは、すでに死んでいて話したこともない彼女に好意を抱いているのか? そんなこと、僕が二年前の自分に訊いてみたい。

 見染目はそんな僕をじっと見つめていたが、やがて「ま、センセもああ言ってたし、そんなもんか」と小さく口にした。


「あんたも、苦労してたのね」


 最後にそんなことを付け足して、見染目は踵を返した。流し目の瞳が細められていて、そこに秘められた深い感情を覗き見てしまう。

 僕を置き去りにして、駅構内へと歩いて行ってしまった。


「……?」


 妙な反応だった。

 見染目らしくない、というのは友人面が過ぎるだろうか。まだ二週間ほどの付き合いだけれど、これでも見染目クミカの人柄は理解してきているつもりだ。今のつぶやきは、いつにもまして優しさの度合いが高かった気がする。

 僕は首を傾げつつ、その背中を追いかけた。


「それはそれとして、この名前に納得したわけじゃないんだけど! クミカチャン!?」





 ――アレが同情に近いモノだったのかもしれないと気がついたのは、電車に揺られ、二駅先の西荒咲にしあらざき駅へ到着してからだった。

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