死は常に生を見つめている 11

「って言われてもなぁ」

「任されたんだからやるしかないでしょ、あの人はただの校長じゃない。『リラ』管理局のお偉いさんよ?」


 管理局から依頼を受けたその後。視聴覚室をあとにした僕と見染目は、体育館よこに設置された自動販売機のまえで情報を整理していた。

 ふたりの手には同じ缶コーヒーが握られている。


「偉いひとから直々の依頼だってことはわかってるけどさ。見染目は何も思わないの?」


 口元に指を添えて、んー、と数秒。返ってきた言葉は、


「面白そうだし、いいんじゃない?」


 という、脳天気なものであった。

 忘れていた。見染目クミカという生徒はこういうスタンスだった。たしか僕に接触した理由も「センセに連絡先教えてもらったから」だったし、気軽に「恋人なろうよ」なんて宣う人柄だった。

 すこし考えれば、この見染目が首を突っ込むのも容易に想像できる。何なら、以前から『リラ』の不具合には目を付けてたみたいだし。

 ……神経質なのは僕だけか。


「はぁ……わかった。どのみち僕も巻き込まれるんだろう」

「わかってんじゃん。さすが相性数値最高十八パーセント」

「うるさい」


 やめてその呼び方。気にしてないわけじゃないんだから。っていうか傷つくから。


「それで? どうする」


 それよりも、今話すべきは明後日のことだ。

 正確には、『リラ』を攻撃したという犯人をどう捕まえるか。この手の話は僕も詳しくない。サイバー犯罪? に類するのだろうか? 見染目は何かと詳しいみたいだしいいとして、僕にはどう向き合えばいいのか見当が付かずにいる。


「どうするもなにも、まずは実際の現場をみたいわね、あたしは。そういう意味では、明後日は絶好のタイミングなんじゃない?」

「つまり情報が欲しいってこと?」

「イエス。あたしが把握してるのは、ネットで得た情報と友達から聞いた情報だけ。そこからいくつか推理して……不具合発生の時期的に、この学園の生徒が関わってるっていうのも現実味を帯びてきてる。たぶん管理局もそう考えてあたしに依頼したんだと思う。あんたは知らないけど」


 彼女の言いたいことはなんとなくわかった。

 僕ら一年生が入学して数ヶ月。タイミングとして合わせて考えてしまうのも無理はない。彼女がこの学園に関わってる犯人がいると推理するのも頷ける。

 

 ここ荒咲高等学園は、『リラシステム』が試験的に導入された最初の場。理数科ではすでに不具合発生がみられているし、不思議なことではない。


「ただわからないのは、局所的に不具合が起きてるところなのよねぇ」

「というと?」


 首を傾げる僕の反応をちらりとみて、見染目が弄っていた携帯のモードを切り替えた。

 見染目が画面上でみていた情報が、ホログラムとなって浮かび上がる。宙をスクリーンにして、真上に向けた画面から光の束が拡がることで映像が表示。対面に立つ僕も参照できるようになった。

 ホログラムで表示されたのは、最近のニュースでよくみかける、市内の地図だ。各所が色分けされ、赤いモヤでマーキングされたものである。


「エリアごとに不具合が起きてる。南西のここが昨日の発生地域。他の赤いところも全部不具合の起きた場所。管理局の人たちが、明後日のイベントが狙われると予測できてるのも、たぶんコレがあるから」

「なるほど。管理局は管理局で、いくらか予想は立てている……」

「でも意図がわかんない。この不具合を引き起こしてるやつの」


 要は、犯人の目的か。

 『リラ』のアプリで不具合を引き起こすなら、場所を絞る必要はあまり感じられない。地域ごとに限定して不具合を引き起こしている理由として考えられるのは……例えばこんなのはどうだろう。


「不具合を引き起こすには何か条件があるとか?」

「うーん」

「限られた場所でなければ通知を送れないとか。いや……もしくは人がある程度集まっているところを狙ってるとか」

「後者が理由だとすると、犯人は混乱する人々を見て笑ってるってわけ? はっ、とんだ愉快犯ね」


 心底不愉快そうに笑い飛ばして、見染目はホログラムを閉じる。

 と同時、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 さきほど受けていた数学が終わった合図である。今日はのこり二限。戻らなければならないのが億劫だ。僕は内心で舌打ちした。


「チッ」


 実際に舌打ちした見染目は目に見えて不機嫌だった。


「あたし、つぎの授業体育なのよねぇ」

「ああ……」


 そういえば前に追いかけられたときは死にそうになってたっけ。

 げんなりして、とぼとぼ戻っていく見染目。その背中に、「明後日よろしく」と声をかける。

 チカラの入っていない腕を持ち上げて、彼女は了解と口にした。

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