死は常に生を見つめている 12

 そういえば、誰かがうきうきでそのイベントについて語っていた。

 バスを降り、目を細めた僕は先日の記憶を思い返していた。


 今日は晴天に恵まれた金曜日。

 昨日はくもり空だったためひそかに期待していたのだけど、夜が明けてみれば頭上は雲ひとつない青色に包まれていた。がっくりと肩を落とすほどではないにしろ、こんなにもお出かけ日和が過ぎると気も進まない。

 せっかくの休みに、どうして腰を上げねばならない。溜まりに溜まったストレスを解消できる貴重な一日だというのに、どうしてかこの日本はそれを奪う。天気が良い日は外に出よう? たしかに理屈は通っている。健康的で理想的な休日だ。でも、天気に恵まれたからこそ家でまったりするのも中々捨てがたいものであると、彼ら彼女らは知っているのだろうか。一概に外出が正義ともいえないのだから、僕みたいな引きこもりがいても当然。ならば放っておいてほしいものだ、休日の神さまには。

 などと、口にせず愚痴をつらつらと並べ立てる。


「みんな恋人みつけられなかったのかな」


 おしなべて、気の乗らない気分を一言に乗せると、見染目に呆れた眼差まなざしを向けられる。


「参加者のまえで言わないでよ?」


 ていうかソレ自分のことじゃないの? そんな毒を吐き、彼女はすたすたと行ってしまう。向かう先は休日を満喫する人々が行き交うちょっとした広場になっていた。さらに奥には大きな公民館がそびえ、イベント時にはよく人が集まる場となっている。

 彼女の背中に「たしかに」とこぼし、僕は『リラ』の起動画面に目を落とした。


 お知らせと称し、イヌとネコのキメラがユーザーを招集していた。掲げた看板には『リラ大規模交流イベント』という文字がポップに書かれている。

 自由に参加オーケー。

 事前登録者にはクーポンつき。

 リラのユーザー登録手順からはじまり、プロフィール作成のちょっとしたアドバイスやおすすめの利用方法まで教えてくれるらしい。

 一見するとただのアプリ初心者教室。参加者はアプリに触れたことのない人たちばかり――と思いきや、実はそうでもない。僕ら荒咲学園の生徒を含め、幅広い年齢層に人気がある。

 その要因がプログラムのひとつ、午後二時からはじまる『診断体験コーナー』だ。

 チュートリアルも一時間あれば終える。そうなれば、次にやってくるのは実践だ。つまりこの体験コーナーでは、実際に参加者同士で相性診断を行うことができる。もちろん、互いにIDを教え合って。

 運営曰く。教え合った相手のIDは消されるので、安心して相性診断の体験ができるそうだ。

 しかし、一部の参加者にとってはどうでもいい。この時間を目当てにやってきた者は少なくない。なにせ、これはれっきとしたなのである。

 顔がいい相手を探して、はたまた気の合いそうな相手を探して、ターゲットを定めたらさりげなく近づく。「相性診断、もしよかったら私としてみませんか?」と声をかけるきっかけができる。もし相性もよく脈ありならば、イベント後にもう一度ID交換だ。

 ただの初心者向け『リラ』教室ではない。少なからず人気があるのは、そういう理由だった。



 憩いの場となっている広場を抜け、公民館に入る。

 レンガ調の床がモダンな雰囲気を創り出し、入り口ホールは高い天井。吊された恐竜骨格の模型が出迎えた。奥の通路の先にはいくつか扉が並び、左右に逸れる十字路。片方は階段のようだ。

 先に入った見染目を探しつつ、館内を見回す。

 ポスターがたくさん貼られたコーナーのとなり、来客用の受付にその姿を発見する。別の一画ではスタッフらしき数人が忙しなく行き来していたが、それを横目に彼女へ近づいた。


「――ということは、事前に参加登録したひとのリストはあるんですね?」

「ええはい。クーポンの配布がありますからね。リストは関係者のみに共有されておりますので、お見せすることはできませんが……」

「いえ、それは結構ですので。ただ確認したかっただけです。ありがとうございます」

「よろしければあなた方も、今日のイベント、楽しんでくださいね」


 また歩き出す見染目。

 僕はそのとなりに付き添い、口をひらいた。


「参加者リスト?」

「そ。もし今日ここで異常が起きるのなら、被害を受けたユーザーの共通点だけでも知っておきたい」

「共通点というと、あれかな。事前登録しているか、そうでないか」

「具体的には、あらかじめ来るとわかっていたユーザーか、行動が読みにくい不確定要素のユーザーか」


 彼女は探偵かなにかなのだろうか。

 『リラ』の不具合を単なる騒ぎではないと見抜き、独自で情報を集め行動を起こす。管理局が彼女に頼ったのは、この行動力に期待してのことだったのかもしれない。こうして率先して動いてくれると専門家が味方についた気分になる。一方の僕はなんてことない一般人。協力をもちかけた理由は全くもって思い当たらない。

 僕なんかよりもっと適任がいるだろうになぁ、とぼんやり考えながら、僕は見染目に続いた。


 広場に戻ると、さっきまで何もなかった芝生のうえで机や椅子を並べる集団が目に付いた。演劇などでよくみる山台が並べられ、すでに正面にはステージができあがっている。参加者の座る席はそのステージと向き合うかたちで敷き詰められるようだ。

 腕時計は十二時三十分を差している。

 イベント開始の午後一時には間に合うだろう。


「昼は適当に、あそこで済ませましょ」


 見染目が指差す方向に目を向ける。道路を渡ったさきに見慣れたコンビニが居を構えていた。

 返事をするまえにさっさと行ってしまう彼女。僕はその場で一歩立ち止まり、背後を振り返った。


 着々と準備をすすめる広場を俯瞰。

 ふとつぶやきが漏れ、風に紛れて消えた。


「死者と、マッチングか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る