死は常に生を見つめている 10
「有臣さん、説明をしてあげなさい」
「はい」
有臣先生が説明を受け継ぐ。
反応して、スクリーンの映像が変わった。
「現在、我々が管理するマッチングアプリケーション――通称『リラシステム』は、何者かの攻撃を受けています」
「攻撃……?」
疑問符のついた声をつぶやいたのは、僕よりも事態を把握していると思っていた見染目だ。
「
スクリーンに目を向け、有臣先生が続ける。
「被害の詳細を説明しましょう」
映し出されたのは、『リラ』利用者であれば見慣れた画面だった。
ユーザーのプロフィール画面。それがスクリーンの片側を埋める。
つい先日、見染目と相性診断したときにも表示されたものだ。本人のホログラム画像が動き付きで再生され、誕生日や血液型、趣味、好物まで入力されている。『リラ』が相性診断数値を算出するための要素が詰め込まれたページだ。
しかし、そのとなりに映し出されたものはまったくの別物だった。
「左の画面は見慣れたものだと思います。反して、右側のこれは被害者が強制的にマッチングしてしまった相手のユーザー情報です。正規のルートでご覧になれるものとの違いが、わかりますか?」
わかるもなにも、一目瞭然である。
「名前以外、真っ黒……」
見染目の声に頷いて、先生は説明を再開した。
「ユーザー名を除くすべての情報が、意図的にロックされた状態です。被害者はこれを三から六、多くて八通同時に送られています」
「でも、それのどこが問題なのですか?」
僕が問うと、先生は
「今の被害がそれだけならば、素性不明のユーザーとマッチングしてしまっただけの話です。最悪これを解消できなくとも、大した問題にはならないはずです。『リラ』にはブロック機能だって備わっている。ひと昔まえの迷惑メールと大差ない。まして、僕らみたいな部外者に急な依頼をする必要もない」
「それがそうも言っていられないのだよ、詩島くん」
口を挟んだのは校長だった。
「たしかにメディアでは、この不具合の原因たるユーザーのことを『素性不明』として扱っている。でもね、当事者はそうではないことを分かっているのだよ」
「……?」
「当事者だけではない。今の世のなか、情報など光のごときスピードで拡散する。この正体不明ユーザーの異常性を、すでに一部の人間は知り得ている」
何を言っているんだ?
素性不明のユーザー、ではない? 被害にあった人は皆知っている? この黒いだけの相手は、管理局が手を焼くほどのものなのだろうか? 今すぐにでも消去しなければならないほどのものなのだろうか。
「どういう、ことだ?」
鋭い口調になってしまう。
真実を知らないというのは、怖い。それだけに、もったいぶる校長を煩わしく感じてしまう。そんな自分を押さえ込み、冷静を
有臣先生が目を閉じる。校長もすこしだけ躊躇う。
しかしその一瞬の隙をついて、聞いていた見染目が答えてしまう。
「死んでんのよ、そいつら」
「――は?」
僕のノドから、間の抜けた声が漏れる。管理局のふたりに目を向けると、観念したように頷かれる。ウソではないようだ。
聞こえた答えに、理解が追いつかなくなる。いや、理解はできる。できているんだ。でもすぐに受け入れられるかというと……難しい。
「見染目さんはすでに知っていたようだね」
「……ええ。受け取り側の親族、友人。そういった関係のある故人。素性不明だなんて報道してるけど、実際は死んだはずの人間からアプローチがくる、なんていう気味の悪い不具合よ」
「詩島くんも目にすればわかる。死者とのマッチングが、どれだけ人のメンタルに影響を及ぼすのか」
死んだはずの人間。死者とのマッチング。
にわかには信じがたい話だった。どうしてそんなことができる。攻撃をしかけている第三者が、利用者一人ひとりの人間関係から亡くなっている人を洗い出しているとでもいうのか。そんな労力のかかることをしてまで、なぜこんな不具合を引き起こしているのか。いや、それ以前に可能なのか?
「まぁあたしも、まさかほんとに第三者からの攻撃だったとは知らなかった。ネットでは『リラ』の運営もとである市の関係者が、死亡者リストの情報を悪用したせいだーって騒がれてるけど……ここまで切羽詰まってるんじゃ、違いそうね」
見染目は驚く様子もなく言った。
有臣先生は苦々しく「そう簡単な話ならよかったのですが」とつぶやいた。事態はもうすこし複雑そうである。
たしか、『リラシステム』のマッチング――つまり相性診断は、ユーザーがアプリに登録した情報だけを集積したデータベースから、必要な要素だけを引っ張ってきて算出しているんだったか。
校長が言うには、死亡者リストを知り得る職員も確認したが成果はなかったらしいけど。
「……死んだはずの人間が、」
アプリを通して語りかけてくる。どう感じるかは人それぞれだとして、気持ちの良い話ではない。
死者を演じている
僕と見染目に課せられた任務は、この犯人を探しだすこと。目的はわかったけれど、どうやるのかはまったくもって不明である。
そもそもの話、これは僕らの手に負えるものなのだろうか。
「……ずっと疑問に思っていたことですが、なぜ僕たちなんですか?」
「なぜ、か。ふむ、それは――」
開きかけた口が、閉じられる。校長はわずかなあいだ思案。それから、スクリーンの光に照らされる僕の顔をじっと見つめた。
ずっと穏和な雰囲気を保っていた表情が険しいものに変わり、こちらの内面を見定めるかのように凝視する。重苦しい空気が流れた。
「……」
「……」
視聴覚室が、沈黙に包まれる。
僕はこくりと息を呑んだ。よこに座る見染目も、固唾を呑んで見守っている気配があった。
……やがて、校長の声がそっと空気を震わせる。
「答える必要はない」
「……それで納得できるとお思いですか。見染目はともかく、僕は今さっき知らされたばかりだ。僕である理由のひとつもわからないと――」
そんな風に食い下がった僕の言葉を、校長は冷静にさえぎった。
「実際に見てもらえばわかることだよ、詩島くん」
「実際に、って……」
「君以上の適任はいないということさ。有臣先生」
「はい」
再び画面が切り替わる。
映されたのは、この荒咲市の地図だった。一カ所、駅から数キロ離れたところが赤丸で囲まれている。
「ここはテレビ局まえの広場でね。ときおりイベントなんかを開催する人気スポットなんだ。まずは君たちにここへ行ってもらいたい。私たち管理局の予想が正しければ、
「金曜日……祝日ですか」
「時間は午後一時から。ちょうどその日、『リラ』のリアル交流イベントがひらかれる」
照明がつく。
スライドがあがり、管理局のふたりは僕たちへ真っ直ぐな視線を向けた。しかし、やはり教師が生徒に向けるソレではない。重要な仕事を任せた上司のような、大きな期待の目をしていた。
「頼みましたよ。詩島くん。見染目さん」
納得のいかない部分はある。
なぜ僕らが――いち学園の生徒が選ばれたのだろうか。その明確な返答を曖昧なまま放置されて、協力する気になどならなかった。
でも、大人ふたりが本気である覚悟だけは伝わる。
結局は、僕の根負けだ。
僕の平穏な日常はすでに崩れ去った。もう目をそらすことはできないのだと、心のどこかで理解してしまっている自分がいた。
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