第9話 働かない仙人

無い島には時計が無い。


海だか空だか分からないグネグネした空間と自分の境目が曖昧なので、時の流れが実感としてあまりない。


不味いと思っていた空気は、やっぱり不味かった。


無い島には誰もいないし、何も無い。


髭や髪の毛が伸びまくっている、と呼ばれるじいさんがいた。


じいさんの言い草は、「ワシは願ってこの世に来たわけじゃない。」


「それは、中学生が親に反抗するときに言う言葉ですよね。ちょっと恥ずかしくないんですか、そんな主張をして。」


「長い間、無い島で考えた結論である。主体的にこの世を生きる理由が無いということだ。人間は理性的な生き物であり、自分の在りようを考えて何が悪いのじゃ。」


「暴走族や巷のヤンキーは正論を言っているのですね。」


「あながち、間違ってはいないと思う。この世の道徳観や法律、規則やルール、暗黙の了解のようなものだって、先人たちに主体性が無いからできたものじゃろ。私たちには、本当は使命なんてないのじゃ。生まれたから生きているだけで、意味や価値は後付けでしかないのじゃ。」


「分かるような分からないような・・・。規則やルールは無意識のうちにできちゃったということですか。」


「基本的に、自分の意志とは関係のないところで生まれたのだから、自由であるのじゃ。服を着て仕事に行くなんて、お前の意志ではなく、先人たちの無意識からいつの間にか決められたものだろ。」


「生まれる前に、あれをしろこれをしろとは言われてないですよね。確かに。」


「人間には理性がある。理性が無い人間が増えているが、理性とは、自分という存在はすでに自分が決めているわけではないことを知っていること。数億程の選択を人間は無意識に行っている。プリンとクッキーどっちを食べようかなんていう選択は、日々の無意識の選択中の、数億分の1にしか過ぎないのだ。主体的に生きるなんて、ちゃんちゃらおかしい。自分の意識とは無関係なことの方が圧倒的に多いのだから。」


「心臓の動きを意識のみで主体的に止めることはできませんものね。」


「胃の消化液の量のコントロールができてこそ、主体的だ!とは言わないじゃろ。」


「でも、やっぱり、屁理屈コキのようにも思えますが・・。」


屁理屈コキで、中2病な仙人じいさんは、働くことが嫌いなようで、無い島に来ている。


自分の正当性を主張する前に働けと奥さんに怒られたそうです。


純粋に生きていくには、無い島はもってこいのようですが、無い島には何もありません。


人もいません。


皆、うわ言をモゴモゴさせながら、グレーの空間に溶け込んでいくのです。




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