第7話
ジーパン姿で花火大会に行くミキを見送ったあと、僕は出窓から外の世界を眺めていた。クーラーの効いた部屋に引きこもっているけれど、今の僕は知っている。
夏の今、暗くなっても外は溶けそうなほど暑い。
もう少ししたら花火があがるかな。
空を見あげていた僕は、聞き慣れた足音に耳をピン! と立てた。
出窓から飛び降りるとドタドタと階段を駆け下りる。あわてたせいで一段、踏み外した。
階段から転げ落ちた僕を見て、
「なにやってるの? ……可愛いなぁ、もう!」
ミキがスニーカーを脱ぎながら笑った。
「ただいま、ユキちゃん」
ミキはそう言って二階にある自分の部屋に向かった。
僕もあわててミキのあとを追いかけた。
――花火大会はどうしたの? 友達といっしょに行くって言ってたでしょ。
尋ねてみても、僕の喉から出るのはニャーという鳴き声だけ。
でも――。
「帰ってきちゃった」
ミキは答えると、僕を抱き上げた。
「ユキちゃんは花火の大きな音、嫌いだもんね。私がいっしょにいないと怖いよね」
僕をぎゅっと抱きしめて、そう言った。
――そんなことないよ、もう怖くないよ。
――だって、ミキが花火の音は素敵な合図だって教えてくれたから。
だけど、やっぱりニャーという鳴き声しか出てこない。
ミキは猫の僕を抱きしめたまま、ぺたんと床に座り込んで背中を丸めた。
僕は空を見上げた。
やっぱり猫の悪魔はやってこない。
やってきても、僕はもう猫の悪魔にお願いしたりしない。
猫の悪魔の力じゃなくて、猫の僕の力で君を笑顔にしなきゃいけないって、そう思ったから――。
僕は君の背中に爪を立てて、背中を伝って床に飛び降りた。
「……ユキちゃん?」
ユキちゃん、なんて呼ばないで。
可愛い、なんて言わないで。
僕はミキに、そんな風に呼ばれたいんじゃない。
そんな風に見られたいんじゃない。
そう叫びたいのを必死に飲み込んだ。
どうせ喉からはニャーという鳴き声しか出ないけど、それでも飲み込んだ。
僕は出窓に飛び乗ると窓の方を向いておすわりした。
そして、君を振り返るとゆらりとしっぽを揺らした。
「もうすぐ花火の大きな音がするよ、ユキちゃん」
窓から下ろそうとする君の手をすり抜ける。
と、――。
窓を震わす大きな音。見上げると夜の空がきらきらしていた。
隣の家の屋根で下の方が見えないけど……まぁ、いいか。僕はまた窓の方を向いておすわりする。
「花火の音、怖くないの?」
おすわりしたまま、ニャーと鳴いて答える。
君は目を丸くしたけど、
「じゃあ、いっしょに見ようかな」
僕の額を指先でなでてから空を見上げた。
君の横顔をしばらく見つめたあと、僕も空を見上げた。
黒い空にいろんな色が飛び散る。
大きな音はきれいな花が咲く合図。君がうれしそうに笑う合図。
だから、怖くない。
僕はごろごろと喉を鳴らした。
きっとミキちゃんも、もうすぐ笑うはずだから――。
猫と花火 夕藤さわな @sawana
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