07. レッスン1「モモとムチ」

 放課後になったので、オレは刷流目に云ってやる。


「おいスルメ、オレは彼女と約束があるから、お前は1人寂しく牛丼でも食えや。ほら、割引きクーポン券をやるから」

「それ、おれがお前にやったやつじゃないか!」

「お、そうだっけ?」


 オレはわざととぼけてやった。ザマ見ろだ。

 それでも刷流目は、まだ吠えやがる。


「おれはお前と違ってスマートフォンを持ってんだぞ。クーポンアプリを使っていくらでもゲットできる。紙のクーポン券なんか時代遅れなのさ」

「そうか。そんじゃま、このクーポン券はオレが遠慮なく使わせてもらうぜ。彼女と2人でな。ははは」

「くぅーっ! さっさといけよ。あの子きてるぞ」


 刷流目が指差す方向、教室の出入り口に露樹が立っている。制服姿も超かわいい。

 オレは通学カバンを背負い、刷流目に別れの言葉を発する。


「そんじゃま、あばよ♪」

「こけろぉー、リア充!」


 オレは露樹を連れて1つ上の階にある第1音楽室へいった。

 ギターを2本だけ借りて、1人1本ずつ手に持って廊下へでる。

 この第1音楽室は吹奏楽部が使用することになっているので、オレたちは別の場所で練習することにしたのだ。第2音楽室はたぶん軽音楽部に占領されているだろう。

 だから、中庭の日陰になっている隅っこ辺りがベストだと決めた。


 ちょうどベンチが空いている。

 昼休みなんかだと絶対カップルが使っているし、放課後も使用率がけっこう高い人気スポットなのだが、今日は超ラッキーだ。

 このオレがまさかカップルになって、他のやつらに見せつける立場になるとは、夢にも思わなかったぜ。

 荷物を置いてベンチに2人で並んで座った。

 露樹が自分のカバンから、なにかヒモのようなものを取りだした。


「なんだそれ?」

「ムチですわ。カギタイくんが失敗したらこれで打ちます」

「マジか!?」

「はい。真剣にレッスンしましょ。曲はなんですか?」

「イエスタデイだ。知ってるよな?」

「はい。ではまずワタシがお手本を見せましょう」


 露樹がムチをいったん置き、ベンチ横に立てかけていたギターを抱く。

 そして見事にイエスタデイを弾いてくれる。美しすぎる音色が中庭に響いた。

 数人の生徒が驚いた様子で、少し離れたところからこちらを眺めている。

 続いてオレが演奏することになった。音楽の教科書に載っている楽譜をオレが見られるように、露樹がそれを手に持っていてくれる。

 すぐにつまずき演奏がとまる。するとオレの手はムチで打たれた。


「いってーっ!」

「愛のムチは痛くなくては」

「そうか愛だな。ラブ、愛欲、性欲、せっくす」

「えっちです!」

「すまんすまん」

「真面目に弾かないと、また打ちますから」

「判ったよ」


 オレは練習を再開した。それで数10回、露樹のムチで手を打たれた。

 だがしかし、すぐ近くにいる彼女の体や髪から発する甘い桃のようなフルーティーな香りがオレを奮い立たせてくれた。ピシャリと打たれるのは痛くていやだ。これぞまさしく「モモとムチ」ってやつな。

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