05. ちょっと野暮用だ

 ちょうどこのときだった。


嗅鯛カギタイくぅーん、お客さんきてるよぉー」


 廊下に近い席の女子がそう叫んできた。

 オレと刷流目は、同時に声のしたほうを見た。黒板側の出入り口があるところだ。

 そこの扉が開いていて、外に例の少女が立っている。


「まさかお前!?」

「悪いな、スルメ。オレ、ちょっと野暮用だ。あはは」


 勝利の笑い声を残し、オレは少女のもとへ駆けていった。


「おはようございます。えっちなカギタイくん」

「おいおい、朝から誤解を招くような発言はやめてくれ」


 さっきオレを呼んでくれた女子が変な目で見てるじゃないか。

 それで廊下へでて、少し先へと歩く。少女もついてくる。


「そういえば、実名は教えてもらえてないけど、まだ内緒中なのか?」

「今朝やっと解禁になりましたの。ワタシの名は、露樹ツユキ桃乃モモノです」

「へえ~、色白なお前には似合った名だな」

「名字でも、名前でもどちらで呼んでくださっていいです」

「うーん、まあ最初だから、ツユキって呼ぶよ」

「それではワタシはいつも通り、えっちなカギタイくんって呼びます」

「却下だ。普通に嗅鯛と云ってくれ。別に呼び捨てでもいいから」

「判りましたわ。カギタイくん」

「くんもつけなくてもオーケーなんだけどな」

「殿方は尊重しないといけませんし」

「やけに古風だな。今どきは、やれ女性蔑視発言だの、男女平等社会の実現だの、やいのやいのと云われているご時世なのに」


 まあ、こんな桃のように綺麗な素肌をしている女子から「カギタイくん」なんて呼ばれるのは、もちろんナイスな気分だから、オレとしてはウェルカムだぜ。


「あのところであの人は、カギタイくんのお友だちかしら?」

「ん?」


 露樹が指差すのは、さっきオレが通った出入り口のところだ。

 その扉の内側に体を半分隠して、こちらをジト目で眺めている刷流目の姿がある。

 オレは彼奴きゃつを睨んでやってから、露樹に答えることにする。


「あいつは悪友だ。名前を聞く価値もないぞ」

「ご学友を、そんな風に悪く云うものではありません」


 露樹がそう云ったものだから、刷流目は小声で「そうだそうだ」と云っている。

 マジで超ウザいやつだな!

 きらわれるぞ、お前。というかお前なんか大っきらい!

 だがしかし、オレの言動も下手をすりゃ露樹にきらわれることになりかねないので、態度を改めることにした。


「オレが間違ってた。ちょっとした冗談のつもりだったんだが、ツユキの云う通り、学友を悪く云うのはダメだな。だから前言撤回するぜ」

「そうですか。カギタイくんが不良にならないでよかったです」

「オレも助かったよ」


 そう云いつつ、再び教室の出入り口のほうを見た。刷流目がまだいやがる。

 オレは目で「あっちいけ!」と怒鳴ってやったつもりだが、通じていない。

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