第8話・迷路(3)
明路に二曲目を歌ってもらっている最中、いきなりドアが開いた。
「うぇーい! 簑宮体調どー?」
入ってきたのは高遠君とその友達、そしてその奥に申し訳なさそうな顔の智慧ちゃん。
「……」
明路は即座に歌唱をやめ、メロディーだけが気まずく流れる。
「なんだ、歌えるまで回復したなら戻ってこいよー」
そっか、体調悪くて別室で休んでるって設定だったんだっけ。そりゃこうなるわな……。
「…………」
なんて言い訳しようか考えていると……明路の可愛い瞳がどんどん尖って怖くなってってる……!
やばい……なにか……言い訳……さっさと……そうだ!
「あのね、私が歌下手だから明路にコツを教えてもらってたの! ね、明路?」
「せんちゃんは……下手なんかじゃ……」
もうっ、合わせてよ~! みんなで来たのに二人で抜けたとか普通に感じ悪いじゃん!
「明路はこう言ってくれるんだけどさ、私が無理やりね、ほら、早く念仏から脱却したくて! いやー独占してごめんね? すぐそっち戻るよ」
「ん。ほいじゃ待ってるわ〜」
「ちぇ、那花は蓑宮にべったり過ぎなんだよなー」
と言って去っていく高遠くんとその友達。
「那花氏、蓑宮氏、こちらは気にせずどうかごゆっくり。戻らなくても私が如何用にもします故」
「大丈夫だよ智慧ちゃん。すぐ戻るから」
相変わらず私達を気にかけてくれている智慧ちゃんも去ると、明路は苛立ちを精一杯抑えた声音で私に言う。
「私はいつでもせんちゃんのものだよ? 独占するのに許可も謝罪もいらない。ね?」
「うん、わかったわかった、ちょ、近い……」
縋り付くように私のシャツを握りしめる明路を一旦離し、なだめていると丁度曲が終わった。
アーティストの紹介が勝手に始まったので、明路に次の曲をせがむか大部屋に戻るか考えていると、そもそも、と、思考が大きく巻き戻る。
そもそも、この変な状況をなんとかすべきでは?
なんとなく、なぁなぁでここまで来てしまったけど、いい加減ちゃんと向き合うべきでは?
「……ねぇ、明路」
「なぁに、せんちゃん?」
「私に……してほしいこと、ある?」
「して、ほしいこと?」
もう、こんなの終わりにしよう。もっとみんなが幸せになれるように軌道修正しなくっちゃ。
明路が私にしてほしいことを叶えて、それで今度は私が明路に『高遠君と付き合ってあげて』って頼んでみる。
キスでも……え、えっちなことでも……これで最後って思えばたぶん、できるはず。
「たくさんあるけど……一番は――」
言葉が止まって、ごくんと、喉が大きく動いた。明路も、私も。
「――記憶喪失、かな」
「…………………………は?」
はっきりと聞き取れた。けれど、意味がわからず端的に聞き返してしまう。
「私がせんちゃんの傍にいられなかった中学三年間を、綺麗さっぱり忘れて欲しい」
「明路、ちょっとは真面目に……」
「私がせんちゃんの隣にいなかった頃の記憶なんて……持っててほしくない」
「っ……」
この目。圧を、支配欲を、隠そうともしないこの目。……本気で、言ってるんだ。
「なんで……私なの? 私みたいな量産型、どこにだっているじゃん。あの高遠君が明路のこと好きって言ってるんだよ? 普通余裕で付き合うじゃん。明路が女の子を好きって言うなら、智慧ちゃんとか……もっと可愛い子がいるじゃん! どうして私なの……?」
「せんちゃんのことが好きだから」
自分でも何故かわからないくらい動揺してる私には、目の前にいる幼馴染が、酷く冷静に淡々と獲物を詰めるネコ科の獣に見える。
「他人は関係ないの。ただ、せんちゃんが好き。……でもこれじゃ納得してくれないよね」
許可も、前置きもなく、まるでそこが定位置であると主張するように、私の膝を枕にして寝転がった明路。
「ねぇ、これから話すのはきっかけでしかないし、好きって気持ちの一端でしかないけど……聞いてくれる?」
「……わかった。聞かせて」
私にはその義務がある。
ここまで来たらちゃんと向き合おう。
彼女の気持ちにはもちろん、自分の中で不規則に揺れる、名状しがたいこの感情とも。
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