第7話・迷路(2)
クラスメイトお墨付きの下手な歌唱を披露しながら、隣りにいる明路をなんとなく見やる。
リラックスしたように顔をほころばせて、手拍子してくれたりリズムに合わせて体を揺らしてくれたり……とても歌いやすい。
そして今更、一つのことに気づいた。
以前(明路曰く三年二ヶ月前)カラオケに行ったとき、彼女の声がか細かったのは……明路もめちゃめちゃに緊張してたんだよね。
好きな人の前で歌うって言うのがどれだけ勇気を必要とするのか、ようやくわかった。
でもそれならどうして、今、私はほどほどに緊張しているのだろう。この部屋には、幼馴染しかいないのに。
「うん……うん……。私やっぱり、せんちゃんの歌大好き。はい、次は何を歌ってくれるの?」
後奏が終わると小さく拍手をくれた明路が、そう言いながらデンモクを差し出した。
「んー」
考えてみれば私だけが歌って聴かせる道理も無い気がする。というかせっかくなら自分の下手な歌じゃなくて上手いの聴きたいよね。お金払ってカラオケ来てるんだし。
「次は明路が歌って」
「え、でも……」
「私にも、私だけに明路の歌を聴かせて?」
私は大概明路に甘いし弱いと思うが、それは向こうも同じ。さっきやられたように、距離を詰めて、目を合わせたあと、耳元でおねだりをしてみる。
「……はい」
あっさり折れた明路はすごすごとデンモクをいじり、曲を転送して立ち上がった。
そういえば中学時代も立って歌う子いたな。上手い人の共通項なんだろうか。
「…………」
大部屋にいたときよりも気持ちが込められているみたいで、自然と涙腺が緩むレベルの歌唱力に圧倒される。
だけど一曲の中に『好き』ってワードが何回も出てくるわ、意識的なのか無意識なのか知らないけどチラチラ視線飛ばしてくるわでちょっとばかし照れくさい……。
「明路、ほんとにすごいよ。プロみたい。というかもうプロレベル!」
これでも音楽は結構聴いてる方の私が言うんだ、間違いない。今すぐデビューしてほしい!
「あはは、ありがとう。そんな褒められたら……おかしくなっちゃうよ」
褒められたことに対する返事がそれはちょっと変じゃないか? なんて、ツッコミを入れようとした時――
「あっ」
座ろうとした明路のスカートが揺れて、その奥にある白い膝にできた、痛々しい痣が目に入る。
「明路、ここ……」
「せんちゃん!?」
患部を見るために少しだけ捲ると、何を勘違いしたのか顔を真っ赤にして驚く明路。
いやそういう勘違いしたんなら驚く前に止めなさいよ。
「私のせいでごめん、痣になっちゃったね」
真っ白な雪原に毒々しい泉があるようで、不思議な美しさに惹かれて無意識的にさすってしまっていた。
「ううん、せんちゃんが謝ることなんて……んっ……せんちゃんの手……冷たくて気持ちいい」
「痛くない?」
「全然。もっと強く触っていいんだよ?」
「……結構です」
その荒い吐息と蕩けきった瞳に変態性を感知し手を引く。
「私の為に怒ってくれてありがとう。でも、これからはあんなことしちゃダメだからね」
この子が傷つくのは嫌だし、また昔みたいに省かれてるところを見たいとも思わない。
「……それは、わからない」
「はぁ。嘘でもいいからわかったって言っておけばいいのに」
「せんちゃんに嘘なんてつけないもん」
もんって。そんな言い方されたらこれ以上言えないじゃん……。
「私もせんちゃんに迷惑が掛かることなんて絶対にしたくないんだけど……体が勝手に動いちゃうことがあるの」
「……でも……」
今日あんな醜態を晒してしまったんだから、私がああいう風にからかわれることはこれから増えていくはず。
その度に明路があんなことしてたら……膝の皿が割れる……じゃなくて、人間関係が悪化してしまう。
「じゃあ、体が勝手に動きそうになったら……私の目を見て」
「せんちゃんの、目を?」
「そう、一瞬でもいいから。それくらいならできるでしょ?」
頭に血がのぼった時の対処法として、冷静な第三者から見られる、というものがある(と、本に書いてあった)。
私が冷ややかな目で見ていればハッとしてとどまってくれるだろう。
「……うん。わかった。それなら……頑張る」
「よしよし、頑張るって言えて偉いね」
「あ、ぁぅ……」
かるーい気持ちで頭を撫でてみたところ、顔を真っ赤にして俯いてしまった明路。
もー、こんなんもダメなら私はどうやってコミュニケーションをとればいいんだー!
「はいっもう一曲!」
空気を変えるためにデンモクを押し付けると、明路はしばらく未練がましく私の右手を見ていたけれど、何か天才的発明をしたような顔をして私に言った。
「上手に歌えたら……また、撫でてくれる?」
「お安い御用で」
「やった! 頑張る!」
頑張らなくても十二分に上手いと思うけど……。
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