第6話・迷路(1)

「わー! ひろぉー!」

「これはこれは、壮観ですな〜!」

 案内された部屋を見て盛り上がる智慧ちゃんと高遠君につられて沸く1年B組一同。

 あーもう、二人ともテンションばり上げちゃって可愛いなぁ。

 どうやらここはパーティー用ルームらしく、現在の参加者である二十人は易々と収容されてしまった。たぶんあと十人増えても余裕。

「しっかし……」

 こんな大人数で来るのは流石に初めてだから妙に緊張してきた。

 というか本当は苦手なんだよね、カラオケ。

 歌下手なの自分でわかってるし。

 程々に仲良くなったら歌唱力とか気にしないんだけど、ほぼ初対面の人とかもいるし……。

「せんちゃんはここねっ」

 どう立ち回るのが正解か悩んでいると、今度は明路に手を引かれる。

「あっうん」

 誘導されて腰を落ち着かせたのは、部屋の一番奥。隅っこオブ隅っこ。なぜに?

「それで私はここ」

 そして当たり前のように隣へ座った明路。まだあんま仲良くない人達との交流はどうしたよ……。私に至っては幼馴染としか隣接してないんだが?

「じゃあ俺は蓑宮の隣ー!」

「……」

 いや同中おなちゅう三人並んじゃったよ! もっと新規開拓していこうよ! 日本人の悪いところだよ!

 というか普通に高遠君の隣羨ましいよ! ごめんそっちが本音だよ!!

「はぁ……」

 ……ん、ちょっと待って、なんか自然な流れで反対側の端から曲入れてってない……?

 そうすっと……私……トリってこと……え、思った以上に最悪な未来が刻一刻と近づいてきてんだけど。


×


「なんか意外と歌えたわw」

 ほぇ〜。

 自然と、拍手をしていた。

 高遠君、歌うまぁ。

「意外ととかカッコつけんなw」

「つけさせろしw」

 友達に茶化されても照れる様子はない。自分の歌にちゃんと自信があるタイプの人はみんなこんな感じだなー。羨ましい。

「ほい、次簑宮なー!」

 何一つ問題も面白いことも起きないまま(みんな普通に上手いか、すっごく上手いかのどっちか)順繰りにマイクは渡り、ついに最後から二番目である明路にマイクが手渡される。

「……」

 も、それをスルーしてまだ未使用のマイクを取りに行った明路。いや……リレーのバトンみたいな感じだったのに……。

 しかしそんな行動にも非難はない。明路は既にそういう(塩対応? クール?)キャラとしてみんなから認識されているようだ。

「……」

 知らない曲のイントロが流れて、明路は一瞬、私に視線をやって、鋭く息を吸って、それからは、歌詞が浮かんでは消えるモニターと睨めっこしながら、歌った。

 他の追随を許さない、圧倒的な歌唱力で。

 たぶん、恋愛ソングなんだったと思う。

 だけどその歌声が、表情が、あまりにも悲痛で。

 私には、鎮魂歌に聴こえてならなかった。

 感動しすぎて拍手もできない。余韻のせいで体が、指一本すら動けない。

「……うまーーー!!!」

「やっば! 上手いんだろうなぁとは思ってたけど軽く予想超えてきたよ!」

「えー、なんで簑宮さん軽音楽部じゃないのー!?」

 一拍の沈黙が明けると、ようやく脳が再起動したみんなの拍手喝采が、だだっ広いパーティールーム内にこれでもかと響き渡る。

 ……天は一人の人間に、二物どころか何物与えれば気が済むわけ? って感じだ。

「どう、だったかな?」

 まだ緊張は解けていないようで、ぎこちない笑みを浮かべながら私に問う明路。

「素敵だった」

 意地悪を言ってやろうとすら、思えなかった。完膚なきまでに、魅了された。心の隅々にまで明路の歌声が染み渡ってきて、拭えない。

「聴き入っちゃったよ。やっぱり明路はすごいなぁ」

「ほんと……?」

「うん。……でも凄すぎて感想出てこないや。語彙力なくてごめんね」

 心配そうに上目遣いなんてするもんだから、思わず頭を撫でてしまった。

 みんなから何様だって思われたらどうしよう。

「良かった。せんちゃん……」

 格下から撫でられているというのに、明路は歓喜をそのままカタチにしたような笑顔を浮かべる。

 それはまるで、天国にでもいるみたいで。

 ちょっと前の私だったら、この笑顔を……この天使みたいな表情をどうやって壊してやろうって画策してたんだろうなぁ。

 でも、むしろ、これから地獄に落ちるのは……私だ。

 罰なのかな。

 自尊心のために、私を想ってくれてる友達と距離を置いた、罰なのかな。

 でも、それにしたって……こんな仕打ち……。

「次は私の番だね」

「うんっせんちゃんの歌楽しみ過ぎて……!」

「あはは、ハードルは地面すれすれくらいまで下げといてね」

 まっあれだ。もうなるようになれ。この場が盛り下がらないことだけを考えよう。


 さて。


 はいけー。

 今日のカラオケで好きな人とググッと距離が縮まって、あまつさえ帰り際になぜか二人きりなって、なんとなくいい感じの雰囲気になって、友達以上恋人未満くらいにはなれるかもと甘酸っぱい期待をしていた私へ。

 今からあなたは、失恋します。

 けーぐ。


×


「ぷっ……くく……」

 私の歌唱が終わり、やがて後奏が終わると、缶ジュースのプルタブが開かれたように、高遠君の口から笑いが溢れ出した。

「ひっひゃっひゃっひゃ! なんだよこれ那花ー!」

 終わった。完全に、彼の恋愛対象には、もうなれない。

 明路の次、という事を差し引いても、好きな人の前で緊張しすぎて喉が締まって……自分でも笑っちゃうほど、なのに笑えないほど、か細い声しか出なかった。

「あれだ、めっちゃ念仏みたいだったw」

「っ」

 あっ、やばい。馬鹿じゃないの私。ちょ、普通笑うところでしょ。普通に笑えるところでしょ。何泣きそうになってんの?

 いいじゃんそういうポジションで。明日から歌ヘタキャラで頑張っていけばいいじゃん。

 ほら、笑って、何でもいいから返さないと場の空気が悪くなるよ。

「念仏は草。かわいそうだろーがよー」

「でもそんな見た目で歌下手なのはギャップがあっていんじゃね?」

「ばっかお前、下手とかはっきりゆうなやー!」

 高遠君と仲のいい男子達も加わり、明路の時とは全く別ベクトルで盛り上がりが最高潮を記録した瞬間――

「「「「「「「!!」」」」」」」

 ――明路の正面にあるテーブルが、強い衝撃音を上げて縦に大きく揺れて。乗っていたグラス二つが倒れ、中に入っていたジュースと氷が辺りに散乱する。

「あっごめん」

「…………めい、ろ?」

「足、ぶつけちゃった」

 違う。

 当たっちゃったとか……絶対そんな威力じゃ無い。

「あーあ、溢れちゃった。せんちゃん大丈夫? 濡れてない?」

 蹴り上げたんだ。

 片膝で、乗っていたグラスが倒れる程の威力で。

「大丈夫……。だけど、ちょっと、トイレ行ってくる」

 明路がテーブルを拭いている内に立ち上がって、私はこの場から逃げ出した。

 注意すればいいのか、お礼を言えばいいのか、心配をすればいいのかも、わからなかったから。


×


「那花氏!」

 私が部屋を出てからすぐ、追いかけるように飛び出してきた智慧ちゃんが、ひどく申し訳なさそうな表情したあと頭を下げた。

「みんな悪気はないと思う。だけど、その、本当に申し訳ない!」

 なんで 智慧ちゃんが……。彼女が謝る必要なんてないのに。

「ぜ、全然大丈夫だよ智慧ちゃん! お願いだから気にしないで」

「しかし……」

「私、中学の時から歌ヘタキャラだったの。明路が変なタイミングで足ぶつけたから変な感じになっちゃったけど、笑われてるの慣れてるから本当に大丈夫だよ」

「……那花氏……」

「ほら、智慧ちゃんいなかったら盛り上がんないよ、戻って戻って」

「……わかった。この詫びはまたいずれ、必ず!」

 そんなのいいのに……。真面目だなぁ智慧ちゃんは。というかいい子過ぎて心配になるレベル。

 ……いや、今は智慧ちゃんより明路のことだ。

 やっぱり戻ったら注意しよう。高校生活はまだまだこれからなんだし、変に孤立とかしたら最悪じゃんか。

「おかえり、せんちゃん」

 だけどからかいを止めてもらった手前、どんな言葉で注意しようかと逡巡しながらトイレから戻ると、明路は通路に立っていた。

 口ぶりと素振りからしてどうやら私を待っていたらしい。

「行こ」

「? 明路、部屋そっちじゃ無いよ?」

 こんなミス珍しーっと思ったら、みんながいない部屋へと平気で入っていった明路。

「店員さんに『人数多いんで部屋分けてもらえますか?』って聞いたら、今空いてるから全然いいですよーって言ってくれて」

 えっそんなシステムあるの!? 絶対その店員男だろ!

「ねぇせんちゃん、せんちゃんの歌、私だけに聴かせて?」

 入ったのは、おそらく四人前後用の小さな部屋。電気を付けるまもなく座らされて、さっきと同様、明路は隣にぴったり寄り添って座った。

「とっても繊細で、綺麗で、愛おしい声だった。あんな人達に聴かせてあげるのもったいないよ」

「でも……戻らなかったらみんな心配するし……」

「神庭さんに言ってあるから大丈夫。『少し具合悪くなって、せんちゃんについてもらってる』って。」

 用意周到ぶりが怖いんだけど……。それにさっきの行動を見るに、今の明路と二人っきりはちょっとヤバい気がする。

「じゃあほら、せめてあと四人は呼ぼうよ、みんなもっと歌いたいだろうし「だめ」

 ささやかな抵抗も、受け入れてもらえない。

「私だけに――」

 圧を隠そうともしない瞳で私を見つめたあと、次の瞬間には耳元で、火傷しそうな程熱い吐息混じりに、彼女は命じる。

「――聴かせて」

「……………………はい」

 頭が、心が、明路でいっぱいになって。

 彼女を拒絶するための言葉は、どこか、見つけられない場所に隠れてしまった。

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