第5話・大人数カラオケという名の地獄にて(3)


 放課後、校門を出てクラスのみんなとカラオケに向かう。

 浮かれてる人、緊張してる人、眠そうな人、ハミングしてる人、既に形成されているグループで談笑する人、未だ溶け込めない人などなど、各々の個性が垣間見える集団の先頭で、私は幼馴染と話しながら歩いていた。

「せんちゃんとカラオケ行くのって三年二ヶ月振りだね! 嬉しいなぁ!」

 日数計算細か! いやでもそっか、三年以上一緒に行ってないんだ。

 明路の歌声、なんとなくか細かったのは覚えてるけど今はどんな感じなんだろ。

「……でも欲を言うなら……二人きりが良かったなぁ」

「二人だったら別にいつでも行けるんだし、今日は大人数ならではの楽しみ方したら?」

「!!」

 なんたって今日のメンバーは二十人。クラスメイトのおよそ三分の二が集まるカラオケ大会なんだから。

 普段関わりのない人とも友達になれるチャンス!

 とは言っても、明路にゃそんなチャンス向こうからやってくるもんね。そんな魅力的でもないか。

「そっか……えへへ……そうだよね、二人ならいつでも、だもんね……えへへへ……」

 響いてほしかったのそっちじゃなくて、今日は『クラスのみんなとの交流を楽しみな』ってところだったんだけど……。

「蓑宮さんってどんな曲聴くの?」

「私も知りた~い!」

「歌めっちゃ上手そうだよね!」

「えっ? あっ……えと……」

 ワッと。

 明路と話したくてうずうずしていたクラスの人たちが、意を決したように背後から押し寄せた。

「えっ、あれ、せんちゃん?」

「(……今のうちに……)」

 隊列が乱れた一瞬の隙を突いて明路から離れ、高遠君との接触を試みる。も、別の男子と楽しげに談笑していたため諦め、最後尾でポツンと歩いていた女の子に話しかけてみる。

「前田さんだっけ、今日はよろしくね」

「こ、こちらこそ、な、那花氏……!」

「氏?」

「あ! す、すいません、神庭さんの影響で……つい……」

「全然いいよー? 呼びやすいので呼んで」

 呼び方が移るほど喋ってるってことか。智慧ちゃんほんと交友関係広いなー。

 ん、というか呼び方が移るほど私の名前が話題に出てるってこと……?

「あ、ありがとう……! オタクに優しいギャル……実在したんだ……」

「なんか言った?」

「いえ! 何も!」

 まぁしっかり聞こえてたけど。別にギャルじゃないんだが?? それに前田さんだって別にそんなオタクオタクしてる風貌じゃないし。

「前田さんは智慧ちゃんとどんな話してるの?」

 友達の友達と話すときは間にいる友達を話題にすればモーマンタイって本に書いてあった。

「アニメ……だね、あとは漫画とか……ラノベとか……」

「へぇ~」

 全部わかんないな……話繋げられない……本ダメじゃん……。いやダメなのは私か……。

「神庭さんは……私みたいのとは別格の存在なのに……おすすめとかたくさん聞いてくれて、そのあとちゃんと試聴してくれて……その辺のくそ考察サイトとは比べ物にならないほど深い感想言ってくれて……ほんとにすごくて……」

「ふむふむ」

 なんか想像できる。出会ってたった一ヶ月だけど智慧ちゃんのコミュ力散々見てきたからな。先生方にも適切な距離感で可愛がられてるし。

「あっ着いたみたいだね」

 その後も前田さんからアニメ初心者でも気軽に見られる作品を数本教えてもらったり、智慧ちゃんについて語り合ったりしているとあっという間に目的地に到着。

「だ、だね。那花氏、声掛けてくれてありがとう。実は……来てみたはいいものの……神庭さんは他の人と話してるし……結構気まずかったんだ」

「そうだったんだ。私も似たような感じだよ。なんかあったらいつでも声掛けてね」

「うん。ありがとう」

 代表として智慧ちゃんともう一人の女の子が店内に入って受付をしている間、私たちは表でごちゃごちゃーっと待機していた。

 前田さんを別グループの女子達になんとなく紹介してクールに去った私は、一人ポツンと、雑踏からほんの少し離れて佇む。

 ……そんなこんなで暇になれば――

「?」

 ――なんとなく、視線は勝手に、気になる人を追ってしまうわけで。

「っ」

 いやね、向こうは認識してないだろうけど、かするように目が合うだけもドキドキしてしまうわけで……。

 今日で距離……縮まるといいな……!

「せーんちゃんっ」

「ひゃうっ!」

 突然明るい呼び掛けとともに肩を叩かれあられのない声が出てしまった。

 深呼吸してる人を驚かしちゃいけないって教わらなかったんかぃ!

「……明路、どしたの?」

「んーん、気づいたらいなかったから……どうしたのかなーって思って」

 もちろんお相手は明路。囲みをかい潜ってきたらしい。

「あー、暇そうだったから前田さんと話してたんだー」

「前田さん、ね。何話してたの?」

「んー? 世間話かなー」

「どんな?」

「おすすめのアニメの話とか、智慧ちゃんの話、かな」

「ふぅん……。智慧ちゃんの、どんな?」

 し、しつこ~!

 ここそんなに深堀しなくて良くない?

 というか深堀りするなら流れ的に『前田さんってどんな人だった?』とかが正解じゃない?

 まったく……やっぱりコミュ力面はもっと智慧ちゃんから吸収してもらわないとダメだな。

「簑宮さーん、受付終わったよ〜」

「だって明路。行こう?」

「……うん」

 やや浮かない顔を浮かべる明路の背中を押して店内へ入ろうとした時、

「あっ、ねぇせんちゃん」

「なに?」

 彼女は立ち止まって、何の屈託も、計算もなさそうな笑顔で――

「次はいつ、カラオケ来よっか?」

 ――そんな質問を、投げかけてきた。

「はぃ?」

 いやこれが帰りとかならまだわかるよ? まだ部屋に入ってすらいないんだが!?

「二人きりで、行ってくれるんだよね? せんちゃんは『いつでもいい』って言ってくれたけど、そのまま受け取るほど馬鹿じゃないんだよ? せんちゃんだって予定があるだろうし。でもね、私は本当に『いつでもいい』の。どんな予定があってもせんちゃんを優先するから。さっきはああ言ってたけど、なんなら今からだって「はいはーい、明路ちゃん暴走しないでくださーい。行きますよー」

「ひゃっ。……もう、せんちゃんたら強引なんだから」

 陶酔しながら捲し立てる明路の手を掴み、みんなの後に続く。

 ……こんな調子で大丈夫なんだろうか。なんか暴走の火種がくすぶってる気配がして怖いんだが……。

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