攻撃スキル至上主義貴族末っ子の私は謎スキル孵化のせいで追い出されたので、孵ったモフモフとのんびり暮らします

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本文

「ナタリー様、そろそろお時間ですよ」

「はーい! 今行きまーす! お母様、お父様、行ってきまーす!」

 私はプロヴァンス家の一番末っ子ナタリー。今日は十二歳の誕生日で、王都の教会でスキルを授かる日だ。両親に手を振って、意気揚々と馬車に乗り込んだ。


 スキルは神の加護を受けた貴族たちにのみ授かる権利があるんだって、お母様が口酸っぱく仰ってた。我が家は王家に仕える武門の名家で、戦争が起きれば敵と戦うことになる。十二歳になってスキルを授かるというということは、大人の仲間入りをして、有事の際には私も戦線に立つ。


 代々強力なスキルを授かってきた一族は、お母様のような剣の名手【剣聖】や、その拳を振るい敵をなぎ倒すお父様のような【豪傑】などの戦闘に特化したスキルばかり。

 私はお母様と同じ【剣聖】を授かって、敵を切り倒しこの国に平和をもたらすのだと意気込んでいた。


 幼い頃から剣術の稽古と魔術の稽古をしてきたけど、お兄様方がいっつも意地悪してくるから、見返してやるチャンスがやってきたんだ。プロヴァンス家の名に恥じぬ強力なスキルを絶対手に入れてやるんだから!


「エルメス・ジュバリエよ前へ」

 私の前に並んでいた男の子に光が降り注ぐ。

「汝に授けられしは【大魔道士】である!」


 神父様の宣言に周りからは「流石は魔導の名門!」お付きの執事やメイドたちの歓声が上がり、エルメスと呼ばれた男の子は手をかざし、詠唱もなく炎の龍を召喚した。

「ああ、ジュバリエの誉ですわ」と盛り上がるメイドたちを横目に、私のほうが強いスキルを手に入れると心の中で何度も唱える。


「では次、ナタリー・プロヴァンスよ前へ」

 私が前に出ると、プロヴァンス家の子だと周囲の人々が騒々しくなる。期待されているんだ、誰からも。

 神父様が祈りを捧げるとぱあっと光が降り注ぎ、何か温かい力が湧いてきたような、気がする。

「汝に授けられしは……」と言いかけて、神父様は口をつぐんだ。


「な、汝には【孵化】のスキルが授けられた。これは神のご意思であるっ!」深呼吸して、神父様は声を出し、震える手で説明書きのある石版を渡してきた。


 スキル『孵化』:無事に孵化する確率が上がり、孵化までの時間が短縮される


 しんと静まり返る教会。ついてきてくれたメイド達が恐怖の表情を浮かべている。


「まぁ、ナタリー様のスキルが【孵化】ですって!?」手で口元を抑える女性。端が微妙にだけれども引き上がっている。笑っているんだ、私のことを。


「名門プロヴァンス家も落ちぶれたものだな」腕組をする男性は、我が家に出入りしている格闘家だ。


「養鶏場でも始めるおつもりなのかしら」いつも重箱の隅をつつくようにいやみったらしいことを言ってくる人の声が、今日は特に刺さる。


 静けさはざわめきに変わり、クスクス馬鹿にされる声がそこかしこから聞こえてくる。心が苦しい。なんで、そんなこと言われなきゃいけないの。


 涙がじわじわにじみ出てくる。どうして、どうして、どうして。走り出して迎えの馬車に乗り込んだ私は、声を上げて泣いた。


「……戻りました」

 泣き疲れて暗い顔の私の姿を見たお父様は、見たこともない怒りの顔をしていた。乱暴にガチャンと硬貨の詰まった袋を投げ出して、「もう帰ってくるな」とわなわなと怒りを抑えきれない声で一括し、振り返らずに家に戻られてしまった。お母様は泣いている。私のことは見てくれないまま。


 こんなことなら、スキルなんて授かりたくなかった。何よ孵化って、全然意味わからない! 泣いても怒っても行くあてもなくて、王都を彷徨った。


 顔を見られたくなくて黒いフードを買って、一夜を凌ぐための宿屋兼酒場に辿り着いた。ボロくて、男臭くて、酒のきつい匂いがする。こんなところ入って行きたくないけれど、仕方がない。息を止めて、扉を開けた。

 隅っこが空いていたので、これ幸いと席を取る。勘当された、ってことだよね。これからどうしよう……。


「おい、聞いたか。プロヴァンス家の娘の話」

「聞いた聞いた、ざまぁみろってんだよな、貴族なんざみーんなスキル頼りに生きてるからだぜ」

「孵化なんてひよこでも出来るのにな! ガハハ!」


 ガラの悪い男たちが大声で話をしている。ここでも、私の悪評は酒の肴になっていた。ざまあみろって思われてるんだ、貴族ってだけで。

 悔しい、【剣聖】のスキルさえ授かっていれば、こんな奴らボッコボコにして土下座させてやれるのに。


 ぎゅっと手を握りしめて、なんて無力なんだろうって自分を呪った。そのうちに男たちの話題は、今が繁殖期のドラゴンの話に変わっていた。興味はないけど、大声だから嫌でも聞こえてきてしまう。


「ドラゴンの卵といやあ、ダイヤモンドより価値がある。取りに行くなら今しかねぇ」

「でもよ、食われるかもしれねんだろ? 三人ががりでもキツくないか」

「じゃあどうすんだよ! 一攫千金の機会を無駄にするってのか!」


 ドラゴンの卵は殻は武具の材料に、中身は食材としても使える万能な高級品だけれど、繁殖期は攻撃的だと本で読んだことがある。

 男三人が行くのを躊躇してしているんだ、私が危険を犯して行くことはないと考えていたけれど、孵化のスキルがもし使えたら、面白いことになるかもしれない。大丈夫、もし襲われても剣技にはちょっと自信あるし。


 私は男たちの話だけを頼りに、夜の道をランタン片手に走る。別に犯罪者でもないのに、悪いことをしているような気持ちが背中を押している。あーあ、本当なら今頃は記念の晩餐会だったのに。


 巣らしい話の洞窟周りは静かで誰もいない。ランタンで入り口付近を照らすと人の足跡が多い。巣を変えてしまったのかもしれない。

 進んでいくとクシャッと軽い音。殻を踏んだのかと思って目をやると、人の頭蓋骨だった! 叫ぶところをどうにか両手で押さえて我慢して、人骨を踏みつけながら進む。うう、最悪だ……。



 人骨だらけの奥には、卵の殻しか残っていなかった。でも、これだって売れば立派な収入源。いくつか小さめのものを拾っていると、私の手のひらに収まるくらいのまだ割れていない卵があった。

 ドラゴンは巣を移す時、孵らなかったり小さく生まれた卵を置き去りにしてしまう習性があったなと、本の内容を思い出した。


「捨てられちゃったんだ、この子も」


 涙が溢れてきた。生まれるかもしれなかったのに、親の顔さえ見られないまま置き去りにされてしまうなんて。私よりもずっとずっと、辛い目にあっているんだと優しく手のひらに包んでいると、光がぽわぽわ指の隙間から漏れてきた。スキルを使っているのかな? でも使用したら光るなんて、見たことも聞いたこともない。


 手のひらの光は段々強く大きくなって、パキパキと殻を破る音を立ててモフモフの、真綿のような白い毛の生えたドラゴンが生まれた。あったかい、命の鼓動が伝わってくる。このスキルって、戦闘向けじゃないけどもしかしてもっと生き物の尊い部分に携わるものなのかもしれない。

 私、命が生まれる瞬間を初めて見た。息を呑むほど美しくて、尊くて、ともすれば儚い。守ってあげたいって強く思った。


「りゅー」と鳴いたので、私は生まれた子にりゅーちゃんと名付けた。生まれたばかりでもすぐに立って手から降り歩き、私に頭を垂れる。

 そっと手のひらを向けると息を吸い始めた。あれ、なんだか魔力まで吸われているような……?


 気づいた時には遅く、私の魔力を吸ったりゅーちゃんは、大きなドラゴンとなって翼を広げ咆哮した。


「あるじ、のって」

「えっ、えっ、どういうこと?」


 ドラゴンって喋れるんだっけとか考えている間もなく、あむっと咥えられて背中に乗せられた。ふかふかで気持ちいい。ずっと触っていたくなるような手触りだ。ってそんな場合じゃない! りゅーちゃんはどこへいくつもりなんだろう。叫んでも止まってくれない!


「あるじ、あれ」


 眼下には、檻のついた馬車が走っていた。馬を繰るのは酒場で騒いでいた男たちだ。檻の中には、今日スキルを授かったばかりの子たちの姿が見える。ドラゴンが怖くて人攫いになったんだ。朝日が登る前に王都を出るつもりだ。


「大変! 助けなくちゃ! りゅーちゃんお願い」

「りゅー!」


私の願いが通じたのか、上空から爽快と舞い降りたりゅーちゃんの爪が食い込み馬車は倒され、男たちはふうと吐いた息によって空高く舞い上がり、遠くへと吹き飛ばされた。


 檻の中にいたスキル封じの枷を付けられた子たちの鍵を開けて開放すると、もう少しで売られてしまうところだったと泣かれた。助けたのが私だと知ると皆複雑そうな顔をしたけど、ぼそぼそありがとうって聞こえた。


「僕だって君のこと馬鹿にしたのに、どうして」と私の前にスキルを授かっていたエルメスが驚いた顔で言った。


「どうしてかな、わかんないや」


 私は笑顔で答えた。あの男たちをふっとばしたら、すっきりしてどうでもよくなっちゃったのだった。


 りゅーちゃんは疲れてしまって、小さくなって私の腕の中ですやすや眠りについていた。とても愛おしくて、頬擦りするとミルクのような甘い匂いがした。


「おお、まさかプロヴァンスの娘が!」「まるで竜騎士のようだ!」警備隊を連れて追いかけてきた大人たちも、事情を説明すると見直してくれたようだった?


「ああ! ナタリー、帰っておいで! お父様には私から話すから!」

 お母様だ、まだ泣いていたのか涙の筋が頬にできている。


「ごめんなさいお母様。私、この子と生きていきます!」


 私はりゅーちゃんを抱えて、踵を返した。お母様は私を見捨てたけど、私はりゅーちゃんを見捨てたりしないもん。攻撃スキル至上主義の家なんてこっちから出てってやる! 私はこの子とどこか遠くでのんびり過ごすんだ!




 これが後に白銀の龍騎士の奇跡と呼ばれることを、ナタリーはまだ知らない。

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