<ワンルームマンション・恐怖映像・積み重ね>

 初めて心霊映像というものを見たのは4歳の時だった。肝試しと称して廃墟を探索する大学生集団。その背後、ボロボロになったドアの隙間、暗闇から何者かの白い顔が覗いている。そんなありふれた映像を見て、幼かった私はその晩一睡もできなかった。朝になって眠い目をこすりつつ起き上がった私に、母はこう言った。

「お化けはね、ドアを自分で開けたり閉めたりできないの。だからドアの隙間を狙ってる。ちゃんと閉めていないと、その隙間からお化けが入ってくるのよ」

 それ以来、私は部屋のドアをきっちり閉めるようになった。


 映像の出演者と同じ大学生になり、お化けを怖がらなくなっても、その習慣は続いている。

 私は今ワンルームマンションの一室に住んでいる。角部屋で日当たりもよい部屋だが、家賃は安い。古い物件であり、しかも事故物件だからである。驚くことにこの階のすべての部屋および廊下で人が亡くなる事件事故が起こっている。人が亡くなっているだけならまだいい。良くないが。ここには少なからぬ幽霊やポルターガイストの目撃証言も存在している。そのためかこの階に私以外の住人はいない。同じ時期に隣の部屋に入ってきた同級生もいつのまにか引っ越してしまった。

 私がいまだにここに住み続けているのは、金がないのもあるが、現象に実害がないからである。せいぜいドアや壁がきしんで音を立てるくらいで、


 ドン!


 言ってるそばから毎晩恒例の壁ドンである。先述した通りこの階に他の住人はいないので、霊の仕業であろう。引っ越してきて早々にこれが来た時は心臓が止まるほど驚いた。


 ガタガタガタガタ...


 きっちりと閉めたドアの向こうから何か揺れるような音が聞こえる。前の住人が貼り付けたらしい札が揺れている。幸いにも集中を妨げるほどうるさくはない。私はパソコンで建築土木学の講義のレポート原稿を開き、書き始めた。地震の揺れが引き起こす建物の劣化現象が今回のテーマである。まるで今の私の状況だが、これを題材にしては流石にD評価をつけられてしまいそうだ。


 バン!バン!バン!


 しつこくドアを叩く音が聞こえる。自分で開けられないからといって駄々をこねないでほしい。しかもお札がドア周りに貼ってあるから入れるわけがないのである。いい加減諦めてほしいと思う。毎晩毎晩これをやって飽きないのだろうか。私は呆れて天井を見た。そこそこ古い建物だからか天井の色はくすんでいて、小さなヒビもあるような気がする。

 ダメだ、レポートに集中しよう。地震は建物を構成する素材に少なからぬダメージを与える。その大きさは素材の耐久度により...マグニチュードが...本震の長さにより...


 ピシ。ピシ。


 いやな音がしてドアを振り返った。何もない。ドアが相変わらず叩かれている。そのたびに錆びた金具が揺れて...揺れて?違う、。そういえば私がここに来て何日が経った?今はもう秋だ。いっぺんにたとえば地震のような大きな揺れが来なくとも、毎晩叩かれて衝撃が与えられた古い金具は、当然劣化して、


 外れた。


迂闊だった。何も私に隙間を開けさせる必要はなかったのだ。衝撃を積み重ねて徐々に金具を壊していけば、いずれ隙間を開けることはできるのだ。

 隙間から満面の笑顔が覗いていた。あの顔は、かつて見た心霊映像の顔ではないだろうか。私は私の迂闊さを狙って目を閉じた。  (了)















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る