第3話 ここは異世界、それとも???

「そうだ! 親父!」


 あの野郎に一言いいたいことがある! 

 いや、一言どころではない!

 今度こそ積年の恨みを機関銃の如くぶっ放し、残りの薄毛全部むしり取っちゃる!


 条件反射的に、俺はポケットからスマホを出していた。


「……うわ、Wifiきてるよ……」


 自分で取り出してなんだけど、スゲー違和感……俺はマジマジと液晶画面に見入ってしまった。


 ――と、んなことで感心している場合じゃなーい。とにかく親父に連絡だ!


 ツーコールで、聞き覚えのある声が出た。


「おう! どうだ志誠、クラリエンジ・アナーシャ王国は」


「どういうつもりだよ、この不良オヤジ! ちゃんと説明しやがれっ!」


「説明はもうしたじゃないか。お前はそこでしばらく王子として頑張るんだ。あとはその青年に聞いてくれ」


 オヤジの言葉に合わせて、俺は思わずそのお兄さんを見上げる。


 目の前には先ほど俺を起こしてくれた感じの良い男性がにっこりと微笑んでいた。


 タイミングを合わせたように、オヤジの解説が始まる。


 ……なんで合わせられるのか謎だが。


「彼の名はレノマールさん。王子の貴重な側近だ。大丈夫、うちの会社と縁の深い人でな、信頼できるお人柄だから安心してなんでも相談するんだな」


「それは良かった、助かります……ってなるかーい! どういうことだよ、一体何なんだよ、この異世界風な世界は? って、もしかして異世界? 俺、死んだの? もうあの嫌な現実に戻らなくていいわけ?」


「ふふふ、残念ながら至誠が存在するその世界は完全確実にばっちり現実だ。異世界でチート体験♡とか美少女とスローライフ♡などという不埒な夢は捨て去るのだな」


「でも限りなく異世界風だし、この国籍不明な美青年」


 と言いつつ、俺は目前の人を見上げる。確かレノマールさん、だっけ?


「とも不都合なく日本語で会話出来ているんだけど? そういうのって異世界では」


「違う、違う。違う! お前はまだ現実世界でちゃんと生きている。彼と会話可能なのは先ほどのマシーンのおかげだ。外見同様、至誠が違和感なくクラリエンジ・アナーシャ王国に馴染めるようにアップデートしただけだ。ドラえもん風に言うと『翻訳こんにゃく』だ。すべてわが社の優秀なマシーンのおかげでな」


……マシーンという死語をGreeeenみたいに言うなっつーの。


「ともかく、本物の王子を見つけるまで、お前はこの世界で王子代理として暮らすのだ。わかったな? では、さらば息子!」


「って、おい!」


 ツーツーという通話不能の音がむなしく響く。


 親父……お前は一体、どういう会社に勤めているんだよ? 


 俺は呆然と、家族や学校生活との突然の別れを感じていた。


 別にいいけど。


 なんだよ、この展開……俺は思わず口に手を当てて考え込んでしまう。


 で、出したとりあえずの答え。


「レノマールさん!」


 俺は、お兄さんの名を呼んでみる。はい、と人の良い返事が返ってきた。


「俺、王子じゃないんだけど! 実はオヤジに騙されて……」


 驚いたことに「承知しております」とレノマールさんは言った。


「へ?」


「王子代理の方ですよね? お父上から聞いております。王子と呼んだのは、志誠君が記憶をなくしている可能性もあるとのことでしたので……それならはじめから王子として始められるのが得策かと」


「そ、そうなの?」


「はい。でもこの事実を知っているのは私だけです。お城に帰れば、誰もみな本物の王子として接してきます。志誠君もちゃんと対応してください」


 レノマールさんはそう言ってにっこりと笑った。



 そういうわけで俺は今、お城で王子様として生活している。


 王子の名はなんとシセ!

 

 シセ・アナーシャ王子だ。

 

 このクラリエンジ・アナーシャ王国の第一王子、といっても一人っ子だから唯一の後継者ってわけ。


(なんとなくおさまっちゃうあたり、俺って案外、順応性があるのかもな)


 もちろん城の者はそれなりの対応はしてくれる。なんてったって王子様だ。メシもうまい。


 だがこのシセ王子、とんでもないバカ王子だったらしく、みんな敬語こそ使っているがそれ以上の親しみはなく、態度もこの上なく冷たかった。


 今も、侍女のカノンちゃん(これがメガネの似合うかわいい女の子でさ)が事務的にてきぱきと掃除をすると、一言も口をきかずに部屋を出ていってしまった。


 両親にあたる王様や女王様って人たちは、ここに来てから一度しか会ってない。

 忙しい人達なのだ、きっと。それか単純に嫌われている。


(ま、俺は本物が見つかるまでの代理だから、別にいいけど)


 そう思いながら、ゴージャスなベットに寝そべる。親しく接する者がいないってことは、俺にとってありがたい。偽者のボロも出にくいだろうし。


 ひとりって感じでケッコウ孤独だが、そんなの日本での俺も同じだ。第一、仲良くなるのって面倒じゃん。


 ――それに……。


 どうせ戻ったところで良いことなんかなんにもない。


 あれからゆうに十日は経っている。二学期を欠席し続けている俺は今頃、みんなから不登校児兼嘘つき呼ばわりされているだろうか?


「もう、どうでもいいけどさ」


 だれもいない部屋でひとり、声に出していってみる。なんとなくスッキリして、俺は機嫌良く昼寝を決行することにした。



 そんな、のん気な生活が一ヶ月ほど続いた。


 とりあえず、不思議なことが二つある。


 ひとつはこのスマホ――この一ヶ月、充電していないのにバッテリーがまったく減らないのだ。液晶画面は、今日も元気に満タンを示している。


 で、二つ目が親父。

 

 まぁ、これはいつも不思議の塊みたいな存在なのだが。


 たまにかかってくる電話によると、王子はまだ見つからないらしい。

 

 仮にも一国の王子が失踪してるってのに、そんな悠長なことで大丈夫なのか?

 

 とはいえ、親父オヤジの口調から察しても、俺が心配するほど事態は深刻ではないみたいだし、それはこの国でも同じだ。


 王子という存在さえあれば、それがどんな人間であろうといいってことか。


「どっちにしろ、俺が考えることではないかなぁ……」


 大きなあくびとともに、伸びをして窓を見る。

 

 王国は今日も晴れ……国民は皆、えすれば労働に勤しみ、王子様はといえば――ひたすらヒマだ。一応、魔法や武術の勉強は毎日あるが、先生達も王子をバカにして、ちゃんと教えようとしない。


 出来なくても良いのだ。誰も俺を怒らない。


 これはこれで、なかなか快適なスローライフだ。快適なはず、なのだが。


「……」


 適当に仕えて甘やかしては、裏で『バカ王子』を軽蔑している彼らを見ているのは、どうも気分が良くない。


 気分が良くないどころか俺は最近、このまったりとした生活になんとなく苛立ちを感じ始めていた。


(かと言って、なんか具体的な行動を起こす気はないんだけどね)


 ともかく、俺はそんなグータラとした生活を過ごしていた。


「王子! また武術の稽古をさぼったんですか! ダメですよ? ちゃんとしないと立派になれません。自分が後悔することになります」


 ふいに聞き慣れた声が部屋に響く。


 まったく、教科書みたいな説教をしやがる。

 ……俺はゆっくりと声にする方に視線を向けた。


 こんな風に俺を叱るのはレノマールだけだ。


 その当の武術の先生が怒らないのに、だよ?


「いいの! どうせ俺は代理だし」


「代理でも、毎日の生活の中で何か得るものはあるはずです」


「剣だの魔法だのって、この国で学んでも現代日本じゃほとんど役に立たないって」


 そうなのだ。

 

 このクラリエンジ・アナーシャ王国、まるで俺が愛好しているRPGの世界そのままに剣や魔法が存在しているのだ。


 ホントまるで異世界。これが異世界じゃなくて何って感じ。


(でも親父が言うには現実なんだよなぁ……俺は今、どこにいるんだろう?)


 ともかく日本と国交がないことは確かだ。


 俺にはここが現実に地球上にある国だとは思えないが、なんせ日本を出たことないから本当のところは分からない。


 けれどどれだけ考えても、ここがどこだか正解は出なかった。


(別にいいさ)


 俺が完全に騙されていて、仮に千葉にあるネズミが楽しく踊るテーマパークに軟禁されていたとしても、別にいいじゃないか。

 

 ようは現実から逃れ、楽しく暮らせていることが重要なんだから。それなのに。


「王子!」


 口うるさいのはどこにでもいる。


 俺は大袈裟にため息をつきながら、目の前のレノマ―ルを見上げた。


「なんでレノマ―ルはそんな必死なわけ?」


「王子が大切だからです。立派に成長なさって欲しいからです」


「だからさぁ」


 俺は代理だって、と何度も同じことを繰り返す。


 でも内心は、少し嬉しかったんだ。

 

 だって、この城の人間はみんなよそよそしくて、どこからでも王子への陰口が聞こえてくるんだから。


 だが、レノマールだけは違う。


 本気で俺の――っていうか、王子の――ことを考えてくれている。

 

 うっとうしいと思いながらも、この生ぬるい生活の中で、それが唯一の慰めでもあった。だから――甘えてただけなんだ。あの夜のことは。


 もう、今となっては取り返しのつかないことなんだけど。


「いい加減にしてくれよ!」


 いつものやり取りのあと、俺は珍しく苛立っていた。


「ですが、王子」


「王子なんかじゃない! ついでに言うと俺は立派でもなければ、今後立派になる予定もないんだよ。俺はくだらない人間でいいし、誰にも迷惑かけてないんだからほっといてくれ!」


 明日の予定だと持ってきてくれたノートを足元に投げつけて、俺は顔を背ける。


 その時のレノマールの悲しそうな顔。今でも忘れない。


 ちょうどその晩遅くに――レノマールは、俺の目の前で。


 ……死んだんだ。

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