第43話 死神のフード


「奏くん……!? そんな、どうして!?」


 カギをリリーから受け取った奏は、とても嬉しそうに笑いながら時也の姿から奏の姿へ戻る。

 奏が声を自在に操るとは知っていたが、まさか姿までそっくりに変えることができるなんて、ことはは知らなかった。


「どうして……と言われてもね、ぼくの家だし。ははっ……リリー、君はやっぱりすごいね! どんな状況になろうと、決してあきらめない。その欲深さには、このぼくでも敵わないよ」


(そんな————!!)


 リリーはことはに頬を叩かれた拍子に落ちたナイフを広い上げて、再び自分の首にそのナイフを突きつけた。


「さぁ……死書を————私の死書を……そのカギで……書いて」


 リリーの首筋に、真っ赤な血がつたう。

 このままでは数分で出血死する。


「ははははははっ!! 本当に刺した!! ははははっ!!」


 奏はリリーのその姿を見て手を叩いて笑う。


「君は頭がとてもいい。でもまさか、ぼくの知らないところで、死書官を殺していたなんて思いもしなかった。どこで死書を手に入れたのかと思えば、自ら作り出していたんだね……死を何より嫌う君が、人を殺すなんて思ってもいなかったよ……そしてまさか、自分から死を選ぶなんて」


 カギを手に入れたいという目的が同じ二人は、共犯者だった。

 リリーはカギによって未来永劫生きられる命を、奏はカギを使って時の神になりたい。

 奏はカギの場所を探すために既存の死書の中から、カギを使った記述を探し、リリーは死書官からカギを奪い殺し、その死書を読み、時に書き換えて……



「でも、ごめんねぇ、リリー。ぼくは、このカギさえ手に入れば、後はどうなっても構わないんだ……」


(え……?)


 カギを手に入れた奏は、そう言って息絶えようとしているリリーに手を振る。


「さよなら、リリー」


 裏切られたと気づいた頃には、すでにリリーは声を出すこともできなくなっていた。

 リリーの体から、何百、何千枚もの紙がバラバラと浮かびあがり宙を舞う。

 リリーの死書が1冊にまとまる前に、奏は立ち去ろうとしている。


(そんな……こんなことって————このままじゃ……)


 永遠に生きるために、自分で命を絶つリリー……

 そんなリリーをあざけ笑いながら、立ち去ろうとしている堕天使……

 このままカギをこの堕天使が使ったら、なにが起こるかわからない。


「待って!! カギを……そのカギを返して!!!」


 ことはは奏からカギを取り返そうと、奏の手を掴んだが跳ね除けられる。

 何度も何度も、ことはは奏の手からカギを取ろうとするが、奏は背の高い優介の姿に化けてしまい、背伸びをしても、ジャンプをしても、ことはには届かなかった。


「うるさいなぁ……このカギはぼくのなんだよ。君のものじゃない。これでぼくは、やっと……時の神に————トトの代わりに、ぼくが時の神に——……え?」


 奏の手から、カギが消える。

 ことはの手は届いていないのに、明らかに誰かに取られた感覚がした。


「カギ……!! ぼくのカギ!!」


 カギは宙に浮いている。

 手を伸ばしても、掴めない。



「残念だけど、そうはいかないのよ」


 声だけが聞こえた。


 奏はトトの仕業かと思ったが、トトはリリーのそばで死書ができるのを待っている。

 自分の手でリリーの死書を回収しようと……その大量の紙がまとまるのを待っている。


 トトの声ではない。


 では、誰の声か————



「誰だ……!! ぼくのカギを返せ!!」



「さぁ、コトちゃん……手を出して」


 その声に従って、ことはが手を出すと、カギはことはの手のひらの上に乗る。

 肩に、背に、温もりを感じる。


「ママ……?」



 グレーのスーツの上にフードつきのひざ下まで丈のある黒いコート————死書の中で見た死書官としての姿で、優子はことはの後ろに立ち、ことはの肩に手を置いていた。


 リリーの死書が1冊にまとまり、優子はトトからそれを受け取るとことはに手渡す。


「時が来たわ。さぁ、ことちゃん、このカギを使って、リリーの死書を書き換えて————都木野奏と名乗っている堕天使をこの世から消し去り、自ら命を絶った……と」


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