第44話 ひみつのカギ


 カギは赤い光を放ちながら、ことはの手のひらで、ミッピィから真鍮のカギの形へ。

 リリーの分厚い古びた死書の最後のページを、ことはは優子が言った通りに書き換える。

 リリーの死書の最後の一文——

“死書の書き換えを願い、自ら命を絶った”には、赤い線が引かれた。


「やめろ!! 使うな!! 書き換えるな!! ぼくのカギだ!! ぼくは……ぼくは——」


 奏は優介の姿のまま、ことはを止めようと手を伸ばすが届かない。

 トトが奏を優介になる前に戻したたためだ。

 小学生の体に戻った奏の手は、カギには届かない。


“都木野奏と名乗っている堕天使をこの世から消し去り、自ら命を絶った”


 赤い文字で、死書が書き換えられたその瞬間、光が奏を包みこむ。


「やめろ……!! ぼくは、時の神に……な……————」


 光と一緒に、奏は消滅した。

 裏切り者の堕天使は、死書に記された通りに跡形もなく消えたのだ。


 このひみつのカギで、書かれた記述はその通りになる。



「よくやったわ、コトちゃん……」

「ママ……!!」


 ことはは、3年ぶりに母の胸に抱かれて泣いた。




 ◇ ◇ ◇



 ことはの前から姿を消す数日前、花咲優子はリリーがカギを奪っていく姿を目撃した。

 光を見た場所の周辺にいる死書官を狙っていたのだから、近くにいてもおかしくはない。

 だが、その犯人の顔がこれほどまでに自分の顔とそっくりなことがあるだろうかと思った。


 リリーが自分の死書を他の死書官に違法で書き換えをさせながら生きていたことを知らなかった優子は当然、神威家の誇りである神威百合は100年前に死んだものと思っている。

 神威家の歴史資料の写真で百合の顔を知っていた優子は、リリーの顔を見た時、彼女が自分に似ているその写真の人物のような気がした。

 子供の頃から、親族たちに一番似ていると言われていたし、百合に似ていることを誇りに思っていた優子。

 これはもう一人の私だと、きっと、私は百合の生まれ変わりなのだと思っていた。



 違法死書が増えているということもあり、優子は自分で調べてみた。

 死神図書館で検索をかけても、神威百合の死書はヒットしない。

 神威百合は生きているかもしれない……


 何度か、リリーの犯行現場に遭遇したが、優子が邪魔をしていることに気がついたリリーは、優子を殺そうとしてきた。

 なんとか逃れたが、あれが神威百合である確証がない。


 だが、6年後の15歳のことはから話を聞いて、そこで初めて確証に変わる。


 偶然起きた地震に乗じて、優子は姿を消した。

 カギを使って、ことはの死書の中へ。


 あのカギで15歳までは確実に死ぬことがないことはの死書が、通常であれば体内に戻るはずが戻らずに手元にあるのは、隠れるのに好都合だった。



「それじゃぁ……ママはずっと、わたしの死書の中にいたの!?」

「そうよ。フードをかぶれば、死書の中の登場人物には私の姿は見えない。未来の死書でそれが可能なのかはわからなかったけど、うまく行ったの」


 優子から消えた謎の真相を聞いたことはは、頭がこんがらがった。


「えーと……うーんと、じゃぁ、ここは、わたしの死書の中だから、わたしはもう死んでて……え? でも、わたしの死書はママが持っていて……? でも、その中にママがいて……え??」

「コトちゃんにはまだちょっと難しかったわね」


 優子はことはの頭を愛おしそうに撫でながら笑う。


「簡単に言うと、ママはずっとコトちゃんのそばにいたの。コトちゃんが主人公の死書の中だからね。ずっと声をかけることも、姿をあらわすこともできなくて、寂しい思いをさせてごめんね。でも、こうするしか、カギを守れる方法はなかったの。少し時空を歪めてしまったけど……」

「まったく、その通りよ……最初からワタシに言えばよかったのに」

「トトさん……!」


 ことはが泣いている間に、トトは優介や他の死書官を呼び、リリーの遺体を運びださせていた。

 このまま、普通に警察に引き渡しては、一部の上層部しかしらない死書のことが明るみに出てしまうからだ。

 150歳の女の遺体だなんて、知られてはまずい。

 リリーの血で真っ赤に染まった部屋の時間を元に戻しながら、トトは優子に向かって文句を言った。


「優子、これはあなた一人が背負うことじゃなかったわ。最初からワタシにカギの封印が解けたことを言えば、ここまでにはならなかったかも知れないわ……まぁ、あなたが死書を違法に書き換えたのが全ての始まりだから、自責の念もあったのかも知れないけど……」


 眉間にシワを寄せ、トトは何事もなかったように綺麗になった床を見つめる。

 リリーが倒れていた場所だ。

 そして、一度深くため息をついて、言った。


「優子、ことは……たとえ、どんな理由があろうと許可なく死書を書き換えることは、許されないわ。あなたたち二人には、罰を与えなくてはならない————この二人を連行して、今すぐに……」


(え……っ!? れ、連行!?)



 そして、死書官に拘束され、ことはと優子は死神図書館へ連れて行かれた。

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