第18話 回収


 絶対に関わってはいけないと言われたものの、奏は同じクラスな上に、隣の席。

 授業の班分けも一緒だし、給食の時も向かい合うことになる。


「いただきます!」

「「いただきます!」」


 今日は大好きなカレーだ。

 普段家で時也が作ってくれるカレーとは味が違って、そんなに辛くないこのカレーがことはは給食の中で一番好きなメニューだった。

 そして、デザートにバニラアイスまで……

 いつもなら嬉しい給食の時間も、昨日は考え事が色々あって気がつかなかったが、今日はこの奏の視線が気になって仕方がない。



(なんでこんなに見られてるのかな……?)



 その視線に気づいているのは、見られていることはだけで、他のクラスメイトも担任の先生も気づいてはいなかった。

 ほとんどずっと正面から見られているせいで、視線が合わないようにするのにことはは絶対正面を見ないようにするしかない。

 目が合ったら殺されるとか、そういうことではない。

 目が合ったら、にっこりと笑ってくれるのだけど、その笑顔がことはには怖かった。


(これが日菜ちゃんだったら、喜んで何度も見るんだろうな……)


 なんだかゾワゾワするというか、ドキドキするというか……

 嬉しいはずの給食の時間が、ことはには苦痛でしかない。



「ごちそうさまでした!」


 さっさと食べ終わった男子たちが、ドッジボールをするんだと言って校庭へ飛び出して行く。

 ことはも参加したかったが、一応まだ捻挫が治っていないと思われているため、その様子を3階の教室の窓から見下ろしていた。


 落下防止の手すりにもたれかかりながら、よく晴れた校庭で無邪気に遊ぶ児童たちを眺める。

 奏もその輪の中に誘われたようで、午後の授業が始まるまでの間、その視線からようやく逃れられた。


(やっと解放された……! なんだったんだろう……よくわからない、本当に————)


「こんなに暑いのに、よくやるよね。ヒナは暑いの嫌だから、信じられな……あぁ!! 奏くん上手!! またぶつけた!! スポーツも得意だなんて!! 本当イケメンだわ」


 ことはの隣で、日菜も校庭の様子を見下ろしている。

 教室に残っていた他の数名のクラスメイトも、奏の華麗な身のこなしにキャーキャーと黄色い声をあげていた。

 その様子は他のクラスの子たちも見ていて、転校して来てわずか2日目にして、奏はこの小学校で一番の人気者になってしまった。


 そして、そろそろ、休み時間が終わろうとしていた頃、ことはは校庭で遊ぶ児童の中に、ありえないものを見る。


「あれ……? あんな先生いた?」

「え? 先生? 誰のこと?」


 日菜に教えようと、ことはは指をさす。

 ドッジボールの隣で、サッカーをしている男子の方を。


「ほら、あそこにいる、黒いパーカーの」


 ゴールキーパーをしている男子の隣に、顔はわからないが、黒いパーカーのフードを被った男が立っていた。

 この炎天下には不釣り合いな格好だ。


「え? どこ?」


 しかし、その男の姿は日菜には見えていない。


「え、見えないの? あそこにいるでしょ? ゴールのところ————……」


 ことはは日菜に位置を説明しながら、はたと気がついた。

 この炎天下に黒いパーカーのフードを被って、キーパーの隣に人が立っているのはどう考えてもおかしい。


 黒いパーカーのフードを被った男。

 日菜には見えない。

 自分にしか見えていない男。


(————死書官!?)


 3階の教室から、顔ははっきりと見えなかった。


(もしかして、あの時の……あの犯人!? でも、なんでこんなところに!?)


 よく顔を見ようと、ことはは急いで教室を飛び出し、階段を駆け下りて校庭へ向かう。

 死書官がいるその場所へ、ドッジボールをしている児童たちの横を駆け抜けて、サッカーゴールまであと数メートルというところで————



「おい! 大丈夫か!!?」



 ゴールキーパーをしていた男子児童が、倒れた。


 真横で子供が倒れたというのに、隣に立っている男はただ見つめているだけで、何もしない。


 倒れたことに気がついた他の男子が集まって、声をかけるが反応がない。


「先生!! 先生!!」


 気がついた他の先生たちが、倒れた児童の元に駆け寄る。


「保健室に……いや、救急車だ!!」


 パニックになるゴール前。

 校庭にいた児童たちも、教室の窓から顔を出していた児童もみんなが何が起きたのかと見つめている。


 先生に抱きかかえられて、運ばれていく。

 その姿を、ただじっと見つめている死書官の男。


 そして、程なくして救急車のサイレンが近づいて来ていたが、到着する前に倒れた児童の体から、何百枚もの紙がバラバラと宙に浮かび上がって、1冊の本になった。

 死書官の男は、その本を手に取ると、ポケットからカギを取り出した。


「回収」


 あの紫の光が、カギから放たれる。

 その光が、ことはが何度も見た死書官のスタンプの形を描き、本の中へ入って消える。


「完了」



 死書が回収された瞬間を、ことはは初めて見た————




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る