-守るべきもの- ⒋

クトはあたりを確認して、信じがたい表情をしながら自分がどこにいるのか把握した。壁も柵もない離れたとこに羊がいたからだ。

『え・・・。ここ・・・・・』

『立て。座ってても何もできねえぞ』

テハドがクトに言い放つ。先ほどまでエル王子やテハドがいる柵越しに突進ばかりしていた羊がクトの方に気づいた。ミュエはあまりの極度の恐怖に腰を抜かし、目が瞬きをすることを忘れてクトの方をずっと見ている。ミュイも固まって動けずにいたがテハドの方へきて半泣きになりながら嘆願してきた。

『どうして・・。なんで・・そんなことするの・・・』

ミュイの目には涙が出ていた。テハドからは返事がない。

『お願い・・やめて。クトを返して・・・・・』

だがテハドはミュイの方に見向きもしない。エル王子とレラも心配そうには見ているものの止めはしなかった。

柵の中では羊がクトに襲い掛かろうとしていた。羊には角があり体長はクトより大きい。体格もよく、かなり健康的な状態だとみて取れる。突進をまともにくらえばクトの体に角が刺さるだろう。それにこの真っ黒な目をした動物たちには不思議な力あることをエル王子とテハドが先ほど証明していた。クトは怒りの支配から解かれ、羊に襲われるより先に動揺と恐怖に襲われていた。

『どうしたんだクト。仇を打ちたいんだろ?殺したいんだろ?』

『違う!・・ぼくは・・テハドと一緒に殺そうと・・・ぼく一人でなんてむ』

『俺にとっちゃあその羊は仇でもなんでもない。⦅一緒にするな⦆』

テハドは子供に対してかける言葉を知らない・・・。だが言っていることは間違ってないし、テハドはクトが抱いている復讐をしに来たのではない。

『・・・・・・・・』

クトは何も言い返せなかった。先ほどまで感じられていた怒りはなく唖然としていた。漠然とした寂しさと不安、恐怖を全身で感じ味わっていた。まるで父と母が殺されたときのように。羊がクトを標的に捉えて突進を始めていた。ミュエは相変わらずだった。ミュイはクトの名前を叫んでいた。クトはずっと手に持っていたナイフを既に手から離している。クトは元々一人で殺すことは考えておらず、テハドと一緒に戦うつもりだった。急に柵の中に投げ入れられ逃げる場所がなくなり、挙句、一人でやれ、と言われた。戦意を完全に砕かれてしまった。本能で逃げられないと感じたのだろうか、逃げようとせずうずくまってしまった。これはテハドが三人を助けたとき、始めてみたクトと同じ姿だった。羊とクトの距離が収縮されていく。テハドはクトをずっと観ていた・・・。

(一人じゃむり。怖い。怖い。いやだ。いやだ。痛いのいやだ。来るな、来るな。・・・・死にたくない・・・)

クトはうずくまりながらも死の恐怖を感じていた。とても長い時間をクトは体感した。痛みが感じるまでの死ぬまでの時間がこんなにも辛いなんて。だが一向に死の恐怖から脱することがない。死ねば何も感じなくなるはずだがこの地獄から解放されない。すると何かの光が見え勇気を振り絞り顔を上げる。オレンジ色の無数の光がクトを中心に円状に連なって守っていた。羊はまるで鋼でできた壁に突進したかのように、クトに向けた一撃は弾かれていた。再び至近距離から突進を仕掛ける羊。また無数の光の壁に防がれるも今度は負けじと、全身を使って壁を破ろうと押し攻めていた。そこにテハドが悠々と柵を飛び越えてきて羊とクトの方に近づく。今度はテハドに襲い掛かろうとするもクトを守っていた同じ無数の光の壁がテハドを守り、背中に携えている大剣を使って、羊に気づかれることなく素早い反撃をした。しかしテハドは斬殺するのではなく、剣の面の部分を使い、羊の横腹から叩き飛ばした。十メートル近くは飛んだだろう。羊の肋骨がボロボロになっていてもおかしくない、それぐらい凄い一撃を羊に入れた。するとテハドがクトを片手で持ち上げ柵の外へと投げる。クトはまたお尻から落ちた。少しお尻にはしる痛みで顔がゆがめる。テハドも柵を飛び越えて戻ってきた。


『お前はまだガキだ。復讐しようとしたんだろうが、一人で戦う勇気も力もねえのによくやろうと思ったな。わかっただろ?自分が弱くて情けないやつだと。それにあの羊か、お前らの父と母を殺したのは?どこに怒りをぶつけてんだ。目が真っ黒で同じ奴らと思ったんだろな。こんなこと言ってもしょうがねえが、仮にあの羊を殺せて復讐が達成できたら満足か?優越な気持ちになれて達成感が味わえて、さぞかし幸せだろうな。そんな優越感満載の【この幸せ】が繰り返され続ける人生にしたいか?』

『・・・・・』

クトはテハドが言っていることをあまり理解ができてないだろう。だがテハドが言ったことと、自分が何もできなかったことを少しは自分の中で繋ぎ合わせて理解できる部分は心で感じている。クトが抱いていた怒りはテハドにとって歪なものでしかなかった。テハドが経験してきた戦争を思い出させる怒りだった。

『今お前が復讐心をぶつけたのは動物だがそんなの関係ねえ。復讐すればそれは還ってくる。戦争が終わらないで続く一つの原因だ』

『・・・・・』

クトは泣くことを精一杯我慢している様子だった。自分がとった行動は間違いだった。いけないことだった。と反省している表情にみえた。ミュイとミュエは、クトが殺される直前に変な光が見えて、クトは生きていて、羊は叩き飛び、クトとテハドはこっちに戻ってきて、テハドから怒られている・・?・・・もう何がなんだが理解できなかった。しかしクトが無事であること、そしてテハドが言っている、【この幸せ】や戦争のことをクトよりかは理解していた。

『それにこの羊はなあ、あん時のクマと違って野良じゃねえんだよ。お前が殺した後羊の飼い主になんて言うつもりだったんだ?』

いくらクトが愚かな行動をしたとはいえまだ子供・・・。それをすっかり忘れてしまっているテハド。こういう人は、まだまだ人の親には慣れない。もう、一周回って言葉の暴力になりつつある。それを察したエル王子が会話に入る。レラは、こいつ言いすぎじゃね・・・?と言わんばかりな顔をしていた。エル王子もレラもテハドには人を守る力があり、見捨てたりなどしないことはわかっていた。だから止めずに観ていたのだが。

『テハド、もういいだろう。今度はテハドに復讐しようとするかもだよ?』

『う・・・』

エル王子からの一言でテハドが我にかえる。レラが子供たちの方に近寄りクトを正面から強く抱きしめる。

『怖かったでしょう、もう大丈夫ですよ。テハドは一度仲間と想った人を裏切ったり見捨てたりしません。あなたちに小さな傷一つ付けることもさせません。テハドはクトたちに知ってほしかっただけです。・・・ですが最後はテハドが言い過ぎです。テハドが悪いです』

『な・・・』

クトはさっきまでずっと我慢していたものレラに吐き出していた。ミュエも泣いていたがミュイは涙目になっている程度だった。エル王子とレラの感想に納得しがたい表情をしていたテハドが羊の気配に再び気づく。テハドに叩き飛ばされ気絶、あるいは混乱していたのだろう。

『『ギシッ!!』』

柵の軋む音があたりに響いた。

『それでどうするんだエル。他には試したいことあるのか?』

『いやもう大丈夫。決断したいところだけどさっきの老夫婦に事情を説明しないとだね。それまで頼んだよ』

『ああ』

先ほどいた老夫婦を呼んできて一通りの説明と過去にもあった動物のことも手短に話す。この真っ黒な目をした動物は人を認識すると襲いかかってくる。現段階で対処法がない。対処法や治療方法がある可能性は極低いし、テハドをそれまで貼り付けておくのも苦である。

『なるほど・・・昔から大切に育ててきた一頭であったのじゃが、よく見ると苦しんでいるようにも見える。・・・このままにしておいても仕方があるまい。楽にしてやっておくれ』

『申し訳ありません、微力な私をどうかお許しください』

深々と頭を下げるエル王子。エル王子が放ったこの一言にレラとテハドは妙な困惑を感じていた。それはかつて戦争により失った国の・・・。老夫は、とんでもありません、とエル王子を謙遜していた。

『テハド。じゃあお願いしてもいいかな?』

『ああ、わかったよ』

テハドが再び柵の中に入ろうとする。

『こ、殺しちゃうの・・・?』

ミュエがエル王子に問う。そこにいたエル王子とレラが驚愕する。驚きのあまり言葉をすぐ返せない。ミュエからしてみれば両親を殺した仇。先ほどのクトのように復讐心のあまりまだ怒りがあると思っていたが・・・テハドが取った行動。それを体の中で一番大切な心で受けとめ、早速行動に移している。ミュエが持つ優しい心にエル王子は感動していた。今の発音には、もの凄い優しさと敵であるものを想い、敬う形で返そうとしている、そんなように聞こえた。ミュエが本当にあれだけで理解したのかはわからない。けどテハド伝えたかったことはきっと・・・。ミュエに焦りながら答えをしっかり返すエル王子。

『うん、残念ながらね。ミュエたちの家族を襲ったクマと同じ症状が出てる。それにまだ僕たちには対処法がない。あのようになってしまう経緯も原因もわからない。このままにしておくと人間を襲ってしまうから殺すほかないんだ』

ミュエはそのあとは何も言わなかった。テハドが柵の中に入った。クトを羊の突進から守ったオレンジ色の輝きが、さっきとは比べ物にならないほど数、そして強く光っている。一体何が始まるのか?ミュイとミュエはテハドの方を凝視している。クトも強い輝きに気づきレラのお腹に埋めていた顔を出す。


『ミュイ、ミュエ。そしてクトも。よく聞きなさい。先ほどテハドが言ったことに付け加えてお話しします。いいですか・・・・怒りによって盲目になってはいけません。たとえ相手が動物であっても人間であっても、その怒りをぶつけて得るものは何もありません。怒りを背に成長すれば他者を傷つけ、嘆き悲しむ者を見捨て、冷笑し遠ざけ突き放す、敵や憎しみを生むだけです。そのようになってはいけません。それにこの羊はここにおられる老夫が大切に育ててきた家族です。家族を亡くす悲しみはあなたたちも知っているでしょう。人や動物が亡くなれば、必ずこの世界のどこかで嘆き悲しむものがいます。怒りを感じたらまず踏みとどまり耐えるのです。父や母を突然殺され辛くて悲しくて怒りを覚えたのでしょう。ですがそんな辛い経験をしたあなたたちには繰り返してほしくありません・・・。今至るとこで起きている戦争を。繰り返すのではなく二度と起きない世界をあなたたちに目指して欲しいのです。』

三人は何も言わず小さく頷くだけだった。テハドが羊の前に行くと立ち止まって上を見て、目を閉じた。エル王子とレラはこれからテハドがどのようなことをするのか知っていた。戦時中も見たことがある。この力で苦しんでいる人を助けてくれた、救ってくれた力。エル王子が何をしているのか理解できていない三人に少し説明をする。

『テハドの力は守るための力であり、相手の命を奪う力は本来ない。けどテハドに余裕さえあればこの力を使って、相手の命を安らかな永遠の眠り、へと誘うことができるんだよ。それは死となんら変わらないかもしれないけど、僕とレラはこの力をとても信奉しているんだよ』


みんなの視線がテハドに集まる

ついに羊がテハドに気づき突進していった刹那


『力よ・・・』


あたりに更なる光が溢れ出す、尊い小さな無数の光が羊を包み少し宙へ舞う。三人からすればこのような光景は見たことがない。たくさんの光の輝きが羊を中心に円状に凄いスピードで乱回転している。テハドが目を開けると、テハドの眼球がオレンジ色の星空のように輝いていた。


『安らかに・・・眠れ・・』


羊の様子が変化する。さっきまでの憤怒がなくなり周りにいる羊となんら変化ない様子に変貌する。その後羊は眠りにつくかのようにゆっくりと目を閉じ、重力を感じていた体は力が抜けグッタリしている。それを確認したテハドは羊を地に降ろした。羊の周りで光っていた無数の光が一つとなり、天高く美しい輝きを見せながら昇って行った。それと同時にテハドの目も元に戻った。


目が元に戻るとテハドが一息ついた。レラとエル王子、それに老夫や村に住んでいる民もずっと見ていた。レラがミュイとミュエとクトの顔を見ると不意に笑ってしまった。写真があれば無言で撮影したいところだ。

『ふふっ。三人ともすごい顔していますよ。テハドは顔に似合わず凄く綺麗なことをするでしょ?』

小馬鹿にするレラ。まさかの顔をイジるという・・・。

『おい、今余計な言葉があったように聞こえたが』

しっかり聞こえてたようだ。それを聞いてエル王子も少し笑う。そしてミュイとミュエ、クトにある提案を持ち出した。

『クト、ミュイ、ミュエ。どうだい、テハドに騎士になるための剣を教わったらどうだろう?』

『えっ!』『えっ!』

ミュイとミュエが息ぴったりに反応した。

『なっ!』

テハドも驚いたようだ。レラはエル王子に冗談かなと思いつつ確認する。

『よろしいのですかエル王子、それに女の子であるミュイとミュエまでもですか・・・?』

『今のこの国の現状と周りの他国の状況を鑑みるに、最低限の身を守るための力は必要だよ』

『お、俺が教えるのか・・・』

『テハド以外に誰が教えれるのさ。騎士はこの国にテハド以外にいないだろう?』

『三人にその気がなけりゃでき』

『やりたい!!』『やりたい!!』

先に返事を返したのはミュイとミュエだった。またしても息ぴったり。興味があるのかテハドの力に魅せられたのか。以外にも姉妹はやる気満々だ。問題はクト。返事が先ほどからない。みんなクトを見る。クトはテハドの方を見ている。何か言いたいことがありそう?

『なんだよ、お前はどうしたいんだよ・・?』

『ぼくも。・・・ぼくもなりたい!テハドみたいに強くなって、テハドより強くなる!!』

ものすごい闘争心が感じられる。先ほど散々な目に遭わせられたお返しだろうか・・・クトの咆哮のように聞こえた。だがここでテハドの子供っぽいところが発動した。

『ああぁん?お前みたいなひ弱はガキが俺より強くなれるわけねーだろ』

『なるう!』

『ちょっとテハド、変な対抗心を出すのはやめなさい。あなた自分が何歳年上だと思っているの?』

レラがテハドの幼いところを注意する。

『うるせぇ!』

そんな小競り合いが続いていた。すると老夫がエル王子の方へ歩いてきた。どうやらお礼を述べたいらしい。

『王子殿。ありがとうございました。命をお助けしていただき。城からあなた方が来て頂けなければどうなっていたか』

『いえ。礼には及びません。羊のことは残念でなりませんが、お困り際は城のほうへお立ち寄りください』

深々とお互いに頭を下げていた。

『あの方は・・・確か、守神様ですか?まだこの国に居てくださっいるとは・・・!』

『はい。そうです。私が依願したのもありますが、彼の意思でもあります』

『そうですか』

そう返事をすると一別をし、老夫は自分の家の方へ帰っていった。

今日魅せたテハドの力はエル王子とレラに取っては初めてではない。今までは気が付かなかったが今回テハドが使った力をみて発見したことがある。それは・・・。天気は曇り。雨は降っていない。羊の命を永眠へ導く際に曇り空からオレンジ色な光の一点柱のような光がこちらを照らしていた。地上にまで届いている光ではなかったので、空を見ていなければ確認できなかっただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワールドイレギュラーズ 夜々 @yaya_WI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ