-守るべきもの- ⒊
ある日の昼食後。
『ごちそうさま!』
『はあ、美味しかったー』
『ごちそうさまでした』
テハドの料理は今回も満足のいく味だったみたいだ。そんなテハドとエル王子が台所で少し深刻な表情をしていた。
『エル、これじゃいつか食料が底を尽きるぜ』
『・・うん、畑を広くしなきゃだね・・・』
新たに人が三人増えて以降、もう食料危機に陥ってしまっていた。食べ盛りな年齢である。すると突然テハドが異変に気づく。
『・・気配を感じるぞ』
エル王子は驚いたが素早く反応して言葉を返す。
『またあの時のかい!?』
窓の方へより外を眺めるテハド。確認しているとこを察するに近場だ。
『ああ、距離はあの村あたりだ』
久しぶりにテハドとエル王子は緊張感のある真剣な顔をしていた。それに気づいたミュイとミュエが心配そうにこちらを見ている。クトにはまだ伝わってない。
『ど、どうしたの?』『何かあったの?』
『お前らを襲ったクマと同じ気配を感じたんだよ』
この言葉でクトも状況が分かり一瞬凍りついたような静寂な空気になる。
『どうしますか?エル王子とテハドの二人で向かいますか?』
『そうだね、レラは三人と一緒に城で待ってて』
昼食後はテハドが片付けをしミュイとミュエとクトは遊ぶかお昼寝をするのだが、そのような空気ではない。エル王子とテハドはキッチンから急いで飛び出していった。
『さぁ、私たちは食事の後片付けをして今日は二人が戻ってくるのを部屋で待ちましょうか』
レラがテハドに変わって後片付けを開始した。だがクトがずっと物欲しそうに二人が出て行った後を見ている。『襲ったクトと同じ・・・』と小言で呟く。
『クト、どうかした?』
『ほらクトもちゃんと手伝って』
ぼーーっとしていたクトにミュイとミュエが声をかける。
『うん・・・』
片付けが終わり部屋に戻る道中、クトが外へ飛び出していった。手に何か持っている。
『クト!?』
『クト!どうしたの!?戻ってクト!』
レラも呼び戻すが帰ってこない。声は聞こえているはずだからクトが無視している。クトが走っていくなかミュイとミュエも後を追っていってしまった。
『クト!待って!』
『ミュエもいく』
レラはミュイとミュエに城で待っていて、と言おうとしたが時すでに遅し。
『あ!ミュイとミュエまで!』
気配の感じた村に到着していたエル王子とテハド。城から一番近い村で民家が五、六家ある村だ。
『あれだ』
『テハドこれかい?』
『ああ・・・今度は羊か』
羊は木でできた柵の中におり、活動している。何かを探しているようだ。柵の中には何十頭かの羊がいるが様子が変なのは一頭だけで、真っ黒な目をしているのもあれだけ。
『気配を感じるのは、あそこにいる一頭だけかい?』
『ああ、そうだな。他は何も感じない』
羊がこちらに気づき突進してくる。エル王子とテハドは柵から約二メートル離れた距離にいた。
『こっち気づいたようだぞ』
『突進してくる・・・けど・・』
『『ギシッ!』』
当然木の柵があるのでそれにあたる
『目が見えてねぇのかこの羊』
『やはり人を襲ってくるのか・・・ん?周りの動物には無関心のようだし、いま柵が・・・』
羊には角があり、それが柵に当たったのは間違いないが、かなり広範囲にダメージ受けている木の柵。何か変だ。そんなことも知らずに、何も言わず柵の中に入ろうとするテハド。体験を構えるそぶりはない。
『待ってテハド』
『何でだよ、殺さねぇと危険だろ』
『いろいろ確かめたいことがあるんだ。それにこの羊は柵があるから飼育されている。飼い主がいるはずだ』
『ああ、そうか』
テハドはエル王子の側に戻る。すると柵と繋がっている家から老夫が出てきた。夫の方は鍬をついて痛みを堪えている顔をしていた。怪我をしているようだ。それに気づいたエル王子が慌てて走っていく。
『大丈夫ですか?怪我をされているようですが』
『大丈夫じゃ、少し吹き飛ばされただけじゃよ。心配ない』
よかった・・と、安堵したエル王子。ん。吹き飛ばされた??
『あの羊はどうしたのですか?何かありましたか?』
『わからんのじゃ、お昼に羊たちの見回りに来たら、一匹だけ様子がおかしいのがおってな。近づいて確認しようとしたら道中でわしに気づいて突進してきたのじゃ。わしは急いで家の方に逃げて柵の扉を閉めたが、そこでちょうど突進が扉にあたって少し吹き飛ばされてのじゃ』
やはりさっきのは聞き間違いじゃなかった。エル王子はメモ皿のように驚く。
『扉越しに吹き飛ばされた!?本当ですか?』
『わ、わしも驚いたよ。すごい勢いだったからか・・?わからんのじゃ・・・』
エル王子とテハドが最初に観察していた突進にも妙に柵が損傷していた。そしてクマのことをたちも思い出す。
『わかりました、危険ですので離れていてください。僕たちの方でなんとかしてみます』
『あ、ああ・・・』
老父も何が起きているか全然掴めていない。もちろんこんなことが起きるのは老夫でも人生初だったのだろう。エル王子はテハドに何も言わずにこちらにきていた。すると少し離れた場所から声が聞こえた。
『おーいエルー。そんでこいつどうするんだよー。このままにしててもよー、柵が壊れるぜー』
テハドの言葉は余裕そうだった。殺すことに関してはいつでもできるようだった。それを聞いたエル王子がテハドの元へ戻る。
『テハド、僕と一緒に柵越しでいいから、羊の突進を喰らってみてくれないかい?』
『は?なんでだ?さっき言ってた確かめたいことか?』
『うんそんなところだ。頼むよ』
『別に構わねぇが・・・』
二人で距離を確認しつつ位置取り、柵の目の前に移動する。
『こんなに柵前じゃねぇといけないのか?』
『うん。テハドは微力でいいから力を展開させておいてくれ。僕には使わなくていいから』
困惑しながらも「ああ・・・」と返事があった。当然だろう。エル王子は何も説明はしていない。おそらく説明をしても「俺には難しいことは」なんちゃらと返されていただろうし。
『きたぞ、このままじゃさっきみたいに頭打つだけだぜ』
羊が柵に突進したそのとき。
『うわっ!』
エル王子だけ吹き飛ばされた。普通に真っ直ぐ立っている人が正面から風みたいなのを受け、地から足が離れて後方二メートル弱ぐらい飛ばされたのだ。かなりの瞬間威力になる。
『エル!』
テハドが即座にエル王子の後方に入りカバーする。
『ありがとうテハド』
『どうした?なんでエルだけ・・・。俺の力を使わないと何かあるのか?』
『さっき家から出てきた老夫も扉ごしに吹き飛ばされた、って言っててね。・・・それよりテハドは何も感じなかったのかい?
僕はものすごく強い風を全身に受けた感じだったけど・・・?』
『ああ、確かに感じたが別に吹き飛ばされるようなことはなかったぜ。それに俺は力で防いだからな』
『なるほど』
エル王子とテハドじゃ体つきが違いすぎる。テハドは戦争をしてきた騎士。仮に力を使わなくてもエル王子ほど吹き飛ばされたりしなかっただろう。
また考え込むエル王子。柵越しでは羊が諦めることを知らずに突進を繰り返している。距離が少しあれば羊から出ている妙な風圧は受けることはないらしい。
『テハド、過去の動物のことを思い出してほしいんだ。クマを殺したとき家の中に爪痕がたくさん付いていたの覚えてる?』
『ああ、散々な暴れっぷりだったんだろうよ』
『あの爪痕はいま羊に突進をされて吹き飛ばされたように、爪で攻撃した後についた爪痕だったんじゃないかと思ってね』
『まぁ確かに天井に傷があったり、あのクマは大きかったが大きすぎる爪痕もあったような気がするな』
クマのことはミュイとミュエからも詳しく聞いたがそんなことは言っていない。だが怪しい爪痕がなんか引っかかる。
『まだ確かめたいことがある』
何かを取り出すエル王子。
『あの板か』
『そう、テハドがこれが落ちてきた時と同じような気配があるといつも言っていたからね。何か関係があるかも』
『で、それをどうするんだ?』
『これを持って羊に近づいてみるから僕の後ろでサポートをお願いしたい』
テハドが少し考えたのち、エル王子の手から板をパッと取り上げた。何か閃いたのだろう。珍しい。
『そんなことするより、エルが指示を出して俺が持って近づいた方がいいだろ』
仲間を想う時はかなり頭の回転が早い。エル王子は誰かを犠牲にするようなことをしてまで自らの欲求を満たしたりしないから考えてなかったのだろう。エル王子が悪いわけではない。
『・・・そうか、そうだね・・それじゃテハドに任せるよ』
板を持って近づくテハド。そしてエルからいろいろ指示を受ける・・・。しかし何も起きない。
『何も起きねぇぞおー』
その後もいろいろ試していたが特に板にも羊にも、何も変化はない。
『エル王子ー!テハドー!』
すると急にレラの声が聞こえた、エル王子とテハドはびっくりして声がする方を見た。
一番前にクト、その後ろにミュイとミュエ、さらに後方にレラがいた。この風景で大体は想像がつく。クトはナイフを持っていた。おそらくキッチンにあったものだろう。エル王子もテハドも気付いていたがすぐに問いただすことはしない。ある程度クトが何をしに城から飛び出し、ここまで来たのかがわかっていたからだ。
『どうしてきた!?』
少し強めに子供三人にあたるテハド。大きな声に驚きを隠せず慌てるそぶりがあったがクトが返事をする。
『ぼ、ぼくも手伝いたい!』
手伝いたい・・・、と。クトはそう言った。目の前には両親を殺したクマと同じ真っ黒な目を持つ羊。今からこれを退治することを察して言ったんだろう。すると続けてミュイとミュエも返事をした。あまり聞きたくはなかった。
『わたしも、わたしも何かやる』
『ミュイがやるならわたしも・・!』
エル王子も近くにおりテハドと同じように聞いていた。三人とも表情や体で言葉にはないアピールをしていた。不愉快そうな憎悪に満ちた顔、テハドを睨みつけているまである。体にも相当な力みを感じられる。心が何かに支配されている。まだ三人は子供・・・。だがテハドは呆れていた。するとその場にレラもようやく到着した。
『はぁ、はぁ・・ごめんなさい。急に飛び出して行ってしまって。はぁはぁ・・・』
レラは息が荒れていた、すると、テハドが。
『そのナイフはどこから持ってきたんだ?。それに何を手伝いたいんだ?』
『あの羊を倒すんでしょ!?ぼくもやる!』
もう何を言っても耳を傾けない頑固は状態だ。ナイフのことについては返答がない。そしてどんどんクトの怒りが、復讐心が湧き上がっていく。ナイフをさらに強く握る。またクトが・・・。
『僕が絶対殺してやる!お父さんとお母さんを殺したやつ許さない!』
『クト・・・』
クトが怒りにのまれている様子を見たレラが不安そうしていた。どうすれば良いのか。何かクトを止める手段がないか懸命にエル王子は探していた。だが、テハドがエル王子とレラの方を見て、「後は俺に任せてくれ・・」と発言したかのように目で合図を送る。テハドがクトの側までより再度確認をする。
『お前はあの羊を殺したいのか?』
『うん。テハドと一緒に・・・』
うん。と聞こえた時点でテハドがクトを片手で持ち上げ柵のほうへ運び出した。
『ちょっと・・離せ!なんで持ち上げるんだ・・?』
クトは焦っている。急に持ち上げられあの羊の方へ連れて行かれ距離が縮んでいく。柵まで来るとテハドが柵の中にクトを投げ入れた。柵よりの、羊から少し離れたとこにクトはお尻から落ち見事な尻餅をつかされた。
『いてっ!・・・何するんだよ!』
掴んで投げられたことはクト自身わかっていたが、どこに投げられたのか、まだわかっていない。
『クト!』
『クト!大丈夫!?』
ミュイとミュエは驚愕していた。テハドがいきなりクトを持ち上げ羊がいる方に投げ入れたのだ。テハドが取った突然の行動に頭の理解が追いつかない。でもこのままじゃ父と母とと同じようにクトがあの真っ黒な目をした動物に殺される。ミュイとミュエは両親が殺された同じ恐怖に駆られつつあった。
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