-守るべきもの- ⒉

そして一年前、1491年

王宮で再建を夢に見ながら、日々を過ごしていたところ・・・。

城の上階にエル王子とレラが使っている研究室があり、日々のほとんどをここで過ごしている。そこで優雅にお昼寝をしていたテハドが何かに気づき窓の方へ駆け寄る。

『どうしたんだいテハド、急に空ばかり見て・・?』

『・・なんか落ちてくるぜ』

レラが少し呆れながら聞いていた。

『今日はすごく良い天気です、周りで他の国同士が争っている音も聞こえません。雲でも落ちてきていますか?』

エル王子もレラも空を眺めているが一向に何も見えない。


『近くに落ちるぞ・・・くる!』

テハドは背中にある武器を今にも振りかざさんと構えていた。

『『ドンっ』』

テハドの慌てぶりに比べると、予想以上に小さなドンっだった。だが確かに音と微かに伝わる振動を三人とも感じており、何か落ちたのは間違いないようだ。

『確かに何か音がしたね、それも近くに落ちたみたいだ。僕には何も見えなかったけどテハドは何か見えてたのかい?』

『私にも何も見えませんでしたが・・・?』

一番焦っていて気配を感じていたテハドにエル王子とレラの視線が集まる。

『いや、俺も何も見えてはいない』

『・・・』

だが確かに何か落ちたのは三人ともわかっている。レラがはぁ・・・とため息をつきながら自分の椅子に戻る。

『だが、気配を感じた。城の門のほうだ、見てくる』

『僕も行こう、レラはどうする?』

『私はここで待っていますよ。鳥でも落ちたんでしょう』

レラにとっては既にどうでもいいようだった。エル王子とテハドは城の門へと急ぐ。


一人だけ気配を感じていたテハドが落ちてきたものを発見する。

『これだ・・な、何だこれ。透明な板?』

何も警戒せず手に取る。既にテハドが感じていた気配は消えていたのだろう。

『見せてみて』

エル王子も見てみる。透明な薄い板、回りは黒いふちで囲まれており手にひらサイズくらいの大きさだ。

『鏡・・にしては透け過ぎている・・・他に何か落ちてないかい?』

何かの部品で落ちた際に壊れた可能性がある。テハドがあたりを見渡すが何もない。

『いや、これだけみたいだなあ。俺が気配を感じたもの一つだけだ』

頭を抱えるエル王子。全く見覚えがなく、これでもエル王子は科学者、研究者、発明家でもある。この国が戦争する以前、エル王子が作ってきた発明品は他の国でとても人気があり有名だった。そのエル王子でさえ初めてみるものだった。

『現状何かの道具みたいな気がするけど、全然検討もつかないな。誰かの落とし物かもしれないし、誰か取りに来るかも。それまで王宮で預かっておこうか』

『いや、ぜってえ誰かの落とし物とかじゃないぜ。俺が気配を感じたのは城の真上だったんだぞ』

城の真上には雲と空しかない。さらに上となると宇宙だ。誰かが城の上空に遠投でもした・・・?なんて冗談は聞きたくないしありえない話だった。

『・・!本当かいテハド!?』

『ああ、間違いない』

エル王子にとってテハドは信頼に値する人物だ。戦争中はこの国を何度も救ってくれた。テハドがいなかったらこの国は一年も持たずに崩壊していただろう。それぐらいの力を身に宿している。戦後も僕の願いを聞いてくれてずっと側にいてくれている。エル王子に向かって変な嘘はついたりしない。

『とりあえず一度戻ってレラにも話してみよう』

『レラのやつ信じるのか?さっきも雲だとか鳥だとか・・・』

テハドはしっかりレラが言ったことを聞いていた。あまりに相手にされなかったので少し苛立っているのか・・・。

『大丈夫だよ、何かが落ちたのはレラもわかっていることだし』


エル王子とテハドは不思議なことを一つ見逃していた。城の真上から落ちてきた透明な鏡のようなものは無傷だった。



テハドが料理を作り終え子供達がいる部屋に向かっていた。

『おい、三人とも飯だぞ』

いきなり扉を開け少し驚いていた。

『・・・』

返事がないがこちらをジーーっと見ている。やはりお腹が空いている様子。急に昨日から城に連れてこられ戸惑っているのだろう。まだテハドのことを警戒しているかのようで自ら近づいてはこない。

『ほら、ここに置いとくから腹減ってんだったら食え』

近くのテーブルに食事を置く。まだ警戒されていることを察知したのかテハドが気をきかせてあげたようだ。

『ミュエ、クト、食べよ』

三人は食べ始めた。一口目はゆっくり口に運んだ。それを確認したテハドはキッチンのほうへ戻る。食事のペースは徐々に早くなっていきあっという間に完食した。


『あ、ありがとう・・・とても美味しかった、です・・・』

ミュイが三人分のお皿をまとめて持ってきてくれた。食べ残しはなく、まるで洗ったあとような綺麗なお皿だった。

『ああ』

テハドがもう食べたのか・・?と驚きはしないが、お皿を受け取るとミュイはミュエとクトが待つ部屋に戻っていった。


子供達の報告をしにエル王子とレラがいる研究室にテハドがきた。先に二人には食事を持ってきていたので自分の分だけ持って部屋に入る。二人は既に食事を終わらせているようだった。空になったお皿がまとめてある。

『さすが腹が減ってたんだろうな、あっという間に食べたぞ。ったくもっと味わって食えよ・・』

『それはよかった。・・・うーん・・昨日のことについてと、これからのことについて皆んなと話をしてみようと思うのだけどまだ早いかな?レラはどう思う?』

家が無くなって、両親がいなくなって丸一日が経過したぐらいの時間しか経っていない。まだまだ心を癒すための時間が必要な気がする。だがエル王子は昨日のクマのことが気になってしょうがなかった。

『いいのではないでしょうか。確かに早い気もしますがいずれは話すべきことであり必要なことです』

テハドが食事を口に運ぼうとしたときだった。

『そうだね。じゃあ三人のとこに行こうか。レラとテハドもきてくれ』

『はい』

『俺はまだ飯食べてねえけど・・・』


三人は子供達の部屋に向かった。

昨日城に着いたときクトの怪我の治療や子供達のお世話をしたレラが先に言葉をかける。なんのために来たのかを伝えてくれているようだった。レラはそのまま子供達の近くで話を聞くようだ。

『やあ、ご飯は美味しかったかい?テハドは料理が上手なんだ』

『はい、おいしかったです・・ありがとう・・・』

ミュイが答えてくれた。

『まず、僕たちのことを何も話してなかったね、ごめんね。僕はエル。この国の最後の王子、もしかしたら僕をみたことがあるかな?』

『私は昨日も名乗ったのですが改めて、レラと言います。このお城でずっとエル王子のお手伝いをしています。何か困ったことがあったら何でも言ってくださいね』

『俺はテハドだ』

テハドは名しか名乗らなかった。自己紹介のときに名前は語るが素性は言わない。テハドはこういうタイプだ。

『・・とまぁこの広い城に三人で暮らしているんだ。よろしくね。君たちの名前は?』

『私はミュイ。ミュエ、クト』

ミュイが自分と他の二人も指を刺しながら紹介してくれた。

『ミュイとミュエとクトか。ありがとう。クトが末っ子かな。ミュイが一番お姉さん?』

『ううん、私とミュエは双子』

双子にしてもどちらかが姉なのだが、この後何度聞いても私たちは双子、と言うばかりだった。両親からはどちらが姉かなんて話は聞いてなかったのだろう。この際姉か妹かはどっちでもいい。ミュイとミュエは十二歳、クトは十歳。あの家で生まれてからずっとあそこで暮らしてきたようだった。


『なるほど。昨日は急にクマが襲ってきて・・大変だったね。それにお父さんとお母さんが・・・辛いよね』

それを聞いたクトが丸くなって今にも泣き出しそうだった。

『ごめん、ごめんね。昨日襲ってきたクマについて話を聞かせてほしいんだ。まだ話せる状態じゃなかったら無理にとは言わない・・・』

ミュイとミュエが顔を見合わせる。二人とも覚悟していたのか、話をしてくれるようだ。

『はな・・す』

『ありがとう』


ミュイとミュエが話すには、

父と子供三人は外で遊んでいて、母は家の中で家事をしていた。そこに突然クマが山の斜面から転がるように落ちてきた。木々が折れる音や地が揺れるような感覚が十秒以上伝わってきた。最初はただの土砂崩れかと思いたかったが、父は急いで子供を家の中に避難させた。クマはしばらく動かず、かなり長い間山の斜面を落ちてきたようだったので気絶しているのでは・・?と思い、家族五人は今のうちに別の場所に避難しようと玄関の扉を開けたところ、クマが起き上がり家族の方を目視。それに気づいた父が家の中にもう一度戻ろうと家族を誘導し玄関を閉めようとしたが、クマはもう目の前まで来ていたらしい。父と母が子供だけでも逃そうと奮闘したがあっという間にクマに殺されてしまったようだった。その三分後ぐらいにテハドが家に助けにきたようだ。


『三分もあればぜってぇー殺されてるぜ、何があったんだ』

エル王子もレラも眉をひそめ困惑していた。三分間、家の中を逃げ回っていたのか?いろんな疑問が浮かび上がってくる。

『クマはその間襲ってこなかったのかい?』

『うん、ずっとこっちを見てたけど襲って来なかった・・・玄関のほうに逃げようとしたけど・・怖くて、動けなくて・・・』

ミュイとミュエも泣きそうになってきた。襲われていたときの恐怖が蘇ってきたのだろう。三分間巨大なクマが立ち塞がり、いつ襲いかかってくるかわからない状態。普通は耐えられないし、想像もしたくない。気がおかしくなってしまいそうだ。

『見ていたってのは威嚇されてたのかい?こう鋭い目つきだったり歯を見せていたり』

エル王子がテハドの顔を使って見事に再現してみせた。テハドはやられるまま嫌がらず、逃れようとはしない。エル王子がしているからか?なぜか大人しい・・・。

『うん。怖い顔してた。ウウゥって唸ってた気もする』

『そうか』

エル王子は考え出した。不可解なことが発生している。まずこの人間を襲う異質で真っ黒な目も持つ動物はもちろんだが。クマはなぜ三人を襲わなかったのか。今回のクマで三回目であり、一回目は猿、二回目は兎。どれも一年前に城の真上から落ちてきた透明な板からの出来事である。

『怖かったでしょう、もう大丈夫。大丈夫。ここにいるテハドはあんなクマが百匹来ても全部倒してしまう強い人なんですから』

レラが安心させようと三人に励みになるような言葉をかけていた。

『俺は化け物か?』

『なるほど、ありがとう話してくれて。これからはここで一緒に暮らして行こうね。僕たちがずっと一緒にいるからね安心して。』

ミュイとミュエが小さく頭を上下に振り何度もうなずく。


『こいつらを襲わなかった原因がわからねえな。確かに俺がクマを斬ったときも背後からだったし、なんか棒立ちしてたってつーか』

『テハドが気配を感じ取ったのはおそらく・・・時間も考えるとクマが山の斜面から落ちてくる前のようだね』

『だろうな、気配を感じて八分ぐらいだったか?・・であの家に着いたしな』

『今回の気配も前回と前々回と同じもので間違いないかい?』

『間違いねえよ。どれもこれも一年前のあの透明な板と同じような気配だった。それで何かわかったのか?なんか殺した動物の  調査してただろ?』

エル王子はクマの死骸を調査していると血液から妙な熱を感じていた。それで少量採血して持ち帰っていたのだ。

『うん、でもよくわからないんだ。血が変な状態だったから採血をして色々と調べてみたのだけれど・・・わかったことは、固まることもなく蒸発することもない。、普通の血であれば固まる部分と蒸発する部分があるはずなんだけど、クマの血からはそのような現象見られない。後ものすごい熱を持ってい』

『あー、あー、あー。俺は騎士だぜ?そんな研究者みたいなこと言われてもわかんねえよ』

エル王子は言葉にはしなかったがテハドにツッコミを入れたかった「テハドが聞いてきたんじゃないか」と。

レラもエル王子と一緒に調べたが有益な情報は得られなかったようだ。

『もう処分したほうがいいのではないですか?何だがとても異質な臭いがして・・・』

匂いはエル王子も感じていた。

『そうだね、これは処分しよう。後で燃やしておくよ』



一週間が経つ頃にはミュイとミュエ、クトも元気を取り戻していた。

『おかわり!』

『わたしもわたしもー!』

『クト食べ過ぎはよくないってお母さんが言ってたでしょ。ミュエ、、太るわよ』

この三人の中でミュイが一番大人びている。そのことにエル王子とレラは助かっている。クトなんて一番やんちゃ盛りだからだ。

『朝からよく食うなお前ら・・』

この頃から食事は六人揃ってキッチンの近くのあるテーブルで食べていた。テハドは三人の胃袋をつかんでおり、三人もテハドのことが気に入っているようだった。

ミュイは大人しい性格だが勇気があり何事にもチャレンジしようとする。心の強い子だ。ミュエは人見知りな性格だ。初めて見るものや、初めての物事の行いに対して敏感である。だがとても優しい心を持っている。クトはやんちゃだ。だがこの年齢で男の子に比べると体が少し小さい。元気や度胸はとてもある。よく城で変な、鈍いくて、聞きたくない音、が聞こえたらクトの仕業だ。

子供三人は、午前はレラのもと勉学に励み、午後はこの広い城でひたすら遊び、夜はご飯食べて寝る、羨ま・・・。

エル王子やテハドは畑仕事や研究、食料調達や城周辺の調査、たまには子供達と遊んであげるテハド。平和な毎日が続いていた。

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