第11話 公爵家の企み(表)
「今日もジークは遅いのか?」
「騎士団の仕事が長引いているのでしょう、先触れから先にお食事をと連絡を受けております」
「仕方あるまい、先に食事を始めるとしよう」
最近すっかりと定着してしまった公爵家での食卓。こちらでお世話になりだした当時と比べると、気分的に随分と楽にはなってきたのだが、それでも目の前に並べられた豪華な食事と、スーツやらドレスやらの姿を見れば、自分が場違いの場に来ているのではと不安さえ感じてしまう。
でもまぁ、私もエリスも同じようにドレス姿で同席しているのだけれど。
カチャカチャカチャ
食事中に食器の音を立てないのが真の淑女だが、そこは未熟な私を許してもらいたい。
「どうだ、少しはここでの生活にも慣れたか?」
お料理が入れ替わるサーブを見計らい、公爵様が話しかけてこられる。
「はい。最近はローレンツさんに色々教えて頂いておりますし、調理場の方も自由に使わせていただいておりますので、楽しく過ごさせて頂いております」
なぜか急に始まってしまったローレンツさんによる経営講座。私はこちらの世界では教育を受けた事がないので、ローレンツさんに教えて貰う知識は全てが新鮮。そのうえ公爵家が経営する商会などにも連れて行ってもらい、私的には結構楽しい日々を過ごさせてもらっている。
「ならばよかった。ローレンツもお主の仕事を探してはいるのだが、やはり年齢のせいか中々紹介できるものが見つからなくてな、少々苦労しておるようなのだ」
「そうなんですね、私事で本当に申し訳ございません。あまり長居をしてもいけませんので、そろそろ今後の身の振り方を……」
「まてまてまて! なぜそんな話に繋がる」
「えっ?」
あれ? 私の年齢ではあまりお仕事はないと聞いているので、そろそろ出て行け的な流れなんじゃ?
「コホン、前にも言ったと思うが命の恩人を無下にしたとなると、公爵家として名折れになるのだ。仕事の方は何としてでも用意するのでそれまで待ってくれ」
「ですが、お邪魔になるんじゃ」
「気を使わなくてもいいのよ。お部屋も沢山余っているし、ユミナも喜んでいるから何時までもいてくれていいぐらいよ」
「そうだな、ユミナも嬉しいだろうし気の済むまでゆっくりして行ってもらって構わんぞ、うんうん」
「はぁ、その、ありがとうございます?」
何だか焦ったご様子の公爵様に違和感を感じてしまう。
まぁ、お世話になっている身として言うのもなんだが、私とエリス程度の食費など公爵家にとっては痛くもかゆくもないだろう。
今着ているドレスだってただお借りしているだけだし、特に何かの邪魔をしていることもないので、お仕事が見つかるまでの間ならゆっくりとさせてもらうのもいいかもしれない。
決してメイドさんズによるお肌のエステが気持ちいと言うわけではないので、誤解しないでもらいたい。
「旦那様、一つご提案があるのですが」
「ななな、なんだローレンツ」
「アリス様のお仕事は目下探しているのですが、なにぶん16歳という若さですので難航しているのが実情です」
「だ、だろうな」
「そこでご提案なのですが、アリス様がお店を経営するというのは如何でしょうか? 幸いアリス様自身には経営の才能もあるようですし、先日お造りになられたお菓子を販売されれば、人気になるかと思われます」
「ほえ?」
目の前で繰り広げられる公爵様とローレンツさんの会話。
自分の事だと耳を澄ませていれば、突然出てきたのはお店の経営。確かに私は前世で両親のお店を継ぐと決めていたし、密かに自分のお店を持ちたいなんて野望を抱いていた時期もあった。
もしそんなチャンスがあれば乗っかってみたいとは思うのだけれど、でもなんだろ……ローレンツさんはともかく、公爵様の言葉がなぜか演技っぽく聞こえるのよね。
「あら素敵じゃない。アリスちゃんのお店ならきっと人気が出るはずよ」
「えっ、お姉様がお店を出されるんですか!?」
「そうよユミナ、いいとは思わない?」
まってまって、本人の意思をすっ飛ばして、何故かすでにお店を出す事が決まっちゃってる。
それにフローラ様の言葉もやけにセリフがかっているのは気のせいだろうか。
「あ、あの。お言葉は嬉しいのですが、さすがに何の知識もなくお店を出すというのは」
このまま放っておいたら気がついたら本当にお店を経営していそうな勢いなので、慌てた様子で止めに入る。
「ま、まぁそうだな。ならば引き続きローレンツに仕事を探させ、見つからなければ選択肢の一つとして考えるのはどうだ? 念のためにローレンツから店の経営を学んでおけばいいだろう。あくまでも念のためにな」
「はぁ、まぁそういう事でしたら」
なんだか無理矢理丸め込まれた感がハンパないが、普通考えて16歳の小娘にお店を経営させるなんて考えないか。
ローレンツさんも引き続き私の仕事を探して下さるという事だし、選択の一つとしてなら残しておくのもいいかもしれない。
「そうだわ。アリスちゃんのお仕事探しがまだかかるのなら、エリスちゃんを学園に通わせない?」
「学園!? エリスをですか!!」
「えぇ、前から少し考えてたのよ。エリスちゃんの年齢なら学園に通っているのが普通だし、お屋敷に中にずっといるのも退屈でしょ?」
学園、私は結局通う事が出来なかったけれど、今年で10歳になるエリスには学園で味わえる楽しさを感じてもらいた。
この世界の学園なんて簡単な読み書きや計算程度だとは聞いているが、そこで得る事が出来る友達や経験は、大人になっては味わえぬ喜び。これは私がずっと描き続けてきた夢なのだ。それを現実に叶えられるとなれば、お姉ちゃんとしては激しく反応してしまう。
「それはいいな、ユミナもその方が嬉しいだろう?」
「エリスちゃんと学園に通えるんですか、お父様!? よかったねエリスちゃん!」
「どうだローレンツ? 手配は可能か?」
「問題ございません。アリス様の仕事探しが難航しているのはこちらの落ち度、それに公爵家の後ろ盾があれば、エリス様が学園で苛められることもそうございませんでしょう」
確かにユミナちゃんと同じ学園に通うとなれば、そこは貴族の子息子女たちが通う名門学園。そんなところに無名のエリスが通えば虐めの的になるが、公爵家の名前が後ろにチラつけば、そんな心配もいらないだろう。
こういう時は貴族社会って便利よね。
騎士爵家を追い出された私が言うのもなんだけど、貴族って小さい頃から階級だあの家の子には逆らっちゃダメだとか、耳タコレベルで言い聞かせられるので、公爵家の名前が見えれば虐めるなんて考える者はそうはいだろう。
「どうだ? ローレンツもこう言っておるし、妹を学園に通わせるのは問題ないか?」
例えこれがご厚意からの言葉であったとしも、エリスを学園に通わせることができるのなら私は喜んでお受けしたいが、学費とか学費とか学費が気になって寸前のところで踏ん切りがつかない。
ユミナちゃんが通う学園ってやっぱ貴族用の名門よね? 二人が喜んでいる中でエリスだけ平民の学校とも言い出せないし、お仕事が見つかった後も引き続き通わせられるかと問われても、到底私なんかが払える額ではないだろう。
でもでも、喜んでいるエリスの笑顔を見てしまうと……
「い、いいのでしょうか?」
「構わない。これは礼が遅くなっている補填だと思ってくれ」
「そ、そう言うことなら……」
今の気分をどう表現すればいいのだろう。
例えるならお金持ちの人が100万円を落とし、拾った謝礼に10万円を貰う的なと言えば、少しは私の心境をわかって貰えるのではないか。
まぁ、独立した後の支払いは後払い等で一度交渉してみるのもアリかもしれない。
「よかったわねエリスちゃん」
「ありがとうございますフローラ様、公爵様。ユミナちゃんもエリスの事お願いね」
「任せて下さいお姉様。エリスちゃんを虐めるような人はお家ごと、王都に居られなくしますので」ニコッ
コラコラコラコラ、何笑顔で怖いこと言ってるのよ!
まぁユミナちゃん的な冗談なのだろうが、本気で出来てしまいそうなところがまた恐ろしい。
「お、お手柔らかにね」
頑張れエリス、お姉ちゃんは貴族の免疫がないけれど諦めずに友達をつくるのよ!
こうして可愛い妹の学園生活が決定してしまった。私もこの世界の学園に通ってみたかったなぁ。ぐすん。
「そういえば私ユミナちゃんの制服姿を見たことがないわね」
食事が終わり、場所をサロンに移して食後のティータイム。
二人がけのソファーでエリスとユミナちゃんに挟まれ、その向かいには公爵様とフローラ様がいるという何とも奇妙な光景。ジーク様はいまだ騎士団のお仕事からまだ戻っておらず、テーブルの上には毎度おなじみのフィーが、専用のピッチャーに入った蜂蜜ミルクを美味しそうに頂いている。
「私は今お休みを頂てるんです」
話題は食事の時から引き続き、エリスとユミナちゃんの学園生活。
フローラ様が早速エリスの制服の手配をしてくださったところで、私はユミナちゃんの制服姿を見ていないことに気づいてしまった。
「お休み? どこか体調でも?」
お休みと聞けばやはり体の調子を心配してしまうのは自然の通り。ユミナちゃんは私にとっても可愛い妹のようだし、エリスにとっては初めて出来たかけがえのない大切な友人。そんな子がしばらく休んでいると聞けばやはり心配してしまう。
「そうじゃないのよ、アリスちゃんも知ってると思うけれどユミナは事件に巻き込またでしょ? それで大事をとって休ませているのよ」
あぁ、そういうことね。
ある程度想定していたとはいえ、一時は死を覚悟する状況にまで追い込まれたのだ。しかも友人であるエリスは人質に取られていたのだから、今年で10歳になるユミナちゃんにとっては相当心にダメージを受けた事だろう。
私とエリスはそのあと経験した方がインパクトがありすぎて、すっかり過去の産物となり果てたわけだが、荒事とは無縁だったユミナちゃんにとっては、その衝撃は相当なものだったに違いない。
それに主犯格とされる公爵様のお兄さんもまだ捕まっていないので、その辺りを含めて学園を休まれているのだという。
「でもそうなると、ユミナちゃんを再び学園に通わすのは危険じゃないです?」
エリスの登校に合わせてユミナちゃんも復帰されるらしいが、肝心の真犯人が捕まっていない状況ではやはり心配。登下校は公爵家の馬車で送っていただけるそうだが、学園の敷地内となると流石に公爵家の力はおよばないだろう。
「その辺は大丈夫だ。この国の子息子女が通う学園だからな、警備の方は万全だ」
「それにこの地区は騎士団が巡回しているから、犯罪率は非常に低いのよ。彼方はいま逃亡中の身だから、こんな場所に潜んでいたら直ぐに捕まってしまうわ」
私達が今いる場所は王都でも貴族街と呼ばれる地区らしく、王都の中でも特に治安がいいのだとか。
言われてみればそうよね、貴族街と呼ばれるなら数多くの貴族が暮らしているだろうし、それに見合った警備も当然あるはず。
流石に真夜中に一人で歩いていれば危険かもしれないが、移動は基本馬車になるわけだし、理由もなく真夜中に飛び出す事もないだろう。
「そういう事だから安心して」
「わかりました、ありがとうございます」
まぁ、そういう事なら安心してもいいわね。
でもそうね……
「フィー、念のためにしばらくエリスとユミナちゃんにについて行ってもらってもいいかしら?」
「いいですよぉ」
フィーならポッケに隠れていられるし、場合によっては姿も消せる。それにいざとなれば魔法で足止めや時間稼ぎもできるので、護衛としては申し分ないだろう。
「よろしいでしょうか?」
「いいんじゃないかしら? フィーちゃんなら隠れて居られるでしょうし、見つかったとしても人気者になるぐらいですものね」
「念のため、私の方から学園へ通達しておきます」
「お願いねローレンツ」
ローレンツさんから先生方に知らせていただけるというのなら問題ないだろう。ユミナちゃんの心の方も心配だし、エリスが虐められないかもやっぱり心配。その点フィーががいてくれればすぐに先生方に知らせることも出来るし、いじめっ子に隠れてこっそり仕返しすることも出来るだろう。
「よろしくお願いします、ローレンツさん」
「畏まりました」
これでもう学園でのことは心配することもないだろう。
その後他愛もない世間話をしていると今度はフローラ様が私に尋ねてきた。
「アリスちゃん達もここでの生活は慣れて来たでしょうけど、他に必要な物があれば遠慮なく言ってね」
こうおっしゃっては下さるのだが、今までの生活が余りにも物が無さ過ぎたので、この世界に何が在って何がないのかさっぱりわからないのよね。
基本この公爵家には私が欲しいものはすべて揃っちゃってるから、特に必要なものはないのだけれど……
「あの……一つだけ欲しいものがあるのですが……」
「ほぉ、なんだ? なんでも用意するぞ」
「あっ、いえ、大したものじゃって、私にとっては高価なものなのですが」
「何かしら、遠慮なく言ってみて」
「実は実家にいる義姉様に手紙を出したくて。旅立つ前はいろいろよくして頂きましたので、無事に王都に着いたとことを連絡したくて」
正直義兄の事などどうでもいいが、義姉様とオーグスト、あとついでにお父だけは王都に到着した旨を伝えておいた方がいいだろう。
義姉様宛なのは、私が公爵家でお世話になっていることを、ボカシてお父様達に伝えて貰うため。オーグストまでなら信頼できるが、人が良すぎるお父様には全てを伝えられず、私を嫌うアインス異母兄様には正直生存すら教えたくもない。
それに騎士爵のお父様に公爵家の名前なんて出せば、驚いてその場で倒れてしまうかもしれないしね。
「そんなものでいいの? でも困ったわね。可愛い便せんなんて家にはなかったわよね?」
「左様でございますね。公爵家にあるのは業務用の便せんか、公爵家の家紋が入ったものしかございません」
「だったら買いにいけばいいだろう。誰かお供を付ければ問題ないしな」
私的にはただの紙と封筒だけでいいのだが、どうやらフローラ様達の中では可愛い女の子らしい便せんがご所望のようだ。
「あの、そこまでして頂かなくとも。ただの紙と封筒だけで構いませんので」
「そういう訳にはいかないわ」
「そうだな、ついでに店を回って要りようなものを探してくるといい。ローレンツ、早速アリスの案内役を選んでおいてくれ」
とまぁ、私の話を聞かない事聞かない事。すでに公爵様、フローラ様、ローレンツさんの三人で、誰を私の案内役に付けるかの相談が始まった。そんな時に……
「ただいま戻りました父上」
タイミング悪くジーク様が戻られるのだった。
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