第12話 お買い物と言う名の

「ジ、ジーク様、そ、その……きょ、今日はよろしくお願いします!」

「あ、あぁ……」

『『………』』

 メイドさん達が見守る中、顔を合わせられず完全に固まる私とジーク様。何でこうなった!




「ただいま戻りました父上」

 昨日私のお買い物に誰を案内に付けるかという話の時、タイミング悪く帰って来られたジーク様に対しフローラ様が一言。

「ジーク、明日アリスちゃんとデートしてきなさい」

 ブフッ。

 まずは思わず飲みかけのお茶を吹き出しそうになった私の心情を察してもらいたい。


「ななな、なんでそうなるんですか!?」

「だってそうでしょ? こう見えても剣の腕は一人前だし、騎士団に所属しているから街の事にも詳しいから、アリスちゃんのエスコート役にはピッタリだと思うのよ。まぁ、強いって言っても私の主人には敵わないのだけれどね。うふふ」

 とか言いながら、ご本人は旦那様でもある公爵様にピタリとくっついて、ラブラブっぷりを周りにアピール。

 そらぁ公爵様は騎士団長なんて肩書があるぐらいなんだし、17歳という年齢からジーク様はまだ見習い扱いなので、経験も腕前も力の差はあるでしょうけど、騎士団と一緒に現れて私たちを助けてくれたという経緯もある。

 だから決して弱いなんてことは……ってそうじゃなくて!


「は、母上、私は今帰って来たばかりでいまいち状況がわからないんですが」

「もう、相変わらずノリが悪いわね。アリスちゃんが手紙を書くのにレターセットが欲しいそうなのよ。でも家には可愛らしい便せんなんてないから、お買い物に連れて行ってあげて欲しいの。大丈夫よね?」

「え、えぇまぁ、そのぐらいなら」

 ま、まぁデートという言葉は取り合えず置いておいて、連れて行ってもらう身としてはお断りすることはできないだろう。

 それにどうやらフローラ様も軽い冗談だったようだし、エリスやユミナちゃんが一緒に来てくれれば安心も出来るし、何より王都の街を歩けるというのもちょっとだけワクワクしてしまう。


「あ、あの。よろしくお願いします」

「あ、あぁ、それじゃ明日に」

 そんな感じで私の買い物が決まった訳だが、この後さらに……


「お姉様達がお出かけされるのなら私たちも明日お出かけしない? 近くに凄くきれいな公園があるの、お花がいっぱい咲いているからエリスちゃんもきっと喜んでくれるよ」

「え、いいの?」

「うん、フィーちゃんも一緒にいこ!」

 と、なぜか私を挟んで独自のお出かけプランを立ててしまうユミナちゃん。

 えっ、私と一緒にお買い物に来てくれるんじゃないの!?

「あら、いいわね。私達もたまには二人っきりでお出かけしたいわね」

「そうだな、しばらく出掛けてはいなかったからな、今度予定を作ろう」

 と、今度は公爵様とフローラ様とでデートのお約束。

 まって、お買いものって私とジーク様の二人っきりっで決定の!?

 エリスはお出かけできると聞いて嬉しそうだし、フィーもお花畑があると聞いて一緒に行きたいとか言っているし、思わず私もという言葉をどれだけ我慢したことか。


「カナリア、明日着るエリスちゃんとフィーちゃんのお洋服を準備してあげて」

「畏まりました、それではユミナ様、エリス様、フィー様、お部屋のほうへ」

「いこ、エリスちゃんフィーちゃん」

「うん」

「はいですぅ」

 なんて言って颯爽と立ち去ってしまう薄情な妹たち。

 流石に普段着としてお借りしているドレスで出かけるわけにはいかなし、実家から持って来た服は、公爵家の品位に関わるからと取り上げられてしまい現在行方不明。幸いエリスはユミナちゃんとそれほど体格は変わらないので、似合いそうな服を選びに行くのだろう。

 去り際に「それじゃお姉さま、寂しくないようにお兄様を隣に置いていきますね」とか言いながら、自分たちが座っていた二人掛けのソファーに、ジーク様を無理やり座らすから困ったもんだ。

 って、ちょっと待ってぇーーーい!!

 ユミナちゃん達が座っていたのってつまり私もいる場所よね! もともと二人掛けのソファーにむりやり女子が三人座っていたのだけど、ジーク様がソファーに座ると微妙な凹み具合と、上質な柔らかさで自然と傾く私の体! しかも互いの体重の違いで元の位置に戻すのが非常に困難!!

 ジーク様も無理やり座らされたとはいえ、今更立ち上がるのも失礼だと思われているだろうし、私としてもソファーの凹み具合で立ち上がる事は勿論体を起こす事すらできず、見た目はジーク様に寄り添う状態。

 おまけに目の前にはいまだラブラブっぷりをアピールするフローラ様と公爵様の姿。

 だ、誰かたすけてぇーー!!


「ふむ、フローラ達が言う通り、案外いいコンビなのかもしれんな」

「そうでしょ? 女性嫌いのジークに男性の免疫が全くないアリスちゃん。二人ともこんなに赤くなっちゃって、もう可愛すぎるわ」

「なるほどな、確かにこれはこれで悪い気はしないな」

 さっきから二人で何の話をしてるんですか!

 私に男性の免疫がないってのはある意味しかたがない。だって同じ年代の友達なんて殆どいなかったのだし、フレッドという婚約者がいたのだって、数回お会いしただけで手すら握った事がないのだ。


 それにしてもジーク様が朴念仁だとは聞いていたが、まさか女性嫌いだったとは初耳だ。なんで女性嫌いになったかは知りたいところだけれど、ジーク様の手前口が裂けても聞くわけにはいかないだろう。


「実はね、公爵家の子息と言う立場から、ジークは小さな頃からいろんな女性が大勢集まって来たの」

 私の心情を察してか、勝手にはじまるフローラ様の話。

 っていうか、私そんなに聞きたいアピール出ちゃってました!?

 フローラ様の話によると、当時から次男に公爵の座を継がせるという噂が流れており、その息子であるジーク様には幼少時代からそれはもう大勢のご令嬢達が、ひっきりなしに自分をアピールしに来ていたのだという。

 ご令嬢たちからすればこれほど玉の輿はないだろうし、親としては何としてでも公爵家に取り入ろう考えるだろう。中には10歳以上の年の離れた女性もいたらしく、目の前で繰り広げられる女性同士の嫌がらせや醜い争いごとを見る度に、ジーク様は女性嫌いとなり、やがては無口で愛想のない青年へと成長してしまったのだそうだ。


「今じゃすっかり朴念仁が知れ渡っちゃって、大半のご令嬢が白旗を上げているのよ」

 とはフローラ様の言葉。

 ジーク様も大変だったのね。子供の時に見た光景って、結構トラウマとなって残ることが多いから、前世でも事件後のカウンセラーとか心の治療とか、結構ニュースで騒がれていたことを思い出す。

 ただ公爵様曰く「私なんぞは寧ろ随分遊ばせて貰ったがな。ははは」といってフローラ様に叱られていた。




「コホン、取り合えず何時までも固まっておられては邪魔になりますので、馬車に乗ってください」

 とメイドさん達に無理やり馬車に押し込まれる私とジーク様。

 って、ちょっとジーク様の扱い方が雑じゃありません!?


 ガタガタガタ

「すみませんジーク様、私のお買い物に付き合わせてしまって」

 目的のお店へ向かう途中、まずは今日お付き合い頂いたことにお礼を言う。

「ん? あぁ、大丈夫。どうせ休みといっても剣を振ってるか、体を動かしてるかのどちらからだから」

「そうなんです?」

「あぁ」

 騎士団に所属しているジーク様は現在見習い騎士扱い。父親である公爵様はすべての騎士を統括する騎士団長なのだが、どうやら特別扱いされるわけでもなく、武勲や昇級テストを経て、、徐々に上へと上がっていくしかない。

 そして最初の昇級と言える見習いから騎士となるテストに備えて、日々の訓練をされておられるそうなのだが、聞けばそのテストが三か月後に控えているのだという。


「でしたら私なんかのために大切な時間を」

「いや、そうじゃないんだ。勿論訓練や体を鍛える事は大事なんだが、休むのも大事というか、その……最近は周りから心配されていて、多分母上達も俺を無理やり休ませるための口実が欲しかったんだと思う」

 どうやらジーク様は『これ!』と決めたら周りが見えず、ただひたすらに目標へと向かって突き進んでしまう性格なのだろう。

 口では息子の事を朴念仁朴念仁とおっしゃっているフローラ様だが、やはりジーク様のお体を気遣う一人の母親。ただ休めと言っただけでは効果なかったので、私の買い物という目的を与えて、無理やり訓練から引きはがしたといったところか。

 そういう事ならお言葉に甘えても問題はないだろう。


「そういえば昨日フローラ様がおっしゃっていた、女性嫌いというのは大丈夫なんですか? 私はこんな髪をしていますし、近くにいたらご迷惑になるんじゃ」

 これでも私は生物上♀に分類する女の子。しかも頭に絶世の美女という名がつく一方、この国では非常に珍しい銀髪をしている。

 フローラ様やユミナちゃんは私たちの髪を綺麗だと言ってくれるし、お世話をして頂いているメイドさん達からも褒めていただいているが、異母兄やフレッドの母親のように気持ちが悪いという人もいるのが実情。それにこれから行く場所はお店が立ち並ぶいわゆる商店街、人通りも多いだろうし、一緒にいることでジーク様が奇異な目で見られるのは私の本意ではない。


「そんな事を気にしていたのか? 地方ではたまにそういった話は聞くが、王都じゃ髪を染めるなんて珍しくもないから、気にする者はいないと思うがな」

「そうなんですか?」

「あぁ、パーティーなんかに行けば色とりどりだ」

 えっ、色とりどり?

 まぁ流石に青や紫みたいな奇抜な色はないだろうが、他国にはチェリーピンクや紅色の方もいると聞くので、常識がある範囲で楽しまれているのだろう。

 この王都は大陸一の大きさだと言うし、物流や旅行なんかで他国からも大勢来られているとも聞いている。なので多種多様なファッションや文化が入っていたとしても、不思議ではないのかもしれない。


「それじゃ私の髪って王都じゃ目立たないのかなぁ。自分では結構自慢だったんだけど」

「そんなことは無いんじゃないか? 俺はアリスの髪はキレイだと思うぞ」

「えっ!?」

『っ/////』

 何故だか『言ってはいけないことを言ってしまった』という雰囲気で、口元を抑えながら顔を逸らしてしまわれるジーク様。

 こう言ってはなんだが、随分と痛んでしまっていた私の髪は、公爵家のメイドさん達の手厚いお手入れのお蔭で、今やすべすべツヤツヤの輝きを取り戻している。

 自分でもまさかここまでキレイになるのかと感心するほど、メイドさん達の技術は一流で、思わずどんな魔法をつかったんですかと詰め寄ったほどだ。

 そんな自慢の髪なので、キレイだと褒められれば悪い気はしない。


「い、いや、何でもない。それよりも俺の女性嫌いなんだが、別に女性が嫌いという訳ではないんだ。苦手ではあるのだがな」

 ジーク様はまるで話をすり替えるが如く、昔自身に起こった出来事を教えてくれた。

 内容はやはり昨日フローラ様がおっしゃっていた通りの幼少時代の苦い経験。

 普段から父親である公爵様に、女性は守るべき存在として教わってきたジーク様は、近寄って来られるご令嬢に対し、身分に分け隔てなく紳士的に対応されたのだという。

 だけどそんなジーク様の対応に、自分が認めらたと勘違いするものが出てくるし、少し話しかけただけでそのご令嬢が他のご令嬢達から虐めを受ける者も出て来て、次第にご令嬢方から距離を取るようになって行かれた。

 ジーク様にとって守るべきはずの女性が、自分のせいで苛められてしまう現実と、守られるべき筈の女性が見せる醜い姿にとうとう口を閉ざしてしまい、周りから不愛想という認識が広まってしまったとの事だった。

 今ではパーティーなどで時折誘いの声は来るものの、女性の扱いがまるで分らないまま育ってしまったため、今更どう接していいのかと戸惑ってしまうのだという。


 たぶんその戸惑いが不愛想とか女性嫌いだとかにつながってるんだろうなぁ。

 わざわざ幼少時代の苦い思い出を話してくれたのは、たぶん女性嫌いという言葉から私を気遣っての事なんだろう。


「それでは今日のお礼として、私はそのリハビリをお手伝いしますね」

「いや、そんな俺のリハビリなんてものに付き合わせるわけには」

「それですよそれ、そのさり気ない気遣いに女性は弱いんです。それに遠慮なんて必要ありませんよ、私だってリハビリに付き合うとか言いながら、実は街を歩ける事が楽しみなんです」

「そうなのかい?」

 私って王都に来てからほとんど公爵家のお屋敷から出たことがないのよね。

 公爵家に来たのだって、目覚めたらそこにいたわけだし、最近はローレンツさんに連れられてハルジオン商会の方へは顔を出しているが、移動はもっぱら馬車だし、お金がないからお買い物なんて行けもしない。今来ている服だって『アリスちゃんいらっしゃい、お洋服を持って来てもらったらわ』と、お店側が商品をもってお屋敷にやって来られるのだから驚きだ。これでどうお屋敷から出れるというのだろう。


「なるほどね、母上の過保護具合も困ったもんだ」

「でしょ? よくして頂いているのは感謝しているのですが、たまにはその……街中を歩いてみたくなるじゃないですか。今日だってユミナちゃん達が行く花の公園とか行ってみたかったんですよ」

「ははは、それじゃ買い物が終わったらそっちにも行ってみよう」

「本当ですか!? やったー!」

 最初は沈黙続きでどうなるかと思ったが、話してみると気さくで紳士的なジーク様と笑いあっている自分がそこにいた。始終話し声と笑い声が絶えないままやがて馬車は目的に着くが、その時の私はこの後出会うことになる忌まわし男性のことなど、つゆにも思わなかったのである。

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