これは買うしかない!

●これは買うしかない! などとコメントが続く。やがて咲花は食事を終え、また話しはじめる。今度は食レポではなく、動画についてだ。彼女はそれを視聴者たちに伝えると、

「いかがだったでしょうか。この商品、皆さんが知らないところでひっそりと販売されています。ぜひお近くのコンビニを探してみて下さい」

と言うと締め括った。

その動画が終わる頃には、たくさんの人が見てくれていた。中には★を付けてくれた人もいて嬉しい。

「ふぅ……」

咲花は大きく息を吐きながら伸びをした。ずっと同じ姿勢だったので、少し疲れてしまった。身体を動かすと少し気持ちが良い。それからシャワーを浴びると、すぐに寝床に入った。明日は朝早くから撮影がある。しっかり睡眠を取っておかないと、

「……ううん」

目が覚めると、咲花は自分のベッドの上で目を擦っていた。

いつの間に帰ってきたのだろうか。

咲花がゆっくりと起き上がると、隣に誰かが横たわっている。

「え……?」

咲花が驚くと、

「あ、おはよう」

その人は挨拶をする。その声は聞き覚えのある声で、咲花は思わず振り返った。そこには、

「あ、えっと……」

「どうしたの? もしかしてまだ眠いの?」

咲花は混乱した。

「えっと……私……どうして……」

「えっと……私……どうして……」

咲花は動揺した。何故ならば、そこに居たのは自分だったからだ。

「あ、えっと……私……どうして……」

「えっと……私……どうして……」

咲花は戸惑った。目の前に自分がいる。鏡でもないのに、自分と同じ顔をした人間が目の前にいる。

一体どういうことなのか。

目の前の自分は微笑むと、咲花に話しかけてきた。

その声は咲花自身と全く同じ声をしていた。

「ねぇ、あなたは私のことが好きかしら?」

突然聞かれて驚いた。何でいきなりそんな事を? ともかく咲花は正直に答えた。

すると、目の前の咲花は「良かったぁ!」

と言って飛び跳ねるように喜んでいる。そして「私もあなたが大好き」と言った。その言葉を聞いた途端、咲花は全身が熱くなった。嬉しくて恥ずかしくて照れくさかった。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。

咲花は照れ隠しに頭を掻いた。その時ピシャっと頬を叩かれた。

「貴女ねぇ!」

いつの間にかプラハがいた。「痛い、何をするの?!」

咲花が怒ると却って叱られた。「あんたこそ自分のドッペルゲンガーと戯れて何やってるのよ? こんなの自己満足だわ。わたしはね、あんたがだんだん腐っていくのを我慢できないの」

そういうともう一人の咲花に塩を振りかけた。

「あっ、何をするの?!」

あわてて制止する間もなくドッペルゲンガーがナメクジの様に溶けてしまった。

「どう? これで現実と向き合う気になれたでしょ?」

プラハは冷たく言った。しかし、咲花は納得いかない様子で反論した。「でも、彼女は悪いことはしていないじゃない?」

「でもねぇ……」

プラハの説教は長々と続いた。咲花は何度も首を縦に振ったが、どうしてもプラハの怒りは収まらなかった。「とにかく! もう二度とあんな事はしないでちょうだい」「はい……」

咲花はすっかり落ち込んだ。もうプラハに嫌われたくない。咲花は泣きそうになりながら返事をすると、部屋に戻って布団を被った。

「ううっ……」

咲花は泣きじゃくった。そして、ふと窓を見ると、いつの間にか朝日が差し込んでいた。

翌朝になると、咲花はいつものように動画の撮影を始めた。

内容は昨日とほぼ同じだ。ただし、今回は編集も手を加えてある。それもあってか再生回数はいつもより多かった。

「はい、みなさんこんにちは」

画面に映るのはいつもの自分だ。しかしその笑顔には陰りが見える。咲花は自分の変化を自覚していた。きっとプラハの言う通りなのだ。自分勝手で自己満足な行いに過ぎなくて、だからこんな事になったのだと思った。しかし、同時に思うことがあった。それは自分自身への疑問だ。自分は果たして今のままで良いのだろうか。

「えー、最近ですね、私のところに動画サイトから連絡が来まして、新しい企画に参加しないかと言われました」

「その話をもらった時、私は正直言って困りました」

「というのも、私はこの仕事で生活出来ているので、もしその話を断れば動画を作ることが出来なくなります」

「でも、私は断りませんでした」

「何故かというと、その話を頂いたのは私の力ではないのです」

「私がこれまで積み重ねて来たものが、評価された結果なんです」

「だから私はその期待に応えたいと思います」

咲花は動画の内容を説明すると、その話を締め括った。

その後には視聴者たちからの反応があった。●頑張ってください! ●応援してます! ●これからもよろしくお願いします!●面白かったです!等々のコメントが次々と流れる。

咲花はそれを見てホッとした。やっぱり自分のやっている事が間違っていなかったのだと思えたからだ。そう思った瞬間、咲花の目から涙がこぼれた。

咲花はすぐに拭いたが、それでも溢れてくる。咲花はそのまま泣いてしまった。しばらくして咲花が落ち着くと、画面の前で頭を下げた。「皆さん、本当にありがとうございます。これからもこのチャンネルをよろしくおねがいします」

咲花は動画を撮り終えるとすぐに編集に取り掛かった。動画の編集が終わったのは、それから二日後のことだ。咲花は早速アップロードしたが、再生数は伸びない。やはりあの方法しかないのだろうか。咲花は不安になったが、とりあえず待つ事にした。それからしばらく経つと、ようやく再生数が伸び始めた。どうやら自分の動画の伸びは鈍いようだ。

それからも毎日動画を撮影し続けた。しかしどれもいまいちで、再生回数は少ないままだ。このままでは生活が出来ないかもしれない。咲花は悩み続けたが、なかなか答えが出なかった。そんなある日の事だ。咲花は買い物を終えて家に帰る途中だった。その時だ。後ろから声をかけられたのは。

「こんにちは」

咲花は振り返った。するとそこには、見覚えのある女性が立っていた。その人は咲花の元恋人だ。彼女は少しだけ痩せていて顔色も良いように見えた。

二人は近くの公園に移動した。そこでベンチに座って話しはじめる。彼女の話は相変わらず重たかったが咲花はそれを全て受け止めることにした。そうしないと彼女を救えないからだ。

「ごめんなさい」咲花が謝ると、「どうしてあなたが謝るの? 悪いのは全部わたしなのに」

咲花は首を振るとこう言った。「あなたを一人にして寂しい思いをさせてしまった」

すると彼女は大きく目を見開いた。「え……?」

そして彼女は涙を流した。その涙を見たとき、咲花は彼女のことを心の底から愛おしいと感じると同時に、絶対に守ってみせるという思いが生まれた。それが咲花の出した答えだ。彼女の為に何が出来るのか。彼女の苦しみを和らげる為にはどうすればいいのか。そう考えた時、咲花は彼女を支えていこうと思うに至った。咲花はそっと抱きしめると、静かに唇を重ねた。「大丈夫、あなたは何も悪くないの。だってこれは運命なんだもの。私たちは出会うべくして出会ったのよ」

咲花は彼女に語りかけると、彼女は小さく微笑んだ。「わたしね、最近とても幸せな夢を見るの」

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