私は人の好意に甘えるのが好きなの

「私は人の好意に甘えるのが好きなの。私にはこれから私の為に頑張ってる彼女さん達がいるのよ。彼らにとっても私の為にこういう事をするのは当たり前じゃないわ」

「そんな……」

咲花は絶望した。デニムミニの女はコレクションの一人だったのか。


「私はそれが良いと思ってる。だからきっともっと上手くやれるよ」

「そう……ですか……」

「ええ。だから、これでも頑張りたいんだけど」

「あの……プラハの嵐さん、わたしそろそろ」

玄関に向かおうとして懇願する目線に咲花は絡めとられた。

「お話がある時って時間がないんだよね」

「はい……」

だから、さっさと要件を言え。

「そうよ。だからせめて貴女にはちゃんとお仕事を頑張ってほしいわ」

「す、すみません、あたし、本当に……」

「だから……うん」

プラハの嵐の白魚のような指が署名欄をツンツン叩いている。

芸能プロダクションの契約書、案内書、注意事項、そして番組の台本らしき書物。

咲花にとって青天の霹靂だった。

「はい……」

「ありがとう!」

「いえ……」

「ふふっ、でも、そう言う意味じゃないからね?」

「……」

どういう意味だろう。

「そういえば、貴女は何処に住んでるの?」

「え……」

「いや、それは流石に私のプライベートに踏み込むわけにはいかないから……」


と、その時。壁越しに怒鳴り声が聞こえてきた。

ものすごい剣幕で何やら言い争ってる。


「うるせぇよ」

「俺のプラバはブラバの嵐だ」

「お前のブラバはどうだ」

「俺のブラバはこうだ!」

「うるせぇよ、そのテンションはどうしたんだ?」

「うるせぇ!!プラハでテンション高いのもプラスじゃない!!」

「うるさいったら!」

「うるせぇんだよ!!」

「うるせぇっていってるだろ!」

「そう思われているの?」

「うるせぇっていってるだろ?!」

「今でもそう思ってる方」

「そのテンションもプラセボなんだろ!?」

「うるせぇわ!!」

「だから、うるせぇっていっってるから気をつけなさい」

「お前のプラバは悪いテンションだったのかよ!?」

「うるせぇっていってるだろが!!」

「だから、そんなんじゃなかったっていってるだろ!」

「うるせぇっていってるだろ!?」

「うるせぇっていってるだろ…………」

「うるさいったらあ!!」

「そう、うるせぇっていってるだろ!?」

「うるせぇっていってるだろ、プラバのテンションだったろ!」

「うるせぇっていってんだろ!?プラセボだろ!」

「そんなもん俺に気にすることねぇ!!」

「うるせぇっていってるだろが!!」

「あー、もううるせぇって!!!!」

「うるせぇっていってんだろ!!!わかったから!!わかったから!!!」

「うるせぇっていってんだろ!?プラセボだろ!?うるさいっていってるから言ってんだろうが!?」

「えー、うるさい、うるせぇっていっただろ!?うるせぇっていったからってうるせぇとは言えないだろ!?」

「うるせぇっていうならちゃんとうるせぇって言えよ!!」

「うるせぇっていってんだろうが!!」

「そんなにうるさかったら言えよ、言えって!!」

「うるせぇって言いたいけど、言えないだよ!!!!!!」

「お前のせいで言えないだろうが!!!!!!!」

「うるせぇっていったんだろうが!!!言いたいから口出ししてんだろ!!!!!」

「お前のせいじゃねぇ!!!!!俺のせいだ!!!!!!お前のせいだよ!!!!!」

「言いたいことがあるならもっとちゃんと言えばっ、言えばっ!!!!!」

「お前が余計なことも言うから余計なことが言う、もういい?」


咲花はじっとやりとりに聞きほれていた。

「あの人たちは何なんですか?」

プラハの嵐はポツンと一言。「人じゃないわ」

「えっ…」

咲花は首を傾げ少しばかり考え込む。そして思い出した。「ああ、物まねをする動物ですか? 鳥とか」

「ペットでもないわ。機械よ」

プラハの嵐は素っ気ない。「隣は機械室よ」

それはどういうことなのか、と言うまでもなく案内された。

扉を開けると真っ暗な応接室は誰もおらずLEDがほんのり2つ灯っていた。

「あ…KONOZAMA HELLO…」

咲花は拍子抜けした。常時接続型スピーカーがのべつ幕無しに喋っている。

対するはGyaaOHoo Kennel。ライバルの検索エンジン企業が売り出し中のスマートスピーカーだ。互いが罵りあっているのだ。

「電気代がもったいなくありません?」

咲花はプラハの嵐が理解できない。

「ああ、あれはね。ああやって相方を養殖してるの」

「よ、養殖?」

その言葉にプラハの嵐は目尻をきらめかせた。

「…そう。わたしね…末吉興業の第8世代なの。粗製乱造とか劣化コピーとか散々いわれた世代よ。わたしはピンで難波の舞台に立たなきゃいけなかった。同期はみんな辞めていった。わたしが干されずに済んだのはあの子たちのおかげよ」


彼女は耐え切れずシクシクとスカートを濡らしはじめた。


聞けば涙抜きには語れない世代だ。個人事務所を設立してやると甘い誘いに乗って架空債務を含め莫大な借金をこさえられた。彼女は懸命に営業して利子を払い続けたがそれも何度目かの不況で立ち行かなくなる。夜の商売を考えたこともあった。

しかし、彼女は芸で身を立てようと病死した母に誓った手前、爪に火を点すような暮らしをしてようやく売れないながらも仕事が軌道に乗り分割払いで完済に近づいている。それもこれも有形無形の支援があってこそだ。昔取った杵柄がある。末吉養成所時代に愛嬌をふりまいていたおかげだ。

「わたし、ね。絶対に後ろ暗い事だけはやるなって母に言われたの」

プラハの嵐の母親は人格者だった。まず元夫を責めなかった。養育費を滞らせたまま新しい女と心中した。それでも彼女は恨み節ひとつ言わなかった。

「母は言いました。貧すれば鈍する。それだけは絶対にするな。どんなに困っても正しい行いをして笑顔でいれば世間が救いの手を差し伸べてくれる。後ろ暗い事をすれば顔が曇る。そして怯えて暮らすようになるの。そうなったら疑心暗鬼に陥って誰も信じられなくなる。救世主すらね。それに最後はお天道様が見てるから」

その言いつけをしっかり守り、身体や仲間を売るような真似をせず、モヤシを啜って生きて来た。

「反社勢力の闇営業をしたり薬を売った子もいるわ。どうなったかニュースでご存じ?」

「ええ…少し…は」

余りに重たい話で咲花も覚えていない。興味すらわかなかった。闇の深い話は嫌いだ。

「それであの子たちを相方にしてしゃべくりを磨いてきたの。今はお歌の仕事が増えちゃって」

プラハの嵐は洗いざらいぶちまけたらしく仏のような顔に戻った。

●「えっ、そうなんですか」

「私たちはお客様よ、私たちがお客様を案内し、お客様が私たちをお客様と、そういう認識でいたら?」

「えっ、そっか」

「お客様は私が隣に座るわ」

「うん、ありがとう」

プラハの嵐は咲花の反応を楽しんだろうか。

やがてプラハの嵐は席を置き、その隣にある部屋へ行く。

広さのない空間には大きな機械がひとつ。

「私がここに座るわ、一緒に歩くわ。だからゆっくり行きましょう」

「は、はい…」

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