02 復讐の鬼
母さんは、料理が上手だった。
何でも作る事が出来たし、住んでいる村の中では一番の料理の腕前を持っていた。玄人程の腕前を持っているわけではないけれど、それでも村の人みんなが上手だと誉めたたえるくらいには美味しかった。
父さんは力持ちだった。
畑仕事をしているけれど、たまに他の人の仕事も良く手伝っていて木のばっさい作業が凄く上手だという。
たまに頑丈な材木の欠片をもらってくれば、細工物を作って土産物を持って帰って来てくれた。
二人は自分にとって、ツェルトにとって大事な家族だった。
だった……のに。
「ふん、これにこりたら二度と貴族に逆らうような真似はしないことだ」
目の前には動かなくなった、二人の姿がある。
数日後には森のはずれ、死因はクマなどの害獣などにおそわれた為ということになるだろう。表向きには、
でも違う。
本当は貴族に殺されたのだ。
自分の住む村にずかずかと我が物顔でやってきて、気にくわない態度で好き勝手なことを述べる貴族が許せなくて自分は無謀にも仕返しを企ててしまった。石ころを投げて、悪戯をしようとした。その結果が返り討ちに会った今のこれだ。
悪いのは自分だ。なのに、ひどい目に遭ったのは、どうして自分でなくて両親なのだろう。
その時に制止の声を上げながらそう訴えかけたら、こう答えが返って来た。
「愚かな行為の結果をけして忘れられない様にその身に刻みつける為だ」
……と。
確かにそうだ。
これは忘れられない。
絶対に忘れる事の出来ない光景だ。
物は考えようだ。
忘れられないのなら、生かさねばならない。
いつも前向きに考えて生きて来たのだから。
きっとそれぐらいできる。
きっと、今だって。
忘れられないと言うのなら、ならばあえてこの目に焼き付けようじゃないか。
記憶に焼きつけ、心の奥深くに刻み込み、いつまでもいつまでも忘れないようにしよう。
そうして、その時が来たら復讐を果たすのだ。
自分の大切な人たちを奪った貴族共に。
その日、カルル村の外れ、森の中で……、ツェルト・ライダーという一人の少年が復讐を決意した。
身寄りの無くなったツェルトはそれから王都に引き取られた。
平民の普通の家だ。
けれど、ツェルトは恵まれていた。
腕っぷしの強い相手がいる貧民街に日々出向き、暇を作っては剣を振り、力を付けて言った。
自分の両親を殺した貴族の顔を一日たりとも忘れずに。
毎日、一日も欠かすことなく。
七歳くらいの頃に、以前住んでいた領地の少女が犯罪者に殺されたという事実を耳にしたが、知った事ではなかったが、それから五年後……十二歳の時に、村が全滅した事を知った時は悲しくなった。その村の領主は住んでいた屋敷の使用人ともども行方不明になったという。おおかた責任を追及されるのが怖くて逃げたのだろう。貴族なんて碌な物ではないと思った。
そうしてそれからも剣を振り、体を鍛えて三年。
十五歳になると、騎士になる為に王都にある退魔騎士学校に通うこになった。
騎士学校でアリアと言う少女に出会った、気の良い性格のお人よしとも呼べる人間だった。
今は平民らしいが元は貴族だったらしい。
残念だった。貴族でさえなければ友達に慣れたかもしれないのに。
クラスメイトを信じてやまない少女を校舎裏にある人気のない森へ呼び出し、手にかけた。
十五年待ったのだ。
力も十分つけたし、そろそろ復讐を始めても良い頃間と判断した。
数日後、友人であったクレウスと剣を交えた。前々から優秀だったから、やはり目をごまかせなかったらしい。クレウスはアリアが好きだったから、猶更だろう。
平民はなるべく殺したくなかったが、貴族の味方をしたり邪魔をするのなら仕方なかった。実力を考えても厳しい闘いだったが、何とか情に訴えかける策で隙を作り出して殺す事が出来た。
けれど、二人殺した時点で計算違いが起こるとは思わなかった。
ウティレシア領の、生き残っていたという領主の息子。ヨシュア・ウティレシアに貴族殺しがばれそうになった。
行方不明になった後に、ラシャガルの屋敷で発見され、騎士に保護された被害者らしいが、貴族なのでどうでも良かった。
幸いにも剣技も魔法の腕もそれほどではなかったので、負けたらすべての罪を告白して大人しく牢に入るなど騙して呼び出して、決闘の場に呼び出した。嘘をつかなければここまで積み上げて来たものが早々に水の泡と化していたかもしれない。
当然ちゃんと殺しておいた。
それからはさしたるトラブルもなく日々を平穏に過ごした。
復讐したい貴族は山ほどいたが、後々の事を考えれば動きすぎて自分の首を絞めるわけにもいかなかったし、将来脅威になりそうな人間はもういなかったので、手にかける事は無かったのだ。
そうだ。
学生生活で、二年生最後の日青い髪と水色の瞳をした貴族の少女に、妙な因縁を付けられたのだった。
気にくわない。だの、許せないなどという一方的な感情をぶつけられてさすがに困った。
貴族殺しの件についてばれるような事はしていないはずだし、そいつの父親が国の政治に関わる人間だという事はあったがそんな事実は何の関係もなく、ただ彼女に嫌われているだけの様子だった。
学校を卒業すれば当然ツェルトは騎士になる。
時を同じくしてグレイアンと言う愚王がクーデターを起こし、王になるがそんな事はどうでも良かった。
ヨシュア・ウティレシアの件を嗅ぎつけた両親、騎士のツヴァン・カルマエディや、元騎士でツェルトの担任だったリーゼ・フィゼットを殺した。その関係で何故か勇者に目の敵にされた時は困った。貴族達を良い様に動かして陰謀で死地に追いやらなければ危なかっただろう。
その一件で気に入られたのか、それからはグレイアンに重宝された。
王と関係を持つ事は便利だった。
愚王だけあって、殺したい貴族へ不満の矛先を向けさせれば、簡単に始末することができたのだから。
そういえば、愚王の命令で、王都に潜伏した反抗勢力の一味を特務の女性を餌に、一網打尽にした事もあった。
ニオ・ウレムとかいう勢力の頭を叩けば、あっさり隠れていたはずの王が出て来て拍子抜けした事を覚えている。
殺した。殺した。殺した。
けれど、どれだけ殺して剣を振っても、貴族は山の様に存在している。
ツェルトとて、己のしている事が無意味な事だと最初から分かっていたのだ。
だが、仕方がないではないか。
前に進み続けるしか道はなかった。
最初に友達になれるはずの人間を殺してしまった時に、決して引き返せない道を選んでしまったのだから。
「ツェルト・ライダー。貴方の手はなぜそんなにも孤独でいるのですか」
いつもの様に復讐を終えて王宮に返って来たツェルトの前に一人の女が立ちふさがる。
青い髪に水色の瞳。
学生の時によく分からない事を言ってつっかかって来た人間、カルネだった。
その周囲に幽かに生き物の気配。
直観した、今までに何度かまみえた事のある精霊使いと雰囲気が似ている。
「夢渡りの中の、夢で見た貴方はあんなにも楽しそうだったというのに」
「夢渡り?」
答えはない。
だがおそらく、それが彼女の精霊使いとしての能力なのだろう。
「何を知ってるんだ」
「何も、何も分かりません。私には。けれどとても悲しいのです。胸が締め付けられるような思いです。今の貴方を見てはいられない……」
そう言って彼女はひどく辛そうに表情を歪ませる。
「ステラ・ウティレシアはなぜあなたの傍にいないのですか。ヨシュア君は……。ニオ・ウレムも、アリアクーエルエルンも……、クレウス・フレイブ…………」
全てを言い終わる前に、ツェルトは剣を振るっていた。
重い物が床に崩れ落ちる音がして、赤い血だまりが広がっていく。
「わ、たし……の、ちかく……にも……」
そして、それきり動かなくなる。何も喋らなくなる。
「なぜだって? そんなの俺にだって分かんないよ」
倒れた女性を残して背を向ける。それをどう誤魔化すか考えながらその場を去っていった。
「何で俺、こんなところで一人でいるんだろうな」
心の底から疑問に思いつつも、次の復讐について頭の中で考え始めた。
精霊使いの叶わぬ夢 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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