精霊使いの叶わぬ夢
仲仁へび(旧:離久)
01 精霊使い
それはカルネ・コルレイトという女が生まれる前の事だった。
住んでいる王都から離れた場所のウティレシア領。
辺境の小さな村で、とてつもない力を秘めた遺物が発見された。
識別のルーペ。
大昔に、生まれた精霊……見えざる気配の元を見るために作られたもの。
幼い頃カルネ・コルレイトはそのルーペと縁があって、精霊使いになった。
精霊使いになると、体が丈夫になったり、家族も丈夫になったりする。
「私がお母様を守ります」
「ありがとうカルネ、あなたは優しい子ね」
病気がちな母親の為に、カルネは自分から精霊使いになったのだ。
――光は空へ、空に心を。ましろのたましいよ、力を貸したまえ
七色の光が乱舞するその時の光景をカルネは一生忘れられないだろう。
それで精霊使いになったカルネの能力は、夢渡りの力だった。
夢の中ではカルネは、たくさんの友人に囲まれて日々過ごしていた。
ステラにツェルト、ヨシュア、そしてアリアやクレウス、ニオといった名前のたくさんの友だちと囲まれていて、楽しく過ごす。そんな夢だ。
どんな宝石にも負けないまぶしい輝きを放っていて、宝物の様に胸の中に残り、カルネの記憶に刻みつけられた。
「とても素敵な夢ね、その夢はひょっとしたら、別の世界で本当にあった出来事なのかもしれないわね。カルネ。でもちゃんと本当の友達作りも頑張らなくてはいけませんよ」
「はい、お母様。大丈夫です。心配なさらないでください」
「あの、それで、おねがいがあるのですが。今度の機会に」
「分かってますよ。会いに行ってみたいんでしょう。その夢のお友達に」
「はい!」
カルネはワクワクしていた。
夢の中でであったなどと言ったら向こうはどう思うだろうか。
本当に夢で見たようなのと同じような人間なのだろうか。
まるで物語の中の登場人物とでも会いに行くかのような感覚を味わっていた。
「さあ、カルネお嬢様、着きましたよ。しかし、想像つきませんね。こんな小さな村にどんな御用があるのですか」
「未来の友人になれるかもしれない人に挨拶するのです。こんな村などと言ってはいけません」
逸る思いを抱いて駆けだす。願っていた再会がすく近くにあるという思いでとても冷静になどいられなかった。
「おやまあ貴族のお嬢様がこんな辺鄙な村に何用でしょうか」
だけど、村長を名乗る者に、所在を尋ねれば、ツェルトは王都に引っ越したと聞いた。
何でも、二年前くらいに他の貴族がたまたま村を訪れたその日の夜。不幸な事に彼の両親が森でクマに襲われて死亡したと言う話だ。
「ツェルト君も可哀そうにね。その日のお昼に貴族を怒らせて、大層な怪我を負わされたばかりなのに」
「そんな……」
実在していたけれど、夢の記憶ではここにいるはずなのに、その人はいなかった。
「ステラは……」
「ああ、ウティレシア領の貴族のお嬢様の事かい? そういえばその日は遺物が拾われた井戸が気になって仕方がない様子だったとかいって、井戸の近くで護衛の者と一緒に遊んでいらしたね。そのクマが昼間に出て来たらお嬢様の方が大変だっただろうに。ツェルトくんも一緒に遊んでいれば貴族さんを怒らせることもなかったのに」
「そんな……」
「お嬢ちゃん? どうかしたのかい」
そんははずない。
ステラとツェルトは知り合いのはずだ。幼なじみで、とっても仲良しで。カルネが焼けるくらいの中の良さの友達なのに。
毎日、一緒になって遊んでいるのが二人なのに。
そこに、カルネがやってきては、行儀が悪いとか、礼儀がなってしかるはずだったのに。
楽しみにしてたのに。
でも、それならこれから友達になってもらえばいい。
二人を出会わせて仲良くなってもらおう。
きっとその方が今までより楽しいはずだ。
「村長さん、大変だ。ステラ様が……」
息を切らして走って来た村人がステラが、財産をなくして自暴自棄になった男に人質にされた事を伝えた。
その場に向かいながら、カルネは考える。
彼女がそのくらいの歳の時に、そのような目に遭った事は知っていた。
それでも、今まで大丈夫だと思っていたのだ。この村にいるツェルトが、夢の中では助けたから。
でも、そのツェルトがいないのにステラが人質になってしまったら、どうやって助かるのだろう。
「ああ、ステラ!」
「やめろ、娘を離すんだ!」
「ねえさま!」
突き抜ける様な快晴の空の下。村の広場。
人の輪には、村人とステラの家族がいて、その中心には刃物を突き付けられたステラと男がいた。
「た、たすけて、だれ、か」
恐怖に表情を歪ませる少女。
男を止める者はいなくて、男は刃物を振りかざす。
想像した通りの光景をなぞって、赤い血の花が宙に舞った。
「そんなっ」
一つ年下の小さな少女の体が倒れる。
友達になれるかもしれなかった、少女の命が消えてしまった。
それからしばらくの時間が経った。カルネが少し成長した時に、カルル村で衰弱事件が起きた。
原因は分かっている。悪い貴族の人間ラシャガルの仕業だ。
けれど、カルネは何にもできなかった。
別の世界の事が分かっても、信じてくれる人間が母親以外いなかったからだ。
ウティレシア領の領主とその家族が、屋敷の使用人と共に行方不明になったらしい。
彼らはラシャガルの屋敷で捕らえられていて、騎士が救出した生存者は、ステラの弟のヨシュア一人だけだった。
そんな出来事があってか、ヨシュアはその騎士の保護の元、王都で暮らす事になった。
名前は確か、ツヴァンとリーゼとかいう男女だ。
でも後ろめたさでヨシュアには会いにはいけなかった。
王宮に行く事のあるカルネは、たまにニオ・ウレムと話す事があるが、親密と言うほどの中にはならずに、そのうち学校を通うために遠くへと行ってしまった。
そして、成長したカルネは王都の退魔騎士学校に通う事になった。
騎士を目指す目的があるわけではなく、王宮で政治家として働く為に必要最低限の知識や護身の術を学ぶために通うのが目的だった。
学校ではアリアやクレウスと出会い、そして驚く事にツェルトとも会う事になった。
アリア達は夢の中と何ら変わらない様子であったのに対して、ツェルトがずいぶん大人しいのが不思議だった。
ツェルトと言う人間はもっとうるさくて、うっとおしくて、やんちゃなはずだったのに。
夢の通りにアリアの巻き込まれ体質は、変わらず。
アリアの幼なじみクレウスは面倒見が良くて、成績優秀。
友だちができたので、学校でカルネはいつも賑やかな日々を送っていた。
「それで、ひどいんですよ。クレウスったら。色々してくれるのは良いですけど、私には何もせずにおとなしくしてろっていうんです」
「そうですかあ、アリア・クーエルエルン。でも、貴方は時々下手に動き手状況をややこしくしますから」
「あ、もうっ。カルネさんまでそんな事言うんですか」
アリアと楽しく話をして。
「あまり怒るものではないよ、アリア。彼女は君の身を心配していっているんだ。もちろん僕だってね」
「ええ、友人ですので、当然です」
クレウスとも話す。
けれどカルネは、二人と笑っていると、時々罪悪感にさいなまれる。
彼女らの思い出の中にいたはずの人間を、守れなかったというのに。
「カルネさん。どうしたんですか。何だか凄く辛そうです」
「申し訳ありません。少し考え事をしていました。それだけです」
「何か困った事が合ったらいつでも相談してくださいね。お友達がそんな風に悲しい顔をしているのはたえられませんから」
「ありがとうございます」
「一人で悩んでいても、きっとどうにもできない事ってあると思うです。だから、ちゃんと言ってくださいね。その時は」
「そうですね」
どこまでも純粋にこちらを心配しての言葉だった。
何かがあってもこの手に残った彼女らだけでも、何とか守ろう。
カルネは強くそう思った。
だけど、その数字後、幻惑の森でアリアの死体が発見され数日後にクレウスも教室で死んでいるのが確認された。
「ああ、それで宿題は全部終わった。これで最後だよ。ほら提出物だ」
我慢できなかった。
アリア達が死んだと言うのに、そんな風に平然としているという事が。
夢の中であんなに仲の良かったツェルトが、何事もなかったかのように日常を過ごしているという事に。
「なぜっ、どうしてそんなにも平然としていられるのですか貴方は
「カルネだっけか、いきなりわけわかんない事言われても、困るんだけどな」
「どうして。ステラがいないのに、アリア達も友人達がいないのに、どうしてそんな風にしてられるのですか」
「そんな事言われたって、大して仲が良くもない人間の死にいちいち悲しめるわけないだろ」
何も知らない彼にとってはそれがごく自然な反応。
分かっている。
けれど分かっていてなお、その言葉だけは許せなくてカルネは頬を引っぱたいていた。
「いって、何するんだよ。って、何で、泣いてるんだ」
「泣いてなどいません」
「いや、泣いてるだろ。どっからどう見ても、見間違え様がないくらい。あー、何だよ俺が悪いみたいじゃんか」
「ツェルト・ライダー。いいえツェルト」
「えっ、何で良く知らない人間から呼び捨てされてるんだ俺」
「宣戦布告です。覚悟していてください。私は絶対に最後まで諦めませんから」
取り戻せない物は確かにある。
けれど、守らなければと思った。
負けてやるものかと思った。
「いいですか、ツェルト。勉強のやり方はこの間教えた通りです、がむしゃらに解くのではなくちゃんと問題を理解しないと、すぐに行き詰まりますよ」
「頼んでないんだけどな」
「言い訳は無用です、さっさと解きなさい」
「言い訳じゃなくて、ごく普通の真実を言ったんだけどな」
それから、ツェルトと話す機会が増えた。
今まで嫌煙していたのが嘘のように接する事ができるのは記憶の中にいる彼らのおかげだろう。
「駄目ですよ、ツェルトさん。カルネさんの言う通りちゃんと勉強しないと。今度の試験範囲は広いんですから」
「ヨシュアはカルネの味方なんだよな。あーあ、後輩がいのない後輩持っちゃったな」
そして、新たに出会ったヨシュアを交えて三人で過ごすのは、いつもの風景となっていた。
そして、王都でクーデターが起こってしまった。腕のいい、優しい王の代わりに我がままな暴君が王座に着いた。
王都は暗く淀んだ雰囲気に包まれた。
学校卒業後、カルネたちは王宮に勤めて、最初に騎士の任務でヨシュアが命を落とした。
その後は、各地を転々としていた元王様のエルランド達のレジスタンスが壊滅させられ、ニオ・ウレムが殺された。
情勢の悪化が精神に負担をかけたらしく、精霊の力も効かずにカルネの母も死んでしまった。
皆いなくなってしまった。
任務の帰り、王宮へ戻って来たツェルトの制服はところどころ赤黒いしみで汚れている。
「別の世界の幸せな記憶なんていりません。こんな事になるくらいなら。こんな記憶、知らなければ良かったのです。私は強くもなく、人を動かす力もないのに」
「カルネ、か。何をぶつぶつ言ってるんだ。いくら安全な王宮って言ったって、新しく入った兵も増えて来たんだ。こんな時間にうろついていたらどんな目にあっても文句を言えないぞ」
「なぜ、私などにこんな力が与えられたのですか」
「おい、カルネ?」
「アリア達を殺したのは、ツェルトだったのですね。ヨシュア君も。そしてニオも貴方が」
「そうか、知っちゃったのか」
きっかけは些細な事だった。
アリア達の死の真相に気が付いたらしい、ヨシュアの隠された手紙を、部屋の掃除のときに発見してしまったのだ。
ヨシュアは任務で死んだのではなく、ツェルトに呼び出されて殺されたのだ。
「だったらカルネも殺すしかないよな」
酷く冷徹な顔を覗かせてツェルトが剣を、抜く。
「なぜ! なぜ! なぜ! ツェルト、どうして貴方が、よりによって貴方が!?」
「それは、俺が貴族が大嫌いだからだ。だから貴族や、貴族に関係している人間は殺す。俺の両親は貴族に殺されたんだ。俺が小さい時に、ムカつく貴族に石ころなげたのが原因で。たったそれだけの事で、クマに殺された事にされちゃったんだぜ? 笑えるだろ?」
「そんなっ」
どこで、運命が狂てしまったのか。それがようやくわかった。
それからだ。
それが、全ての悲劇の引き金だった。
それが、こんなにもたくさんの物を失わせてしまった。
凶器を持ったツェルトが近づいてくる。
「でも、安心しろよ。カルネは貴族にしてはあんまりムカつかないほうだったからさ。それと、何でだろうな。殺しやすそうなのに、後回しにしてた。わけわかんない事ばっかり言ってたのに。それももう終わりだ。苦しまないように殺してやるから」
もうすぐそこに、目の前にツェルトは立っている。
「最後に言い残す事はあるか? それくらいなら聞いてやるぜ」
「私はひょっとしたらあなたの事が。いいえ、なんでもありません。今度。今度機会があったら、また訳の分からない事を言い合ってケンカをしましょうね。私も楽しかったですよ」
伝えたかったかもしれない思いを飲み込んでカルネはそう言った。
ツェルトが最後に見る友達の顔が、悲壮感や絶望感で彩られた物でないようにと、カルネは笑ってみせた。
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