騙された魔女④




確かに建物の様相を見ればその言葉も納得できる。 ただ胡散臭さも増すのが当然だ。


「・・・え、一人?」

「そう。 まぁ、魔法を得ようとしているから当たり前だよね」

「確かにそうだが・・・」


人間は魔力を恐れるばかりで必要とすることはない。 魔法は畏怖の対象でそれを扱う魔女は悪という考え方だ。


―――・・・そう言われてみれば、おかしくはないのか。


そんな魔力を研究なんて怪し気な人間しか関わろうとしないだろう。 イージュ自身も人間が魔女の魔力を利用して何かをするなんてことを聞いたことがなかった。


「じゃあ入ろうか」


通された場所は一面真っ白な一室。 その奥に小さなカプセルがあり、妹が寝ているのかと思ったが先程の言葉を思い返す。


―――・・・もしかして、私がここに入るのか?


丁度人一人が入れそうなくらいの大きさで蓋のできる作りだ。 密室に閉じ込められるとなると少々怖い。


「持ち物に危険なものとかはない?」

「あぁ、何もない」

「じゃあ早速だけど、このカプセルの中に入ってくれるかな?」


思っていた通り奥のカプセルをライスは開いた。 このカプセルだけ新品同様に綺麗なのが妙に浮いている。


「この中で何をするんだ?」

「この中でありったけの魔力を放出してほしいんだ」

「放出・・・」

「あぁ。 その魔力を吸い取るからさ。 やるのはそれだけでいい」


魔力の放出と吸収は子供のための基礎訓練の一つ。 やることは容易いが確認のため再度尋ねた。


「それをしたら本当に人間になれる薬をくれるんだな?」

「もちろん。 そういう約束だからね」

「・・・」


そう言われても怪しさ満点のカプセルに入るのは躊躇ってしまう。 それを見てか青年はどこかへ向けて歩き出す。


「・・・分かった。 心配なら、ちょっと待ってて」


奥の部屋へと入っていき、数分で小さなケースを持って出てきた。 厳重に鍵のかかった小箱だ。


「・・・それは?」


ライスはケースを開き言った。


「注射器なんだけどね。 これが人間になれる薬だよ」

「これが薬・・・」

「この薬はここに置いておこう。 薬をこぼしたりはしないから安心して」

「・・・」


先に薬を打ちたい気持ちもあったが、それをすると魔力を放出ができなくなってしまう。 ライスは薬が見えるようケースを開いたまま机の上に置いた。 

本物の薬なのかは分からないが実物を見て少しは安心した。


「・・・分かった。 じゃあ行ってくる」

「あぁ。 頼んだよ」


イージュはライスに従いカプセルの中へと入る。


「扉を閉めたら魔力を放出してね」

「あぁ」


そうして長いこと魔力を放出した。 こんなに魔力を使ったのは久々だった。


―――いつまでする気だ・・・?


ライスはなかなかOKサインを出さず止めてくれない。


―――もう魔力がないんだが・・・。


魔力が無くなるとようやく『出てもいい』という合図をくれた。 元々魔力を失ってでも人間になりたかったため構わない。 だが魔女は魔力を失うと酷く疲れてしまう。


「はぁ、はぁッ・・・」


息切れに激しい動悸、倒れるようなことはないが全身に倦怠感が漂う。


「お疲れ様。 協力してくれてありがとう」

「これで妹さんは救えるのか?」

「あぁ。 イージュのおかげでね。 本当に君には感謝しかないよ」


ライスは注射器を手に取った。


「約束通り、人間になれる薬を打ってあげるね。 腕を出して」 


言う通りに腕を出すとライスは慣れた手つきで注射をしてくれた。 チクリと刺すような痛みがあるだけで、身体には何の変調もない。

魔法を使えるか試したかったが、残念ながら魔力がなければ魔法は使えなかった。


「・・・ありがとう」

「どういたしまして。 これで安心だね」

「いつ効果が出るんだ?」

「すぐに出ると思うよ」 


ライスは新たな部屋の扉を開けて言った。


「かなり魔力を放出して疲れただろうから、ここで少し休むといい」

「そうだな。 そうさせてもらう」


通されたソファに腰をかけ安静にしていた。 すると次第に視界がぼやけてきた。


―――え・・・?

―――何だ、これ・・・。


魔力を失ったことはイージュにも幼い頃あったが、眠くなるということはなかった。 年を取って症状が変わった可能性はあるが、どうにも様子がおかしい。 自分の意志で立っていることすら覚束ないのだ。


―――もしかして・・・? 


どうやら先程の注射に睡眠薬が入っていたようだった。 それが正しい効能なのか知らないが、考える暇もなくそのままイージュは眠ってしまった。



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