騙された魔女③
隣町には今まで一度も行ったことがない。 そもそも人間の住む場所を避けてきたのだから当然だ。
「どうして隣町なんだ?」
「俺が隣町の人間だからさ」
初めての場所、それもある意味では敵地と言える場所に行くのは正直怖かった。 それに薬の話を知っていたためてっきり近くの村人だと思っていたのだ。
「妹が入院しているのが隣町なんだ。 だからどうしてもそこへ行かなくてはならない」
「わざわざ遠くから魔女を求めに来たのか?」
「そうだよ? 魔女はどこにでもいるわけじゃない。 隣町の周辺には魔女がいなかったんだ」
―――魔女はこの村にしかいないと聞いている。
―――・・・隣町の人間にも、魔女の存在は知れ渡っているということか。
「ちなみに聞きたいんだけど、君の名前は何て言うの?」
「・・・イージュ」
「イージュか。 いい名前だね。 じゃあイージュ、行こうか」
率先して道を進もうとするライスを呼び止めた。
「一緒に空間転移した方が早いんじゃないか?」
「え?」
「私の手を取れ。 そしたらライスも一緒に移動できる」
そう言って手を差し出すが、その手を決して取ろうとはせずライスは困った様子を見せた。
「どうした?」
「あー、いや。 歩いて一緒に行こう!」
「何故?」
「ほら、イージュと親睦を深めたいし?」
ただでさえ時間がないというのに人間と一緒に歩くなんて有り得ない。 昨日までのイージュならそう思っていた。 無理にでも手を掴み魔法を使おうと考えただろう。
しかし青年にも何か考えがあるのかもしれない。 そう思えば無理強いはできなかった。
「でも距離が遠いんだろう?」
「歩いて二時間もかからないくらいかな。 近い方だよ。 ほら、行こう」
何故かライスは転移することを頑なに拒む。 結局は魔法の力を怖いと思っているのかもしれない。
―――まぁ、いいけどさ。
―――どうせ期待はしていないし・・・。
頭ではそう思おうとしているが、ほんの少しだけ期待する心もある。 街道は他の人間に見つかる可能性があるということで、道なき道を進んでいくことになった。 当然時間も余計にかかる。
―――ライスは私の身体が燃えることを知っているんだよな?
―――いつ燃え始めるのか分からないんだぞ。
イージュには時間がない。 そのためライスが悠長に時間を過ごしていることに苛立たしさを感じていた。 加えてライスはどうやら鈍臭い性格らしい。
「ど、どうしよう! 財布を落としてしまった!」
少し道が狭くなっている場所で突然そのようなことを言い出すのだ。 見れば確かに財布が落ちていき茂みへと飛び込んでいった。
「あぁ、しっかり荷物の中に入れていたつもりだったのに、さっきの小枝で破いてしまったんだ。 こんなの絶対に取りにいけない・・・」
「そんなに焦らなくても大丈夫だ」
魔女であるイージュにとってこの程度のこと問題にすらなりえない。 財布は実際に確認したため空間転移させることは容易かった。
辺りに濃密な魔力が漂い、気付けばイージュの手には落とした財布が握られている。
「ほら」
「ありがとう! 俺のために魔法を使ってくれたんだね」
「その方が早いからな。 それに時間も押しているんだ」
「俺実は、魔法は初めて見・・・。 うわッ!」
興奮のあまり足元に注意していなかったのか、ライスは足を滑らせ今財布を落とした崖から落ちそうになった。 木の根に掴まっているが、何もしなければこのまま落ちてしまうだろう。
「た、助けてくれ・・・ッ!」
「ふぅ・・・。 今助ける」
あまりのドジに溜め息をつき魔法を使う。 ふわりと宙に身体が浮き、ゆっくりと元の場所まで戻ってきた。
「はぁ、はぁッ、死ぬかと思った・・・ッ!」
「そんな大袈裟な」
「人間にとってはもう死ぬ間際だったんだよ。 でもイージュは凄いね! 本当に魔法が使えるなんて!」
先程ライスが言いかけていたことを思い出した。
「あぁ。 魔法は初めて見たんだっけ?」
「そうそう! そうなんだよね!」
―――・・・そっか。
―――こういう人間もいるんだな。
今までは魔法を使うと怖がられるだけだったため、嬉しそうに喜んでくれるのはイージュとして嬉しかった。 そのまま町へと歩き二時間に更に一時間加えた頃にようやく町へと辿り着いた。
「病院に入院しているんだったか?」
「あー、妹はね。 必要な魔力を集めるには病院じゃなくて、別の場所へ行く必要があるんだ」
「回復魔法でもかければ早いと思うけどな」
「そんなことで治るならとっくに治っているさ。 さぁ、早く付いてきてよ」
二人は病院を通り過ぎ街外れへと歩いていく。
―――ここ・・・?
着いたのはあまり使われていないような小さな研究所。 どう見ても寂れているようで、到底まともに稼働しているとは思えなかった。
―――本当にここで研究が行われているのか?
イージュは騙されたのではないかと狼狽える。 その様子を見たライスが言った。
「あぁ。 研究員は僕しかいないんだよ」
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