仕舞い忘れたミニカー

第1話 積み木の街

　　　『渚のメルヘン』　　　　　　　　　　　　　　

瞼に降りた朝の陽は

白いひとひらになりました

夢から憧れへと目覚めさせ

日毎訪れるその花が

まさか硝子でつくられているとは

思いもせずに見ていたのです

秘密に気づかぬ少女を残し

花は何処かへいきました

彼方に降り積もり

浜辺の粒になりました

空に浮かんだ深い海

その入り口を彩って

歩いてみれば何だか痛む

光の花は優しくて

どうして砂は刺すのだろう

知らずに眺めたその罪か

知って近づくこの咎か

消えずに波は嘲笑う

娘は足を切りました

どんな報いも恐れまい

ふたたび花に会えるなら

いつしか砂に触れられるなら

何故だか渚は訪れて

視えない爪先を撫でました

　 『『小さな木の実』を歌えない』

ーこれなあに？ー

ーお花よ。ー

ーおなな。これは？ー

ー葉っぱよ。ー

ーはーっぱ。ー

ギンガムチェックのチューリップハットが揺れた

丸い頬が動き

唇が

覚えたての言葉を

不正確に

舌足らずに発音する

自分が所属する世界の片鱗を

無心に指し示そうとする

今となっては忘れてしまった

「おなな」が何の花であり

「はーっぱ」が何の葉であったのか

この幼子も

もはや覚えてはいないだろう

しかし

あの夕暮れ

私が目に映した

お花

や

葉っぱ

より

発話は

その対象に忠実だった

真新しい視覚

初めての発音

という光を当てられて間もなかった

この世界の片鱗に対して

「坊や、強く生きるんだ。」

と呟いてみる

口には出さずに

しかし

「この広い世界 お前のもの」

と言い切る勇気を

私はいつ持てるのだろうか

行き場をなくした買い物袋を投げ出せないだけなのに

手帳に書かれた予定を綺麗さっぱり消してしまえないだけなのに

この広い世界

どころか

お花

も

葉っぱ

も

すり抜けていってしまう

なぜ待ってくれないの

存在しないのは私か

この広い世界

なのか

ーあ、この虫眠ってるね。ー

幼子が笑顔をこちらに向ける

小さな掌に溢れんばかり

膨らみ続ける片鱗の山を差し出しながら

⭐第四連の「」内は、海野洋司作詞／ジョルジュ・ビゼー作曲／石川皓也編曲「小さな木の実」からの引用です。　

　『青の迷宮』

幸せの鳥は近くにいるよ

放しちゃいけない

いいえ

そんなものいないのよ

泣いていつしか街の中

大好きだったあの店の

私は白いワンピース

あの子は花柄のスカーフを手に取って

吹き抜けスペースのカフェで

私は苺のショートケーキ

あの子はパイナップルジュースを前に

なぜだか味は分からない

昔住んでいた町

在来線も

毎日通った毛糸売り場も変わらないけれど

人の姿がなぜ見えぬ

潮風の中ロープウェイで

海を見おろすレストランへ

食事を楽しんでいたあのテーブル

それは本当？

お祭り騒ぎに目を回し

アーケードを通り抜け

迷い疲れてバス停に

着いた先は

通いなれたキャンパス

みんなそこにいたのね

ノートを買ってくるから

しばらく勉強していないんだもの

教室に戻ると誰もいない

ひしめく声の中歩いても歩いても

新入生歓迎のプラカードが身体をすり抜け

サークルの部室はどこだったかしら

そこはいつもの商店街

錆びたブランコを漕ぎながら

花が散らねば実はならぬ

何処かで聴いたわらべ唄

崩れかけたすべり台を上って下りる

一炊の夢

羽ばたいちゃいけない

雛を落としちゃいけないよ

そうよ

私が青い鳥

この身を染めて染み込んだ

空さえ忘れた迷い鳥

『積み木の街』

箱を逆さにすれば

青 赤 緑 黄色

何を作ろう

大きなおうちには

花がたくさん

庭の石は

うずまき模様のクッキー

お城でもいいよ

小さな王子さま

部屋はどちらにいたしましょう

高い塔をいくつも建てて

階段には冒険がいっぱい

鈴 隠れ家

ネズミさんもウサギさんも

僕の家来にしてやろう

デパートの遊び場は

ソフトブロックの岩場

よけて

上って

迷路に入って

ステンドグラス

実験室

ハンドルを握って

さあ 海までドライブだ

部屋の隅には

あの日のままに置かれた積み木

最後に遊んだのは

いつだったろう？

君が建てた大きなおうちも

素敵なお城もないよ

ネズミさん ウサギさん

どこへ行ったの？

久しぶりのデパート

玩具売り場を素通りできた

あんなに大きく見えていた

電車の台がいつの間にか小さい

岩場も迷路もなぜないの？

ソフトブロック

色つきセロファン

君の膝より下にある

ママ、どうしたの？

積み木ならあるよ

遊び場も変わっていないけど

今度は

図鑑が欲しいな