No.16:執務室にて


「吉岡、この案件どう思う?」


 自宅の執務室で、俺はパソコンの大型モニターの前で唸っていた。


 モニターには宝生グループの社内稟議りんぎシステムが映し出されている。

 市内にある建設会社への出資案件だ。

 金額が1億2千万円。


「追加でいろいろとヒヤリングをかけたんだが、老練の技術を持ったベテランの離職が最近多いんだ。どうやら待遇がかなり悪いらしい。これだと若い世代への技術伝承ができなくなる」


「そうですね……目先の受注状況はどうでしょう?」


 痩せ型で執事服に身を包んだ吉岡は、銀縁の眼鏡のブリッジを少し押さえながらそう答えた。


「建設仮勘定で内容が不透明なものがあるんだよ。しかも金額が大きい。もしかしたら人繰りと資金繰りがつかず、工事が頓挫している可能性もある。もしそうだったら、これをカバーするのは大変だ」


「なるほど……ちょっと先行き不安ですね」


「この案件、見送ろうと思う。どうだろう?」


「はい、それでよろしいかと思います」


 俺はこんな感じで、投資案件を次々と吟味していく。

 うちのスタッフは優秀で、大体は問題なく承認できるものが多い。

 ところがたまにこうした迷うような案件も上がってくる。

  

 ただこういう案件ほど、成功すればリターンが大きい。

 リスクとリターンの見極めが重要なのだ。

 こればっかりは経験が必要なのだが、幸い吉岡という優秀なアドバイザーが側にいてくれている。


 判断に迷った時、俺はよく吉岡の意見を聞く。

 吉岡は長年宝生家に仕え、ほとんどの仕事をこなすマルチプレイヤーだ。

 こうした案件に関しても業界知識が豊富で、実に頼りになる。

 

「そう言えば秀一様。先般買収した、うどん屋チェーンがありましたよね」


「うん、あったな」


「あそこが今、とても好調らしいですよ」


「そうなのか? 目玉商品もなく、苦戦中だったはずだが」


「はい、目玉商品を開発したんです。なんだと思います?」


「なんだろ……わからん」


「餃子だそうですよ。とても評判が良くて、昨対で30%来客数が増加してます。それに伴ってビールや焼酎の売上も上がっていて、客単価も上昇しているとのことです」


「ああそうか。餃子を食べる大人は、アルコールを飲むもんな。しかしうどん屋で餃子って……やってみないと、わからんもんだな」


「ええ。既成概念にとらわれてはいけない、ということでしょうね」


 俺は自宅の執務室で、連日こんな感じで作業を進めている。

 学校の授業やゲームなんかより、よっぽどエキサイティングだ。

 

 ただここで感じるのは「企業は生き物だ」ということ。

 栄養状態が悪いと、簡単に病気になり最悪死に至る。

 そうなると、その会社の大勢の従業員は露頭に迷う結果となる。

 そういった栄養状態を、細かいところまで観察する必要がある。

 決して気が抜けない作業なのだ。


 俺は深呼吸を一つして、椅子の背もたれに体を預けた。

 そしてテーブルの端に置いてある2枚のチケットを手にとった。


「映画を見に行かれるんですか?」


「ん? ああ、そうだ」


「デートですね?」


「は? いや、違う。クラスメートとだ」


「ちゃんと避妊具はお持ち下さい」


「だ、だから違うって言ってるだろ?」


 まあ吉岡は昔からの俺を知ってるわけだから、仕方ないか。

 でも俺は変わったんだよ。


「最近、倉庫部屋へ行かれることが多くなりましたね」


「ん? ああ、今までガラクタ部屋だと思っていたが、案外お宝が眠っていることがわかったんだよ」


「そうでしたか。良い傾向です。少しでも無駄に捨てるものが減ることに越したことはありません」


 俺はふたたび手元のチケットに目をやった。

 チケットには、「Qシネマズ グランドクラス」と書いてある。

 映画は午後3時からだ。

 終わってから食事にでも行きたい。

 本当はフレンチかイタリアンで個室のあるところがいいのだが、アイツはワリカンって言うだろうから払わせてしまうことになる。

 やっぱり食事券のあるところがいいか。

 またマクドでいいか? 他にあるかな……。


 俺は部屋を出て、倉庫部屋へ向かった。

 新たなお宝を探しに。

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