No.15:映画って見るか?


「まったく……マズいなんて一言も言ってないだろ?」


「でも普通ってどうなのよ、普通って」


「あ、いや、たしかに語弊はあったけどな」


 あれからそうは言いながら、宝生君は既に3個平らげてしまった。

 それも結構なスピードで、だ。


「いや、実は記憶をたどってたんだよ」


「? どういうこと? 前に同じようなアップルパイを……あ、わかった。『前にアップルパイくれた女の子って、どの子だったっけ?』って、思い出してたってこと?」


「は? 違うわ! ていうかアップルパイなんか、もらったことないぞ」


「そうなの? じゃあどういう……」


「いや……なんだか、いつか食べたような気がする味だったんだ。それが思い出せない。でもなんというか……すごく馴染みのある味のような感覚なんだよ。ずっと昔に食べてたような」


「……宝生君て、小さい頃からシナモン苦手だった?」


「ん? ああ、多分。あの風味が子供の頃から苦手だったな」


「そう……」


 そこまで聞いて、私はひとつの仮説にたどり着く。

 

 普通のアップルパイは、通常シナモンを使っている。

 一方で私が今日持ってきたやつは、シナモンを一切使っていない。

 宝生君がシナモンを苦手なことを知っていたからだ。


 もし宝生君が、これと似た味のアップルパイを食べた記憶があるとしたら……。

 幼い宝生君がシナモンを苦手だと、知っている人が作ったものだとしたら……。

 答えは一つしかない。

 もちろん、確信はないけれど。


 そんなことを考えていると、ケースの中のアップルパイは残り1個となっていた。


「もう4つも食べちゃたの?」


「ああ、普通に美味いぞ」


「普通に美味いって……それ褒めてるの?」


「当たり前だろ。最上級の褒め言葉だ」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。

 宝生君は最後の1個に手を伸ばそうとした。


「あ、全部食べちゃまずいよな」


「いいよ、私は昨日味見したし」


「じゃあ半分な」


 そういって宝生君は最後の1個を手で半分に割って、片方を私に差し出した。

 私はそれを受け取って、口の中に入れる。


「月島、前にキャラメルだったら無限に食えるって言ってたろ?」


「うん」


「俺はこれなら無限に食えるぞ」


 ……ズルいな。

 そのふんわりとした笑顔で、そういうことを言わないで欲しい。

 普段教室で、そんな顔一切見せないくせに……。

 私は顔が赤くなるのを自覚する。


 それに……あなたのお母さんに教えてあげたら?

 お母さんの味、ちゃんと覚えてるよって。

 まあそんなこと、私からは言えないけど。


「じゃあまた、作んないとね」


「ああ、頼む。作ってくれ」


 そう言って彼は缶コーヒーに口をつけた。

 私もペットボトルの紅茶を飲む。

 ものすごく喉が乾いていたことに気づいた。


「ところで月島、映画って見るか?」


「え? う、うん。映画は好きだよ。でもたまにしか見に行けないけど」


 本当はもっと見に行きたいんだけど、それなりに出費するからね。

 だからテレビで見たり、DVDを借りてくることが多い。


「そうか。無料チケットがあるんだが、見に行くか?」


「えっ? いいの?」


「ああ、もうすぐ期限が切れるんだよ。急がないといけない」


「う、うん。そういうことなら」


「わかった。週末って予定があるか?」


「えっと……土曜日はバイトが入ってる。日曜日なら大丈夫」


「わかった。じゃあ日曜日にしよう。詳細はまたLimeする。それでいいか?」


「うん、わかった。予定しとくね」


 日曜日は……皇帝様と映画を一緒に見ることになった。

 そう、これは宝生君の余った無料チケットを使うだけ。

 決してデートなんかじゃない。

 それでも「どうしよう、着ていく服がない」って焦ってる自分を、私は笑うことができなかった。

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