レベル3

side 業天翔

「海斗!!……海斗!!」

「お母さん落ち着いてください、今から海斗くんの検査を行いますので椅子に座ってお待ちください」


あれから数分で救急車は到着した。検査と言っても、救急車の中で軽いものは行った。だが、原因不明だ。脳にも身体にもなんら異常なかった。とりあえず海斗くんの親御さんをなだめ、自分も海斗くんの様子を見に行く。


「stopだ内科医」

「……采彩さん?どうしました」


そんな時、采彩さんに声をかけられた。……いや、止められたの方が正しいかな。采彩さんの表情はどこか険しくて、それでいて悲しそうだった。


「お前はもうここで用済みだ。お前に患者は治せない」

「な、どういうことですか、僕も何か手伝いたいです」

「何も無いと言っているんだ。ここからは俺の時間だ」


その発された言葉に疑問しか浮かばなかった。何故そんな決めつけることを言うんだろう。ほんの少しの希望だったとしても、患者を治すために奮闘するのがドクターだと思っている自分とって、用済みという言葉はどうにも怒りを覚えてならなかった。確かに僕は研修医を卒業したばかりの素人で、経験なんてないし、采彩さんのような天才的な才能もない。顔の造形だって足元にも及ばない。


「理由を教えてください!!急に用済みだと言われても、納得しかねます!!」

「だから先程から言っているだろう。お前には治せない。俺以外、他の奴らが治せるわけがないんだ」


そう言うと、采彩はポケットから耳にかけるマイクのような機会を取り出して見せた。耳に接する部分に電源マークがついており、小さくOARと書いてある。少しじっとその機械を見ていたが、采彩さんはすぐにまたポケットへしまってしまった。


「あの、治せるわけがないっていうのは、どういうことですか」

「……お前は患者が灰になったと言っていたな。先程、小児科医に聞いた」

「え、はい、そうなんです。手が灰に、瞬きしたら普通に戻っていたんですけど」


采彩さんが言っている小児科医というのは、恐らく優真くんだろう。大体のオペは采彩さんが行うから、もしもの時のために連絡にしたんだ。

正直、気のせいだと言われたらそうなのかもしれないと思ってしまう自分がいる。だってあまりにも一瞬で、暑くて、仕事の多さで疲れているところだったから幻覚でも見てしまったのかも、と。だから采彩さんにも否定されたら返す言葉がなくなってしまう。だけど采彩さんの口から出た言葉は否定的なものではなかった。


「その"灰になる"というのは間違っていない。あるウイルスの特質だ。そして、治せるわけがないという理由も、あの患者がそのウイルスに感染しているからだ」

「ウイ、ルス……」

「お前も昨日見ただろう。あの患者が感染しているウイルスは、ディーバウイルス。通称、灰視現実病はいしげんじつびょう病だ」

「あ、」


『……ARによるディーバウイルスの切除……』


あの時散らばせてしまった資料を思い出す。ふと見た1枚にディーバウイルスのことが書かれていたはずだ。確か、特殊な機器を用いての切除手術で、詳しくは分からないが。


「今さっき見せた機器が、そのディーバウイルスを切除するための必須アイテムだ。拡張現実は分かるか」

「現実にない物や人を、まるであるかのように見せたものですよね」

「あぁ、簡単に言うとそうなるな。この機械は、現実化したウイルスを拡張現実に取り込み、被害を抑えるような働きもある。ディーバウイルスは凶暴だからな。分かるか?だから通常のオペじゃどうしようもないんだ」


その機械を采彩さんが持っているということは、采彩さんが、その専門医に選ばれたことを意味している。普段外科医のオペで忙しいのに、さらに未知のウイルスの除去、相当身体にも、精神にも負荷がかかるはずだ。それなのに、目の前のこの人は、まるでその様子を微塵も感じさせない、強いひとなのだと実感する。


「……采彩さんは、これからその現実化したウイルスを探すんですか」

「もちろんだ。この病気は放っておくと患者が死んでしまうからな」

「…………僕もついていきます」

「ダメだ」

「だって!!!!」


大人気なく叫んでしまった。


「その病気が采彩さんしか治せないものでも、何も出来なくても、それは僕が何もしなくていい理由にはならないじゃないですか……」


僕は人を助ける仕事につくのが夢だった。だからその最前線に立っているドクターになれたことがどうしようもなく嬉しくて、やっと色んな人を助けられるんだと思っていたのに、いざ蓋を開けてみれば用済みだと言われる現実。どうしようもなく吐き気を催す。

采彩さんは上司だ。だから今まで反発したことなんてなかったし、何を言われてもその通りにしてきた。だけどこればっかりは譲れない。助けたいという気持ちを降りたくない。


「采彩が拒んでも、無理矢理ついて行きます」


そして数秒の沈黙を作ったあと、采彩さんは僕を見ながら小さくため息をついた。


「……好きにしろ」


呟いたその言葉に、思わず「ありがとうございます!!」と叫ぶと、「馬鹿ッ、患者の検査中なんだぞ!!」と怒鳴られた。ごめんなさい。


「とりあえず聞き込みだ。迅速に行うぞ。患者の容態がいつ悪化するかも分からない」

「分かりました」


窓から海斗くんの様子を覗く。未だ意識が戻っていないらしく、傍で海斗くんのお母さんが手を握って苦しそうな表情を浮かべている。早く治してあげなきゃ。そのためにも急いでウイルスを見つけるんだ。



「ディーバめ、見つけたら有無を言わさず切除してやる」


采彩さんがなにか呟いたが、あまりにも小さく聞き取れなかった。

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