レベル2

side 業天翔

「つ、疲れた〜……」


資料を運んでの翌日。患者が多く診察にかなりの時間を要してしまい、身体が休憩を求めていた。昨日のあの後、采彩さんと会わなかったことがまだ救いかな……、次はどんなお説教をされるかと思うと……あぁ胃が……痛たた……ッ。そうしてフラフラとたどり着いた場所は仮眠室、今は睡眠だ……睡眠欲が勝っている。早く横にならないと眠ってしまう、本気で。


「〜〜〜ッ!!」

「〜〜ッ!!〜!!」


寝転がる1歩手前、何やら外が騒がしい。ドタドタと走る音さえ聞こえてくる。……いや、僕が気にすることではない……寝なきゃ……僕が……気にすることじゃ…………あ〜もう!!こんな騒がしかったら寝れない!!と、半ば怒りに身を任せた形でドアを開けると、子供が勢いよく目の前を走り去り、思わず後ろに身を引いた。


「わッ……男の子?」

「待て〜!!」


その男の子は運動が得意なのか、あっという間に遠くまで走り去ってしまった。男の子を追っているのか、今度は後ろから走る音が聞こえた。次はなんだと後ろを振り向くと、走っているのは同僚の遥優真はるかゆうまだということが分かった。


「あ!!天翔〜!!その子捕まえて!!診察途中に逃げ出した!!」

「え!!……って言ってももういない!!」


そんなことを言ってくるもんだから反射的に走り出す。だが先程いた男の子はいなくなっており、慌てて男の子が走っていった入口の方へ向かう。まさか外に出たなんてことは……というか自分自身高校以来まともに運動してなかったせいでこの短距離でも息が上がってしまう無様な見た目だ。


「さっきの子は…………あ、いた!!」


病院前の信号を渡ろうとする後ろ姿を発見した。自分の叫んだ声が聞こえたのか、一瞬こっちを見た後、青になった信号を走り出した。やばい、このままじゃ見失う!!


「ちょ、ちょっと待って!!」


「どうだ天翔、いたかッ…………ってあれ?天翔?どこいった?」



「はぁ、はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと待って……」


未だに走り続ける子どもに、僕は限界を感じていた。子どもって体力に限界ないの……?膝を掴み、息切れを繰り返す。もはや肩が呼吸をしている状態だった。病院からもかなり離れちゃったし……連れて帰るのは結構骨が折れるな。

そんなことを思っていたら、チャリンというベルの音で意識が男の子へ向いた。見ると道に飛び出した男の子に自転車がぶつかりそうになっている。


「危ない!!」


慌てて子ども引き離すと、「離せ!!やめろ!!」と暴れだしてしまった。


「何やってるの!!怪我しちゃうところだったよ!?」

「そんなん知らねぇよ!!俺は戻らないからな!!診察なんか受けなくたって俺は元気だ!!さっきみたいに走れるし、」

「だとしても……診察来たってことは何かしら」


「うるさい!!」と押し飛ばされ、尻もちをついてしまう。男の子の僕を見る目は、完全に敵を見ているようだった。小児科の研修もやっていたけど、これほどまでに反発する子どもは初めてで、少し心配になった。


「とりあえず1回病院に、」


その時だった。触れようとした瞬間、「うッ…………」と顔を歪ませて、子どもが倒れてしまった。


「……!?大丈夫!!?」


急いで身体を抱えてみると、凄い高熱だということが分かる。急な咳き込みや呼吸困難の症状はないことから喘息ではない、だとしたら……今日は気温が高い方で、少々暑いなと思う程だった。熱中症の線も見られたが、その前兆の目眩などが見られなかった。そして今も汗をかいていない。熱中症じゃないのか?とりあえず優真くんに連絡しなきゃ。


side 遥優真

「たく、どこに行ったんだあの二人……足早すぎ……」


先程診察をしていた子ども、坂田海斗さかたかいとが逃げ出した。診察をしようとした直後だった。親御さんから聞いた話だと、急な発熱が出るらしい。最初はインフルエンザだとも思ったが、数時間で何事も無かったかのように元気になるらしい。風邪のような症状もなく、持病も持っていない、一言で言ってしまえば健康体だ。その原因不明の発熱を調べようとしたところ逃走、最近の子どもの足の速さを舐めていた。一瞬で見えなくなってしまった。


「せめて天翔が捕まえてればいいんだけどな……」


その直後、スマホがなった。画面を見ると噂をすればなんとやら、海斗を追いかけて一緒に消えた天翔だった。


「お〜天翔、子ども見つかったか、」

「大変だ優真くん!!」


電話越しに聞こえてくる焦った声。瞬時に只事ではないと悟った。受付隣の休憩室に移動して詳しく現状を聞く。


「どうした、落ち着いて話してくれ」


その言葉に一瞬深呼吸のような呼吸音が入り、「さっき追いかけてた子ども保護した。だけど急に倒れたんだ、確認できる症状は急な発熱、かなりの高熱だ。言ってしまえばそれ以外に症状が確認できない。熱中症でもないみたいだ」と今の現状を話してくれた。


「急な発熱……」


親御さんの言葉にあった通りの症状だ。俺がいない時に出るなんて。


「分かった、今救急車をそっちに向かわせる。だけど今日はかなり救急で出払ってるからな、なるべく早く向かわせる。もう一度症状と今いる場所教えてくれ………………あぁ、分かった。一応日陰に寝かせて、扇いでくれ。熱中症の線も捨てきれない」


その場にあった紙とペンを取り、現状をメモして、受付の看護婦に渡す。


「この場所に救急車呼んでくれ。男の子が1人急な発熱で倒れた。なるべく早くだ!!」

「は、はい!!」


自分も急いでその場に向かおうとした時、未だ繋がったままのスマホの向こうから「うわッ!!!!」と天翔の叫ぶ声が聞こえた。


「どうした!!症状が悪化したか?天翔!!」


天翔の声は何故か震えているようで、信じられないようなものを見た時のような、


「子どもの……手が……今一瞬……灰にッ」

「灰……???」


何を言っているんだと叫びたかった。だが天翔はふざけて嘘をつくようなやつではない。目の前に倒れている子どもがいるなら尚更だ。


「待て、灰ってどういうことだ、何かの見間違いじゃないのか?」

「いやでも、本当に……」


人間の身体が灰になるような病気を俺は知らない。見たことも聞いたこともない。じゃあ天翔が見たのは一体?いやそれよりも子どもが優先、こんな状態になってしまったら、あの子どもは患者だ。診察して病気を解明する義務がある。


「とりあえず分かった。分かったからそこで待ってろ!!」


無理矢理通話を切って2人がいる場所に走り出す。一体海斗に何が起こってるんだ……!?


「……へぇ、灰、ねぇ。これはあの天才外科医案件かな」

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