久方の訪問

何やら、今日は気がいつもよりずっと晴れやかで、体も頗る軽く感じた。


こんなにもお満が元気な事が珍しく、とうとう気をやってしまったかと婆様は心配していたが、

お満はこんなにも体が軽いのが久々で、どこかへと出掛けたくなった。


無意識に足は滝壺、川原と相楽と共にあるいた場所を巡る。


どこでどんな会話をしたか思い出してとても嬉しくなる。


水は雪解け水が流れ出ているのか、透き通ってとても綺麗だ。


冷えた、澄んだ空気が鼻と喉を通り、胸まで落ちて来てとても心地が良い。


雪と草花と土の香りが気分を心晴れやかにさせる。


一通り堪能すると、お満は相楽が逝って以来、中々訪れる事の出来なかった家に足を運んでみた。





中には数着相楽の着物があり、ほんの少しだが、相楽の匂いを残している気がする。


ぎゅっと着物を抱きしめてから、相楽がいつも使っていた襖の奥へと足を踏み入れる。


文机の上に、相楽が描いたのであろう地図と、お満が読めるようにと、

振り仮名を振られた人の名が描かれていた。


その下にはその人宛に書かれた文が綺麗に折りたたまれている。


お満は相楽が死の間際に言っていた事を思い出し、大切に懐の中へとしまった。


お満はよく相楽が書いた経や、文を入れていた黒い漆塗りの箱を見つけ、中を覗いてみた。


中には、大きな文字で書かれた人の名を写す紙がたくさん連なっていた。


お満が読めるようにと全て振り仮名もふってある。




初めは何を意味するのか解らなかったが、急に腹の中のややこが少し動いた気がして、

相楽がこの子の名を考えていたのだろうと思い至った。


結局決めることは出来なかったのか、お満に選ばせようと思ってくれたのか、

沢山の候補を残してくれていたようだ。


それを見ると、じわじわとまた瞳が潤んでしまう。







涙を紙にたらさぬように、そっと蓋を閉じ、大切に抱えて、お満は婆様と暮らす家へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る