滝壺

体を鍛えているのだろう。


若武者は上裸になり、凄まじい速さで重そうな木の棒を振っている。


この棒は剣を模しているのだろう。


山の麓の村に住んでいた頃見た若い衆だってこんなに重そうなものを速く動かせる者はいなかった。


しかも一種の芸術のようにきれいな曲線を描いたり、一直線に素早い突きを繰り出したりと変幻自在だ。


しかし、凄まじい動きをしても、青黒い顔にぐっしょりと異様な程の汗をかいている。


吐く息になにやら水音のような嫌な音も混じっている気がする。


それに朝から何も食べていないのだ。体に良い訳がない。


速く止めてやらなければ。


「あのぅ。相楽様。昼餉の準備が整いましたので。」


おミツの小さな声でも聞こえたらしい。


若武者はちらりとお蜜を見ると。


素直に、

「あいわかった。」

と言って静かに後ろをついて来た。


おミツの後ろで、見たこともないような美しい手拭いで、逞しい体の汗を拭いている。


若武者をちらりと盗み見ると、何だかとても悪いことをしているようで胸がしゅんとなる。


後ろからお蜜の赤くなった耳が見えるのか、若武者が、

「すまぬ。」

と言ってゴソゴソと服を着る音が聞こえる。


それを聞いて、おミツは恥ずかしくて泣きそうになった。



前を歩いているため顔が見られず良かったと思い、少し足早で家へと向かった。

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