第33話 国の在り方

 場所はライラ国の宰相さいしょうフランドの執務室。

 宰相さいしょう付きの侍女じじょが告げる。


 「フランド様、シンバーン国より使者が参りました」

 フランドは侍女じじょからの言葉で机の書面から目を離す。

 とうとう来たか。

 と言うより丁度アリシア王女が亡くなってから30日後とはな。

 さて、どのような事を言ってくるかなと思うが、恐らくは予想の範囲内だろう。


 「わかった。応接室へ案内しろ」

 「はい、かしこまりました」

 侍女じじょは一礼して速やかに行動に入る。

 フランドは部屋にいた侍女じじょに身だしなみをチェックさせ応接室へ向かった。

 応接室の扉を開けるとそこには文官らしき人が一人座っていた。

 フランドはてっきり大勢で押しかけると思っていたが予定が外れた事に少しは安堵した。

 そして儀礼的な挨拶を交わした後に話し合いに入った。

 シンバーン国の文官は筒に入った一枚の書状を取り出し広げた後「コホン」と咳払いをした後読み上げた。


 「親愛なるライラ国へ

 アリシア王女が亡くなられた事はとても残念である。シンバーン国よりアリシア王女の冥福を祈る。本来アリシア王女は我が国とライラ国の架け橋になる予定だった。アリシア王女が亡くなったのはライラ国の落ち度と思われる。よってライラ国はシンバーン国に対してアリシア王女と同等の架け橋となる案を示すように」

 文官は書状を丸めるとフランドに手渡した。

 フランドは書状を受け取りながら自分が想定した通りになった事で思わず笑みがこぼれそうになったが、今までつちかった精神力でなんとか耐え抜いた。


 「シンバーン国の意志はよく伝わりました。それでいつまでに返答をすればよろしいですか?」

 「はい、10日以内に文ではなく我が国にお越しいただき返事を下さい」

 「了承しました」

 フランドは直ぐに返事を返すと逆にシンバーン国の文官は、あっさりとした返事で少し驚いたが仕事が終わったとばかりにライラ国を後にした。

 シンバーン国の文官が帰ると同時にフランドは王へ報告を行った。


 「フランドよ手はずは整っているのか?」

 王の執務室で王が書状を見ながらフランドに問いかける。


 「はい、準備は出来ていますが再度聞きますが、本当によろしいですか?」

 「ああ構わぬ。一度決めた事だ」

 王はそれだけ言うと静かに目を閉じた。

 フランドは頭を下げ王の執務室を退室した。


 * * * 時は流れ10日後、場所はシンバーン国最奥の議場。


 左側の列にはシンバーン国の王や皇子そして重鎮が並び、右側の列にはライラ国の宰相さいしょうフランドとその重鎮が並んだ。

 

 「今回は我がシンバーン国の要請を受けて頂き感謝を申し上げる」

 最初にシンバーン国の口上から話合いが始まった。

 そしてシンバーン国の宰相さいしょうジルアートが立ち上がり口を開く。


 「宰相さいしょうのジルアートです。まず最初にライラ国に対しましてはシンバーン国より、両国の架け橋になる案をお願いする旨をしたためた書状を先に送らさせて頂きました。それついての返答を頂きたいと思います」

 ジルアートが着席し言葉を聞いたライラ国の宰相さいしょうフランドは立ち上がり、2枚ある書状の内まず1枚を持ち声を上げる。


 「ライラ国はシンバーン国との架け橋であるアリシア王女を死亡させてしまった事についてまず謝罪させて頂きます」

 フランドが頭を下げると同時にライラ国の文官達も頭を下げる。


 「シンバーン国より書状を受け取りこの場に来るまで何度か国内での協議を行いました。しかし、架け橋・・・となる案は残念ですが出ませんでした」

 ここでシンバーン国より少しざわめきが起きるがフランドは話を続ける。


 「ライラ国ではアリシア王女がいなくなった今、王族の血が途絶えようとしています。ならばむやみに延命する事なく綺麗な形で残したいとの事で決定した事を発表したします」

 フランドは一息吐きさらに大きな声で発言をする。


 「ライラ国は無条件でシンバーン国の一部となる事を希望いたします!」

 「なっなに!」

 シンバーン国の王が叫ぶと同時にシンバーン国の皇子や文官達からざわめきが起こる。


 「そっその言葉は信であろうな!」

 シンバーン国の王がフランドに向かって叫ぶ。


 「この議場での嘘は万死に値する物としてお聞きください。ただ、シンバーン国の陛下及び重鎮のみなさまにお願いがあります」

 フランドが2枚目の書状を準備している間、シンバーン国からは声が上がらなかった。


 「この書状はライラ国王よりのものとなります。1、ライラ国の国民全てをシンバーン国の国民と同等の地位及び扱いを願います。2、『ライラ』と言う言葉を半永久的に残す事を願います。3、王及び王妃についてはシンバーン国が不要と判断した場合は速やかに国外退去を願います。以上がライラ国王からの願い事となります」

 フランドは言い切るとゆっくりと息を吐き出して着席をする。

 フランドは書状2枚をシンバーン国の付き添いの者に手渡すと、速やかにシンバーン国の王の元へと運ばれた。

 シンバーン国の出席者は固まり15秒程度だったが沈黙がおと連れる。

 その沈黙を破ったのはシンバーン国王だった。


 「書状及びライラ国王からの嘆願書たんがんしょ確かに受け取った。こちらも直ぐには判断をしかねるので返事はしばし待ってほしい。それより、最初に聞こう。何故国を放棄する」

 王の質問に宰相さいしょうフランドが答える。


 「我がライラ国は先ほども言いましたがアリシア王女が亡くなった事で王族の血が途絶えようとしています。さらに数年程前からライラ国の総人口はどんどん減り続けております。これは魔物被害だけではなく農作物の不具合から人口減少と我々は考えています。同時に我が国は周りをシンバーン国に囲まれていますので他国交流、物資等が入りずらく先が見えないとの事から決定した次第です」


 「うむ、わかった。ライラ国の書状及び願いについて前向きに検討する」

 シンバーン国王が発言をする。


 「我が国からの書状の件は一旦ここまでとさせて頂きます」

 宰相さいしょうジルアートが発言をし話を続ける。


 「話は変わりますが我が国はキールの街に兵士数名を待機させていたのですが、突然消息を絶ってしまい連絡が取れなくなってしまいました。そこで質問なのですがライラ国は国外つまりキールの街等へ兵等を派遣された事はありますか?」

 宰相さいしょうジルアートはキールの街で消えた情報部隊の真相を探るべくライラ国に揺さぶりを掛けた。

 

 「私ライラ国宰相さいしょうフランドが答えさせて頂きます。ライラ国からはグラン王国内に対して兵の派遣などは行っておりません。理由は簡単で派遣する理由がないからです」

 「それは信ですな?」

 「先ほども言いましたが全て信でございます。お恥ずかしい話ですがそんな所に兵を派遣するなら、魔物討伐にでも行かせた方がよほど国民の幸せにつながりますからな」 

 フランドはそう言うとにこやかな笑顔をさらす。


 「わかりました」

 ジルアートは少し唇を噛みながら返事をした。

 その後、両者で細かい話合いがあったがお開きとなった。

 そしてその夜シンバーン国では緊急の王族会議が開催された。当然議題は今日の出来事について。


 「ジルアートよお前はこの話を想定していたのか?」

 王がジルアートに問う。


 「めっそうもございません。こんな訳のわからない話がでるなんて思ってもみませんでした」

 「それで父上、どうなさるおつもりですか?」

 第1皇子のジョンが王に問う。


 「まず最初にライラ国が我が国に編入する事は認める。これは言わなくてもいいが領土や財産がタダで手に入るのだから断る理由がない」

 「流石父上です決断が早いです。それでライラ国はお願いをどうして条件にしなかったんですか?」

 第1皇子のジョンが質問を繰り返す。


 「それには私が答えましょう」

 ジルアートが声を上げる。


 「条件にしてしまうとこれを飲まないとライラ国を渡さないとなってしまいます。ですが願いとなると壁がなくなりより交渉がしやすくなるのです」

 「じゃあ、願いを跳ねればいいじゃないですか」

 「皇子それは考えが浅はかです。もし我が国がタダでライラ国を手に入れ、その国民や王に酷い仕打ちをすれば世界中の国からシンバーン国はその程度の国と思われ、ゆくゆくシンバーン国衰退の道をたどる事になります」

 しかしどこまで先を読んでいたんだ?宰相さいしょうフランドは。

 

 「ジルアートよ、これはわしらの負けじゃないのか?」

 王がジルアートに諦めの言葉を呟く。


 「申し訳ございません。まさかアリシア王女死亡の話からここまで策略されていると、このジルアート完全敗北にございます」

 「ほう、お主がそこまで言うにはまだ何かあるのか?」

 「はい、ライラ国がジルアート内の領土となれば、もしアリシア王女が生きていたとしても第2皇子クリフ様との婚姻は不可能になります」

 「なんだと!どうゆう事だ!」

 そこで大きな声を上げ椅子から立ち上がったのは名前が出た第2皇子クリフ。


 「アリシア王女は王女でなくなると言う事になります。仮に今のライラ王をそのままシンバーン国のライラ領主となって頂いても、その娘に当たるアリシア様はただの領主の娘。つまり、貴族でもなんでもないのです。領主は知っていると思いますがあくまでも土地を管轄する者の呼び名ですから。完全にしてやられました」


 クリフはジルアートの言葉を聞いて魂が抜けたように、ドサリと音を立てて椅子に座り込んだ。

 そして何やらブツブツと呟いた後に声を上げた。


 「じゃあ、ライラ王達にシンバーン国の貴族の値をやったらいいじゃないか」

 クリフは最後のあがきを伝える。


 「クリフ様、それは無理です。例え強引に貴族にしたとしても上流には出来かねますので、クリフ様のお相手となると正直役不足になります。それなら周辺国の姫をめとって頂いた方が政治的にも有効になります」

 今度こそ完全に諦めたのかクリフは下を向いてしまった。


 「まあ良い、ジルアートよこの会議で話したことを土台に案を策定し私の所へ持ってこい」

 王がジルアートに命じる。


 「はい、かしこまりました」

 「うむ」

 王は立ち上がり皆を見回し口を開く。


 「皆喜べ!いろいろあったがライラ国が我らの国シンバーンへ数百年ぶりに帰って来た。一滴の血も流さずにだ。これからシンバーン国はさらなる発展をするだろう。皆もそのつもりでいるように良いな!」

 「はっ」 

 皇子を始め全員が座ったままであるが頭を一斉に下げこの会議は終了した。


 その後ジルアートはライラ国吸収に向けての方向性と案を策定し、王会議等を数回こなし決定にいたった。

 この話は他国に多大な影響を与える可能性があると判断され、シンバーン国の建国記念日に発表する事になった。

 それまでは表向きはライラ国をそのまま維持させる事とするが、ライラ国城のすぐ近くに新しい領主の館の建設や見えない部分からの国との国境の壁の撤去、そして街道の整備を行った。この工事にはシンバーン国と当然ライラ国も出すが莫大な税が投入され、シンバーンとライラでは空前の建設ラッシュとなり国内がから大量の人が入り経済が最高長に達して行くのだった。


 シンバーン国とライラ国との会談の3か月後、ライラ国で密かに調印式と任命式が行われた。

 音頭をとるのはシンバーン国宰相さいしょうジルアート。


 「我が国シンバーンはライラ国の編入を認めるものとする。1、ライラ国はシンバーン国ライラ領と名前を変更する。2、現ライラ国王及び王妃は初代ライラ領主を命ずる。3、宰相さいしょうフランドはジルアートつまり私の補佐官を命ずる。4、ライラ国民は等しくシンバーン国民と同等の権利を有するものとする。以上。もし、不服異議申し立ての者は速やかに名乗り出よ」

 そして場が静まる事10秒。


 「異議申し立てがないものとしこの書を持って調印とする」

 そしてシンバーン国が既にサインしてある横にライラ国王がサインをし調印式は無事終了した。

 その後そのまま調印パーティーが催された。


 「ジルアート宰相さいしょう殿、我が国の願いを聞いてくれて心より感謝申し上げます」

 フランドはジルアートに頭を下げた。


 「フランド殿、私は最良の案と思い決めただけです」

 「それより私などがジルアート宰相さいしょう殿の補佐など勤まりますでしょうか?」

 「フランド殿…いや、フランド謙遜は嫌味になります。私は今回完全にあなたに敗北したと思っています。国を放棄するなど予想もしていなかったのですから」

 これはジルアートの本心だった。


 「そこまで言って頂けるなら私は全力で業務を遂行したいと思います」

 「それは良かった。期待していますよ」

 そしてジルアートとフランドは強い握手をした。


 吸収はシンバーン国の建国記念日に発表する予定なのだが、人の噂話には戸を閉めれないと言う事で正確ではないが少しずつ話は流れて行った。

 当然、遠くない内にタツヤとアリシアの耳にも入る事になる。

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