第32話 旅は地獄だどこまでも

 「お待たせアリシア」

 俺はカフェで待たせてあるアリシアの元へ戻った。


 「おかえりなさいませタツヤ様。何かいい掘り出し物はありましたか?」

 アリシアのテーブルの上には空になったコップが置いてあり、少し待たせ過ぎたかと思った。


 「ああ、あったけど少し待たせ過ぎたかな?」

 「いえ、のんびりとシードルフの街並みを見ながらのお茶は楽しい物でしたよ」

 アリシアは微笑みながら答える。


 「それは良かった。掘り出し物については歩きながら話すから、そろそろ時間もいい頃だし港へ向かおうか」

 「はい」

 アリシアは席を立ち俺と一緒に港へと歩き出した。


 「それで掘り出し物はどうゆう物が見つかったんですか?」

 アリシアは歩くと同時にすぐに質問してきた。


 「これだよ」

 俺は左手の中指にはめた指輪をアリシアに見せた。

 アリシアは不思議な顔をしながら聞いてきた。


 「この指輪なんですか?」

 「ああ、この指輪はね」

 俺はそこまで言うとそっとアリシアの耳元に口を近づけた。流石に街中で体が空中に浮くなんて声を出して言える訳ないしな。


 「この指輪は魔力を込めると自分を浮かせる事が出来るんだ」

 俺はそれだけ言うとすっとアリシアから顔を離した。

 だが、アリシアは顔を赤くして何故か歩くのを辞めて動かなくなってしまった。


 「たっタツヤ様いきなり街中で耳元でささやくのはやめて下さい。そっそうゆう事は宿の中とか一目ひとめのない所で…」

 そこまで言うと自分が何を言っているのか気づき「コホン」と咳払いをしてから俺を少し睨みながら強い口調で言い放つ。


 「体が浮く程度で耳元でささやかないで下さい!」

 「えっ!体が浮く程度って…かっ体浮くんだよ!空中に浮くんだよ!」

 「それがどうしたのですか?空中に浮く魔法くらい少し高位になれば出来る人はたくさんいます」

 俺はアリシアの”高位になれば出来る人はたくさんいる”の言葉でショックを受けていた。たぶん俺が地球人の考えで体が浮くなんて不可能の考えから来ていたからだ。


 「そうだったのか、知らなかったよ」

 「知らなかったのですか?」

 「ああ、全く知らなかったよ。体を浮かせること初めて今日知ったんだ」

 アリシアは俺の言葉を受けて少し言い過ぎたのか、直ぐにいつものアリシアの態度に戻った。


 「そっそれでどうゆう事が出来るのですか?」

 「よし!じゃあ船に乗る前にアリシアに見せてやるよ。たいした事ないけどね」

 俺はアリシアを連れて大通りから横道に入り少し開けた場所へ来た。


 「よし、ここならいいだろう。人目もないし。じゃあやるね」

 俺はアリシアに言うと左手の中指の指輪に魔力を込める。

 すると地上から3メートル程浮き上がり、俺はゆっくりと地上に舞い降りた。

 

 「どうだ、たいした事ないだろう」

 俺は自虐的じぎゃくてきにアリシアに言い放つ。

 だがアリシアは目を大きく開いて俺を見ていた。

 そしてゆっくりと口を開いた。


 「タツヤ様はどのくらい魔力をお持ちなのですか?」

 「何をいっているのかわからないけど、俺は普通の人間だよ」

 俺は自分で普通とは思っているが、この世界ではどうなのかな。

 俺はこれ以上魔力について考えさせないように話題を変えた。


 「でも、この魔法は戦闘ではまったく役に立たない魔法だよね。浮くだけしか出来ないのだから」

 「あっそれは言えてますね。でも、高い所から落ちた時に役に立ちますよ」

 アリシアはとても嫌なフラグを立てて来た。

 それから俺達は元の道へ戻って港へとやってきた。

 目の前には俺が想像したより大きな木造の船が港に停泊していた。


 「わぁ!大きい船!」

 アリシアが輝く目で船を眺める。


 「ああ、大きいな。この船で西の大陸ラーザニアに渡るんだ」

 「そう言えばどの位の間船旅は続くのですか?」

 「確か15~18日と言っていたな」

 「結構ながいのですね」

 「なんでも風の魔石で帆に風を当てて進むらしいんだけど、それでも逆風だと速度が落ちて航海が長くなるって聞いたよ」

 この情報はチケットを買った際に俺が聞いてきた情報だ。

 俺とアリシアは乗船手続きを済ませて船に乗り込んだ。

 船の中は外から見ていた通り木造で出来ていてはいたが、とても綺麗に整備されていた。これは現代の船でも通用するのではと思うほどだと言える程俺は現代の船を知らないが。

 俺達はまず自分達が寝る船室へと足を運んだ。当然だが安いチケットなので個室ではない。そこは天井が柱で支えられている大きな大部屋となっていた。当然仕切りなどは一切ない状態だ。アリシアは女性だが少し我慢をしてもらうしかない。


 「アリシア大部屋だけど我慢してな」

 「はい、問題ありません」

 「よし、それじゃあ船内を散策に行こう」

 俺達はその後船内の散策に出た。正直に言えば特に何もないが船外を歩いている時に『ピィー』と笛の根が響く。するとゆっくりと船が動き出した。そして俺達の旅は始まった。

 

 旅は既に3日目に入っているが正直にスーパー暇だ。やる事がないのだ。する事は食事、散歩、睡眠なのだ。海には魔物が出ないのかと思って聞いて見たが、いるにはいるが襲うほど狂暴な奴はいないとの事だった。

 俺は魔道具の実験をしたいと思っていたが、この船内ではまず出来ない。それなら船外ならと思ったが一応船外には昼夜共に警備が巡回をしているので、ゆっくりと実験をする事が出来ない。なので、昨日と同様にアリシア先生にこの世界の常識等教えて貰っている。

 俺達はそんな事をしながら究極に退屈な16日間の船旅を終えた。


 「俺こんなに時間を持て余した事ないよ」

 俺は新についた西の大陸ラーザニアの港町クラークに乗って来た船を見上げながら呟く。


 「私は暇でしたけどのんびりして、安全で楽しかったですよ。タツヤ様と一緒でしたし」

 何やら最後嬉しい事を言ってくれたがお世辞だろうと思い今後について話す。


 「よし丁度昼になるからとりあえず飯にしよう」 

 俺とアリシアは近くにあった定食屋に入り港町特有の魚料理を食べた。

 俺は食後のお茶を飲みながらアリシアに語り掛ける。


 「前にも言ったが俺の師匠はこの大陸の中央に位置するポイドンって街にいるらしい」

 俺はアイテムボックスから先ほど港町で購入した簡易的な地図をテーブルに広げる。


 「少し距離があるんですかね?」

 この地図に縮尺がないので良くはわからないが、地図を購入する時に聞いていた。


 「馬車で10日ほどらしいよ」

 「前回と同じ護衛をしながら行くのですか?」

 「いや、この町からポイドンまで高速馬車が出ているらしいんだ。金額は高いけど」

 「お金は大丈夫なのですか?」

 アリシアは心配そうに聞いてくる。


 「お金は足りると思うけどポイドンに着いてからの滞在費が恐らく1日分残るかってとこかな」 

 これは正直に言えば嘘になる。

 俺のアイテムボックス内に魔物が数体と魔石があるので売ればなんとかなる。だがこれは最終手段なので言わない。


 「急がなくてもゆっくり行けばいいんじゃないですか?」

 「いや、船旅でかなり疲れたから移動はもううんざりってとこだよ」

 「高速馬車は何日程で到着できるのですか?」

 「4日」

 「ちょっと、なんか早すぎませんか?」

 「実は夜も走るんだ。当然だが馬の速度も速く交代もあるらしいよ」

 「それ、かなり高いんじゃないのですか?」

 「たしか、5倍かな」

 アリシアが何か言おうとした所で俺の考えを示す。


 「俺達は冒険者だ。6日の日数があればそれ以上に稼げるだろ?」

 「そうですね。タツヤ様なら2倍くらい稼ぎそうですね」

 「おう、任せとけ」

 俺は力こぶをアリシアに見せ力強さをアピールした。

 そして俺達2頭立ての2両編成のポイドン行きの高速馬車に乗り込んだ。

 そこからの4日間は地獄だった。まず、速いので揺れが酷い。当然この大陸にサスペンションなる技術などないので、路面のオウトツがダイレクトに尻に伝わる。そして昼夜走るので夜など寝れないのだ。食事中も走るので休まる暇もなく、そしてトイレなのだが馬車後方に尻を乗せる穴が開いていて、その目の前に低い仕切りがあるだけというなんとも最悪な環境でしなければならない。乗客は全員で10名ほどで皆黙って乗っていると言う状況だ。俺はこの旅はまさに地獄だと思った。

 地獄を味わいながら俺達は大陸ラーザニアの中央の街ポイドンに到着した。そして、俺達は到着してから翌日まで宿に入り休息を取った事は言うまでもない。そして一応俺達の金銭はゼロとなった。


 ◇ ◇ ◇  

 

 時刻はタツヤがポイドンの街に到着する数日前。

 場所は西の大陸ラーザニアのポイドンより西に位置する森の中。

 カインとミーニャは一人の女性の前で臣下の礼を取りひざまづいていた。

 女性は真っ白のローブを着て長い金色の髪をなびかせたアライアス神。


 「おもてを上げなさい」

 「はい」

 アライアス神の言葉にカインとミーニャは従う。


 「街に危機が迫っています。森の深部にて少数ながら散発的に魔物の大量押し寄せスタンピードが発生しています」

 「話に割り込むようで恐縮ですが、我々二人では対応できません」

 「カイン、話を最後まで聞きなさい」

 「ごっ…いや、申し訳ございません」

 カインは軽く頭を下げる。


 「そのスタンピードを街が破壊される前に防ぐのです。ですが二人で厳しいと思われます。ですが、近い内にポイドンの街にタツヤが現れます。自らが説得しスタンピード対応させなさい」

 「はい、お任せ下さい」

 二人は頭を下げた後、依頼完了の為にポイドンへと足を進める。


 「こんどは少数散発とはいえスタンピードとは穏やかじゃないな」

 「ええ、この大陸はどうなってるのかしら」

 ミーニャは呆れた声でカインに返事をする。


 「でも、俺としてはタツヤに会える事を楽しみにしているぜ」

 「カインらしいわね」

 二人は話終えると速度を上げてポイドンの街を目指すのだった。


 ◇ ◇ ◇  


 西の大陸ラーザニア、その中央に位置する街ポイドン。この大陸の面白い所は国がないのだ。普通なら街が集まり国が出来るのだが、この大陸にある所は全てが街なのだ。街だからと言って小さいとかさびれているなんて事はない。このポイドンと言う街はキールがまるで数個入るんじゃないかと言うほど広大な街だ。俺は飯屋で近くに座った冒険者に「何故国じゃないのか」と聞いたら、「国だと戦争あるだろ」ととても簡単な返答が帰って来た。あと昔から王族なる人がいないのがあったらしい。やはり異世界らしい考えで大陸毎に違うなんて面白いと思った。だけど物の値段が高いのがネックだけど。

 

 俺はまず冒険者ギルドに登録に行く事にした。この大陸から出る時には必須になるからだ。この統一されていないシステムをなんとかしてほしいと思ったが、それも異世界と考えを変えた。


 ポイドンの冒険者ギルドは建物が大きい。キールの2倍以上ある上にそれが二つあるのだ。一つは討伐で一つは採取や買い取りと教えて貰った。そして張り出してある依頼の数も膨大な量を誇っていた。これはポイドンから四方に伸びる街道に沿うように大森林並みの森があるからだ。そしてそこに住む魔物も多種多様らしい。

 俺は冒険者ギルドで登録を終わりすぐにカインの事をギルドの受付に聞いたが知っていても教えないの事だった。

 まあ、当然かと俺とアリシアは諦めて冒険者ギルドを出たところで偶然にも懐かしい、いや探していた顔を発見した。


 「カインさん!」

 俺は大声で名を呼んだ。


 「あれ?タツヤじゃないか、久しぶりだな」

 笑顔で答えてくれたカインの顔は以前に見た時よりやつれていて、なんだかとても疲れていた様子だった。


 「なんかカインさん疲れてます?」

 「そうだな、依頼のし過ぎかもしれんな」

 カインは笑いながら答えるが声に力がない。

 そしてその後ろから白髪の美人が現れた。


 「あら?タツヤじゃない。彼女でも私達に紹介しにきたの?」

 ミーニャは俺の後ろにいたアリシアを見ながら声を掛けてきた。


 「彼女って訳ではないですが。お二人に相談がありまして会いに来ました」

 俺が真剣な目で二人を見つめる。

 俺が真剣にカイン達を見つめるかたわらで、アリシアが少し寂しい目をしていた事をタツヤは知らない。


 「何か訳アリだな。よし!今日は再開及び悩み相談って事で飲むぞ!」

 カインの飲みたいが為の口実的の食事会が開かれるのだった。

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