第14話 奴隷

 ペット探しを引退した日、俺は20日ぶりにカインと修行した大森林だいしんりんへとやってきた。

 どの程度サーチと俊敏性が使えるかのテストを兼ねてだ。

 そして早速『サーチ』にてキラードックを発見した。頭に角が生えた大型な犬の魔物だ。


 俺は気配を消して木の上にてキラードックが近づいてくるのを待つ。そしてキラードックが俺の真上に来た瞬間俺は木からその身を落下させていく、そして黒刀の一振りにてキラードックの首を落とす。

 俺はキラードックを解体しながら考えていた。

 『サーチ』に関しては問題ない結果が得られたけど、気配を消すに関しては正直まだまだだと感じた。

 俺がキラードックを切りつける瞬間奴は俺の気配に気づいてしまった。まあ俺の刀の方が早いから勝つには勝ったが、どうすれば気配を消せるか考えたが結局魔法もしくは魔道具に頼るのが一番の近道だと思った。

 とりあえず気配については後回しにして今出来る範囲の事をやり冒険者として必要な事を洗い出そう。


 その日から俺の大森林だいしんりんでの特訓を兼ねた狩りが始まった。

 魔物はキラードックをはじめ最終試験で狩ったハンティングベア、とてつもないスピードで動くウサギの魔物、そしてこの魔物が一番厄介だった全身が赤黒い蜘蛛くもの魔物だ。蜘蛛の魔物は糸ではなく紫色の液体を吐き出してきた。その最初の攻撃が偶然咲いていた花にかかり、その花が瞬間に枯れた事で猛毒だと俺は判断した。応戦したが俺の実力と知識では、体を切った瞬間に体液が自分に掛かった場合の対処が困難だと感じ逃げに徹した。命あっての冒険者活動だから逃げも又勝利だと俺は自分に言い聞かせた。

 そんなこんなで俺は1泊2日の大森林だいしんりん特訓を30日程続け一時訓練を中止し休息をとる事にした。


 俺はその日初めて貧民街ひんみんがいの飲み屋へと来ていた。俺が泊まっている『ライラの宿屋』付近では何度か飲み屋に入りこの世界の酒を楽しんでいたが、俺の稼ぎでは正直少し仕切りが高いのか先立つ金がもったいないと感じていた。そこで俺がギルドなどで安い酒場を教えて貰ったのが貧民街ひんみんがいにある飲み屋だ。価格はなんといつもの3分の1しか掛からない何とも怪しい酒場だが俺には丁度いいといつもより多く酒を浴びた。

 そうこれが今からの事件の始まりだ。


 だいぶ酔っぱらった俺は気が大きくなり支払いを済ませた後いつも行かない貧民街をさまよっていた。『俺は神から選ばれし男、強いんだぞぉ~なんと、もうギルドランクは7!はっはっはぁ~!』俺は自分で自分がよくわからない言葉を発しながら歩いていた。どう歩いたのか記憶にないが俺の目の前に1本の長い通路があったそして、右側には鉄格子のおりがはるか先まで続いていた。正気の俺なら足を踏み入れないが酔っている俺はそのまま歩みを進めた。


 足を進めると直ぐに檻に入っているのが人や獣人だと気づいた。俺は酔っぱらいながらもこれは奴隷だろうと予想がついた。ゆっくり歩きながら檻の中を見ながら歩いた。太った人、痩せた人、若い人、歳よりの人、おとこ、おんな関係なく一つの檻に一人づつ入れられていた。俺が前を歩くだけで『お願いします、助けて下さい、どうか買って下さい』などと叫ぶ女性の姿も俺の目に飛び込んできた。俺は酔いが冷めると同時に目をその人からそむける事しか出来なかった。そしてなんとか俺は最後の檻へとたどり着いた。しかし俺はその檻の中を見て足を止めた。いや、止めてしまった。


 檻の中にはひざかかえて座る獣人の女の子が居た。暗がりよくは見えないが俺を見る眼がまるで死んでいるかのような、闇を見る眼をしていた。俺はその場で少し固まってしまった。どうして固まったのかよくわからないが足を動かす気にはなれなかった。そんな時に俺に声を掛ける人物がいた。


 「おお、これはお目が高い!この娘に興味があると見えますな」

 俺はゆっくりと声の方へ振り向く。

 そこにはまるで悪い世界のおとぎ話から出て来たような人相の悪い風貌で太った小柄な男が立っていた。

 俺が黙って男を見つめると男は話を続けた。


 「おっと、突然のお声掛け失礼しました。私は奴隷商のギルと言う者です。お見知りおきを」

 男はそう言いながら方てを胸に当てお辞儀をした。

 俺は黙って男を見つめた後、檻の中へと視線を移す。


 「この獣人の娘は世にも珍しいクロヒョウ族の娘。私の所有している奴隷の中でもかなりの上玉にございます。当然ながら生娘きむすめです。いかがですかな?」

 奴隷商は頼んでもいないのに奴隷を説明した後ニヤつく笑顔で俺を見つめた。

 そんな世にも珍しいって事はそうとう金が掛かるんじゃないか?

 いやいや、俺は何を考えているんだ?しかし何故俺はここにいるんだ?わからない。


 「この娘は何歳なんだ?そしてどうして奴隷になったんだ?」

 なんで俺はこんな事を聞いているんだ?俺はこの奴隷の娘が欲しいのか?わからない。


 「はい、お答えします。まずこの娘は推定で16歳です。詳しい年齢は分かりません。そして奴隷になったのは両親に売られたからです。私も他の奴隷商より買い受けたので正直本当・・の所は不明でございます」

 16って日本で言ったら高校1年生位の年齢か?それで親に売られる?珍しい種族なのに?わからない。


 「それで、この娘はいくらなんだ?」

 俺はなんで金額を聞いているんだ?

 

 「少々お待ちを」

 奴隷商はふところから紙の束を出し確認しだした。


 「この世にも珍しいクロヒョウ族の娘は金貨100枚(100万ジール)でございます」

 「無理!手持ちがない」

 俺は直ぐに返事をした。あれ?答えられるぞ?

 俺は違和感を覚えた。なぜ奴隷商の話を聞き値段交渉までしているかを。

 俺はあまり冴えない頭で瞬時に仮説を立てた。俺が不明の魔力で操られているかと。

 俺はまず一番怪しい奴隷商を見るが一生懸命紙束を見ながら考えこんでいた。そして次に檻にいる少女を見ると目が一瞬だが光っているように見えた。

 原因は恐らくだが檻の中にいる少女だと断定し俺は目線だけで殺気を放った。

 その瞬間に俺の中から何かが抜けるような感じがした。そして俺は確信した、原因はあの少女だと。

 しかし何故こんな事をしたのか俺にはわかなかった。その少女は俺の殺気を浴びてか少し震えていた。

 俺は何か理由があるのではないかと奴隷商に聞く事にした。


 「なあ、考えている所悪いんだけど、あのクロヒョウ族の少女と話をさせてくれないか?」

 「そう言われても」

 「もちろん檻越しで構わない。時間はそうだなあんたがここに戻って来るまでの間でいい」

 奴隷商は紙をめくったり少し動揺が激しかったので、もしかしら重要な書類を置いてきたのでは?と推測をした。

 奴隷商は俺と少女を交互に見てから答えた。


 「すっ直ぐに戻るのでそれまでは許そう。但し、商品に指一本触れる事はゆるさんぞ」

 「ああ、約束しよう」

 奴隷商は俺の言葉を聞くと振り返り闇へと掛けて行った。


 俺は直ぐに檻へと無防備に近づいた。本来危険なはずだが酒の力を少しばかり借りた行動だ。そして俺は少女に目線を合わせて話しかけた。


 「どうしてあんな事をしたんだ?」

 俺は威圧する事無く普通に語り掛けた。

 少女は俺に話しかけられると直ぐに目線を下に向けて震えるような仕草をした。


 「俺は君に危害を加えない。なにか理由があるんだろ?話せよ」

 俺がもう一度少女に話しかけると少女はゆっくりと目線を上げ俺を見た。


 「私が買ってもらえないとお母さんに迷惑がかかると思ったから誘導した」

 「もう少し具体的に話せ」

 「私は借金の型に奴隷商に渡されたの、それで…」

 俺はなんとなく少女の言おうとした先がわかった。

 しかし俺にどうすればいいんだ?俺が金貨100枚なんて大金持っている訳ないし。しかし悠長ゆうちょうに話していると奴隷商が戻って来てしまう。そして俺は先ほどの彼女の能力を思い出した。


 「おい、さっきの能力を奴隷商に掛ける事が出来るか?」

 少女は俺の言葉に少し首を傾げていたが頷いて肯定を示した。


 「ならばやってくれ。俺は金貨100枚なんて大金を持っていない。だから値引きをしてさらにお金を分けて払う様に持っていくんだ、いいな」

 俺はまくしたてるように少女に話す。話が終わると同時に奴隷商の男が戻って来た。


 「話は出来ましたか?」

 奴隷商が俺に問うてきた。


 「ああ、この子の素性すじょうを少し聞いていただけだ」

 「それで、どうされますか?買われます?」

 奴隷商が俺の顔を覗き見て来た。

 俺は何とか奴隷商の顔を少女に向けさそうと誘導する。


 「なあ、少し金額が高いと思うんだがもう一度この少女を見てから判断してくれよ」

 俺の言葉でしぶしぶと言った顔つきで奴隷商の男は檻の中にいる少女へと顔を向けた。

 その瞬間に少女の目がキラリと光り、奴隷商の体がビクリと反応した。

 俺は何かしらの術に掛かったと思い奴隷商に話しかける。


 「なあアンタも少し金額が高いって思うだろ?」

 「たっ確かにそう言われればそうですねぇ~」

 よし、乗って来たぞ。ここは押し込むべきだな。


 「どうだ、金貨80枚でなら買ってやるぞ。但し分割払いだけどな」

 俺は自分の要求を奴隷商に伝える。


 「うーん、うーん」

 奴隷商は何やら険しい顔をしながらうなっていたがコクリと頷いた。


 「わかりました。その金額で交渉成立です」

 俺は心の中でガッツポーズをしたが、なんで俺奴隷買ってるんだ?とここでふと我に返る。もしかして俺は彼女の術にハマっているのか?まあ、今さら考えてもしょうがないので後でじっくり彼女に聞こうと思う。


 その後奴隷商と俺は契約し金貨30枚を支払い、残り金貨50枚は30日以内に払う契約をした。


 「それで奴隷紋どれいもんを入れようと思うんですが、お客様の指令の印は右手左手どちらにいれますか?」

 「初めてで分からないから教えてくれ」

 「奴隷紋は奴隷との契約印です。命に係わる事以外の命令を聞かせる事が出来る魔法印になります」

 正直俺はこの少女の面倒を見ようとは思っていない。奴隷商から解放するのが目的だったからだ。


 「いや、奴隷紋はいらない、そのままでいい」

 「お客様奴隷紋がなければ言う事を聞かすどころか逃げてしまうかもしれませんよ?」

 「ああ、俺が構わないと言っているんだ。そのままでいい」

 「かしこまりました。それではこの子がもともと着ていた服と靴を着させますので少々お待ちください」

 奴隷商はしぶしぶ俺の言う通りにし少女の支度を始めた。

 そして10分もしない内に少女が檻から出て来た。


 俺は正面から少女を見る。

 身長は140センチ程度。髪の色は銀髪で頭の上には可愛らしい耳が付いている。そして尻の辺りから真っ黒なしっぽが生えていた。これがクロヒョウ族の特徴なのか?服装はボロ布のようなシャツとズボンそして真っ黒の靴を履いていた。


 「名前は?」

 「リリア」

 「俺は…まあいいか行くぞ」

 俺は歩きだす。


 「ありがとうございました。又の起こしをお待ちしております」

 奴隷商の男が背中越しに声を掛けてきたが、俺は振り返る事なく暗い路地を歩く。

 その後ろをトコトコとリリアが続く。そして5分程歩いた所で俺はあゆみを止めリリアに振り返る。振り返るとリリアは体をビクつかせ立ち止まる。


 「別に何もしやしないよ。それよりさっきリリアが使った能力を教えてよ」

 俺は早速本題に入る。


 「あっあれは魅了みりょうのような力。完全な魅了みりょうじゃなくて自分に有利になるように働き掛ける力」

 リリアがぼそりと答える。

 やはりか。俺の想像通りの能力だ。


 「それは魔法なのか?」

 「違う。部族の女だけが使える特殊能力」

 「部族と言うとクロヒョウ族ってこと?」

 リリアがコクリと頷く。

 面白い能力だ。そしてやはりここは異世界で俺の知らない力に満ち溢れている。俺は不謹慎にも心が躍ったが一応確認しておく。


 「今俺には掛けていないだろうね」

 「掛けてない。一度破られると時間を空けないと無理」

 それじゃあ俺が殺気を放った時に破ったって事か。でもその後俺はこの子を買おうと…。まあ、細かい事はいいか。それじゃ本当の本題に入りますか。


 「わかった。じゃあ、もう好きに生きていいよ」

 俺の言葉が伝わらないみたいでキョトンとしている。


 「リリアはもう自由だ。奴隷紋もない。俺の元から去っていいって言っているんだ」

 リリアは現状把握で頭が混乱しているのか少しオドオドしながら声を発した。


 「たっ食べ物が無いから生きていけない、お願い捨てないで」

 俺は懐に手を入れ(実際はアイテムボックス内から適当に金貨を掴み)差し出す。


 「さあ、このお金でご飯を食べなさい。それで母親の所へ帰ればいい。奴隷商の残り金貨50枚は俺が払っておくから心配しなくていいよ」

 リリアは金貨を見ても手を出さずに首を左右に振り地面に両膝を着いた。

 そして両指を絡ませ祈りの姿勢を取り懇願してきた。


 「お願いします。何でもします。働きます。体も好きに使って下さい。だから、だから、捨てないでください」

 リリアは目から涙を流しながらの訴えだった。

 俺はその光景を見て胸が苦しくなった。いや、普通の人間なら皆同じ反応だろ。俺はこうなると分かっていて何故リリアを買ったんだ。

 今は後悔をしても始まらない。次を考えなくてはいけないんだ。

 俺は金貨をアイテムボックスに戻して、俺も地面に片膝を着いてそっとリリアを軽く抱きしめた。


 「悪かった。俺が悪かった。リリアを捨てたりはしない」

 俺は抱きしめるのを辞めリリアを見る。


 「だけど俺は冒険者だ。命のやり取りをしながら金を稼ぐ事になる」

 「わっ私も戦う、だから…」

 俺は人差し指をそっとリリアの口を塞ぐ。


 「もう言わなくていい。さあ、今日の所は宿屋へ行こう」

 そして俺とリリアはお馴染みの『ライラの宿屋』へと向かった。


 宿屋の女将からは「連れ込み宿じゃないんだよ」と嫌味を言われたが、追加料金を支払う事で黙らす事に成功したのだった。

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