第3話 精霊の力
クストスムンドへ行くためには、長距離を移動できる足が必要となる。そのためまずは商業都市へと立ち寄り、馬を買うか借りるのが一般的な方法だ。
シスル村から川に沿って南下し、そこから森を抜けぐるりと平原を迂回してから北上、それから東へと進んでいくのが主なルートであるが、アレックスたちは南下せず、村からそのまま東へと進む道を選んだ。
あえて険しいルートを選ぶ理由は、やはりクストスムンドまでの時間をできるだけ短縮するためである。が、それだけではい。
「――――――っ!!」
目の前に広がる大平原に、只々圧倒されているようだった。
四季が存在するこの地域では、今は秋の中頃にあたる時期である。青々としていた平原は所々黄金色に変化し始め、撫でるように吹く風はそれを優しく揺らす。左奥の方向には大きな白い街も見えていて、街と平原の色彩がとても美しい光景を作り出していた。そう、アレックスはミラにこの光景を見せてあげたかったのだ。
「どのみちこの平原は通るからね。どうせなら少しでも良く見える所から見せてあげたかったんだ」
放心しているミラの隣でしばらく同じ光景を見ていたアレックスだが、ふと気になる物が目に入った。
「……気のせい、か?」
「……え?何か見つけたの?」
「あの辺り。あの木の辺りで何か動いたように見えたんだけれど……」
「んーー……何もいないと思うけど?」
(何かと見間違えたか――)
やはり気のせいか、そう思いミラに声を掛けようとした。
(いや――)
しかし、寸前でアレックスは思い留まる。
(もし、気のせいでは無かったら―――)
「ミラ、少し時間をもらうよ」
そう言ってアレックスは目の前の大平原をもう一度見渡すと、大きく息を吐き目を瞑った。
「……アレックス?」
ミラは目を見開く。僅かに、アレックスの金色の髪が青碧の光を帯びていたからだ。
[たとえ君の姿形は見えずとも 君の鼓動を 君の声を 君の願いを どうか私に聞かせて欲しい]
青碧の煌めく粒子が宙に舞う。ふわりと舞ったその煌めきは、願いを運ぶ道しるべとなる。
―――……だれか……誰か……っ!―――
(聞こえた―――)
「ミラっ!走れるかい?」
「え?う、うん大丈夫っ」
「よし、急ごう」
アレックスはミラの手を握り声の聞こえた方へ真っすぐ向かって走りだした。
二百メル程先の木の下へ辿り着くと、そこには頭から血を流し、腹部には何か鋭いもので刺されたであろう女性が倒れていた。
「っ!大丈夫ですか!?」
ミラはその女性を見つけるとすぐさま駆け寄り声を掛ける。頭の具合を確認すると、少し切れている程度だったため優しく血を拭った。
一方、アレックスは女性の服を傷口が見えるまで捲り、持っていた水で傷口を洗い流していた。傷はかなり深い。
「ひどい……」
ミラはその傷口を見て思わず呟く。
「ミラ、村から薬草は持ってきてるかい?」
「う、うん!」
「よし、少しここを押さえていて欲しい」
アレックスはミラに女性を預けると、受け取った薬草を右手で握り込み目を瞑る。すると、握った手の中から微かに光が漏れ始めた。
[楽しい
目を開けたアレックスは、光が漏れている右手を女性の腹部の傷口へ近づけ、握っていた手をゆっくりと開いた。さらさらと青碧の光の粒が傷口へと入っていく。
「……うそっ」
その光景にミラは絶句する。青碧の光が女性の傷口に触れると、徐々に光が傷口を少しずつ閉じていく。
傷口が完全に閉じ、光が収まった後の女性の腹部からは、傷など初めから無かったかのように消えていた。
女性を介抱しながら、ミラは先ほどの事を思い返していた。
(あれって、精霊の力ってやつ……だよね……?)
「―――ねぇ、アレックス。さっきの『ん、んぅ……っ!』あっ、大丈夫ですかっ?痛みとかは?」
眠っていた女性が目を覚まそうとしていたため、聞こうとしたことを一旦飲み込みすぐに声を掛ける。
「あ、の……わたし……あなたは?」
「良かったぁ……あ、ごめんなさいっ、ミラって言いますっ」
「ミラ、さん……?」
「はいっ!あなたのお名前は?」
「えっと、その、……クロエと、言います」
「クロエさんって言うんですねっ。あっ、彼はアレックスっ」
「アレックスと言います。傷口は塞ぎましたので、もう大丈夫ですよ」
紹介されたアレックスが横から声を掛ける。
「―――えっ?うそっ?」
腹部を確認した女性は理解が追い付かず、固まってしまう。その様子から、もう怪我は特に問題なさそうだと判断したアレックスは、彼女に質問する。
「クロエさんと言いましたね?一体何があったのです?あの傷はもう少し時間が経っていたら本当に危なかったんです。先ほど見渡した時は、特になにも見当たりませんでしたが」
優しい表情で聞くアレックスに、クロエははっとはっとした様子でしがみつく。
「あ、あぁ……お願いですっ、助けてくださいっ!みんながっ、みんながっ!」
余程の恐怖を体験してきたのだろう、しがみつく彼女は怯えた子供の様に震えている。アレックスは彼女の背を優しく撫でながら落ち着かせる。
「大丈夫です、もう大丈夫ですよ。……クロエさん助けてくださいとはどういうことか聞いても?」
彼女は勢いよく顔を上げると、涙を流しながら潤んだ瞳でアレックスに懇願する。
「お願いしますっ!悪魔がっ、あの悪魔が街にっ!!」
アレックスは言葉を失った。
大平原の北端に隣接する石の街エヴェン。石材による建築物が立ち並び、その見た目から別名『白い街』とも呼ばれる。
多くの人々が暮らしているこの街は、商業都市からも近く、商人たちにとって最も大きな市場であると言っても過言ではない場所である。
そこに、北の山へ散策に行った四人の若者たちの内の一人が、腕から血を流しながら街へ駈け込んで来たその時から全てが始まった。
助けを求める若者に、街の北門を守る衛兵は何があったのかを問いただした。一体その怪我はどうしたのか、四人で出かけたはずだが残りの三人はどこにいるのか。そう聞かれた若者は気が動転している様子で衛兵に喚き散らす。
「いいからっ!!早くっ!!開けてくれって言ってるだろ!!早くっ!!」
「だからっ!落ち着け!一体何があったのかを聞いているんだ!お前たちは四人で出て行っただろう!?どうして一人なんだ!?」
「いいから開けろっ!!」
と、
「―――おい」
「だぁからっ!!」
「おいっ!!」
もう一人の衛兵が何かに気づいたのか、大きな声で叫ぶ。怒鳴り合っていた二人は隣にいるもう一人の衛兵を見ると、その衛兵が震えているのが分かった。
その衛兵は震える腕を持ち上げ、若者が来た方角を指さした。
その指の先を、若者と衛兵は恐る恐る追っていく。
「―――え?」
若者に怒鳴っていた衛兵は理解が追い付かずに呆けている。
指さした衛兵は震えたまま、口の開閉を繰り返している。
若者は腰を抜かして門の方へ這いずっていく。
三人の視線の先。
赤口の悪魔と呼ばれる群れが、こちらに向かって来ていた。
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