第2話 覚悟
地面に落ちた枯れ葉や細い枝を踏みしめる音が一歩進む毎に周囲に響く。そのためアレックスは音を聞きつけた肉食の動物に突然襲われたりしないよう、周囲に気を配っていた。
すると、「痛っ!」と後方から可愛らしい声が聞こえた。
「大丈夫かい?少し休もうか?」
アレックスは後ろを振り向き、赤毛の同行者に心配の声を掛ける。
「だいじょうぶよっ!わたしだって、ずーっとあの村で暮らしてたんだからこれくらい平気!でも心配してくれて嬉しい!」」
そう元気に答えるミラの姿があった。
結局、アレックスはミラを休ませることにした。本人は大丈夫だと言い張ってはいるが、足場の悪い森を長時間歩いてきたのだ。普段から森で狩りをしていたのなら兎も角、村での家事が主な役割だった彼女には酷というものだろう。
アレックスが一人であれば気にはしないが今回はミラもいるため、襲われる可能性を極力減らす必要があった。そのため大きな岩が密集している場所まで移動し、数人が軽く入れる程度の隙間を探しそこで一夜を明かすことにした
アレックスがミラの靴を脱がせ足の具合を確認していると、なぜか艶めかしい声が聞こえてくる。
「……ミラ?」
「ふっ、ぅう……なに?」
「いや、何でも無いよ」
若干トロンとした表情でこちらを見るミラに何かを言おうとしたが、口に出さずに飲み込んだアレックスは、足の治療に専念することにした。
日が完全に落ち、月明りもほとんど無く、周囲は数メル先も見えないほど暗くなっていた。そんな暗闇の中、燃えている枝の弾ける音や火の暖かさが心地よかったのか、ミラはぐっすりと寝入っていた。
アレックスは火が消えないように時折、火の中に木の枝を放り込みながらあの時の事を考えていた。
――――二日前の夜。
「……ガーデン、か」
「うん、どうなったかは貴方も知っているはず。だから一人でも多くの力が必要なんだ。特に、隊長である貴方のね」
隊長。アニムスガーデンの中でも七人しかいない精鋭中の精鋭。彼女はアレックスに対しそう言った。
「てっきり、死んだことになっているものだと思っていたけれど」
「数日前まで僕もその可能性が高いと、そう思ってた」
「数日前……まさか―――」
「正解。あんな大きさのものを普通の人が倒せるとは思えないよ。精霊の力を使えるならできないことも無いけど、あんなに綺麗に形が残るように倒すのは無理だと思う」
アレックスはやはりそうかと溜め息をついた。
「それにしても、レイラ。君だって隊長なのに動き回っていて大丈夫なのかい?」
「うん。僕の力は知ってるでしょ?」
「……そうだったね。闇は君の領分だ」
「それを知っててわざわざこんな綺麗で暗い夜に会ってくれるなんて、ひょっとして僕の事好き?」
「前々から君のその能力を使った移動手段はいいなと思っていたんだ」
「ふふっ、もっと羨ましがって?」
一部聞こえなかった振りをしつつ、アレックスはレイラとの会話を楽しむ。
楽しくてもっと話をしたい欲求に駆られたが、レイラは本題に入ることにした。
「まず確認になるけど、彼によってガーデンは壊滅。それはわかってるね?」
アレックスは一言添えて頷くと、彼女に先を促した。
「七人の隊長の内、生き残ったのは第二・第六・第七の三人だった」
その言葉にアレックスの指先が僅かに揺れる。
でも、と彼女は少し目を伏せ話を続ける。
「努力はしたの。第二はいまだ昏睡状態。そして、余りにも傷が深かった第七は十日前に……」
「…………」
―――無言の時が流れる。お互いに様々な想いがあるのだろう。
しばらくの沈黙の後、アレックスが口を開いた。
「……君は、今は何を?」
「今はできる限り立て直しをしてる。今のままでは前へ進めないから。なぜ、どうして、そんなことばかりを皆が考えてる。そんな状態では何もできない。彼をどうにかする以前の問題……!」
「……レイラ」
普段感情をそこまで表情に出さない彼女が、はっきりと悔しさを滲ませている様にアレックスは沈痛な面持ちで彼女の名を呟く。
「ねぇアレックス、お願い。ガーデンに戻って来て。今のガーデンにとって、貴方の存在がどれだけ大きいか、貴方自身が一番良く分かってるはず」
彼女の懇願にも近い言葉に、アレックスは何も言わず木々の隙間から見える月を見上げた。
レイラはじっとアレックスを見つめ、返事を待っている。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。数秒かもしれないし、数時間かもしれない。時間の感覚がわからなくなるほどに、レイラはの心は不安でぐちゃぐちゃになっていた。
ここ数か月、レイラは唯一まとも動くことができる隊長であったため、自分の部隊だけでなく他の隊の者たちにも指示を出してきた。
それだけでなく、自ら率先して動き回り、少しでも早くガーデンを立て直そうと奮闘してきた。
隊長としての役割をたった一人で。
そんな彼女の立場だからこそ弱音を吐くことは許されなかった。それをしてしまえば、本当にガーデンは消えてしまう気がしたからだ。
そして、そんな厳しい立場にある彼女にさらに追い打ちをかける出来事があった。かつては毎日のように軽口を叩きながらも、なんだかんだでお互いを認め合っていた大切な仲間。
第七精霊軍隊長である、ソフィア・アンプレクサスが息を引き取ったのである。
限界だった。
元々隊長の中では戦闘能力も精神力も強い方ではない彼女は壊れかけていた。
心は悲鳴を上げ、泣き叫んでいた。救いを求めて手を伸ばしても掴んでくれる仲間はいない。
それでも僅かな希望を求め、少しでも時間があれば自ら探し求めた。
藁にも縋る思いで、アレックスを。
不安に押しつぶされそうなレイラは、思わず声を掛けた。
「ねぇ、アレッ『行くよ』クス」
だが、そんな彼女の言葉に被せるようにアレックスは言った。
「行くよ、レイラ」
「―――本当に?」
レイラの声は微かに震えていた。
「私も知りたい。なぜ彼があんなことをしたのか―――。今何をしているのかわからないけれど、このまま何もしないということはないだろう……それに―――」
「それに?」
月を見上げていたアレックスはレイラに顔を向けると、いつもの優しい顔で微笑んだ。
「それに、君がこれ以上傷つくのを放って置くわけにはいかないからね」
「―――!!」
月明かりがふと彼女を照らす。
照らされた彼女の瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。
溺れかけていた。
どれだけ叫んでも誰にも聞こえることはなかった。
けれど、その手を強く握りしめてくれた。
その叫びは聞こえているぞと、答えてくれた。
レイラの壊れかけていた心に、温かい火が灯った。
涙を流していた彼女は、はっとした様子で思わずアレックスに背を向けた。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られるのが恥ずかしかったからだ。
そして、背を向けたまま彼女は少し上ずった声で言った。
「―――じゃ、じゃあ僕はガーデンに帰るよっ!まだやることは沢山あるんだからっ」
そうしてそのままぎこちない動きで立ち去ろうとした彼女は、ふと動きを止め振り返る。
「ありがとう、アレックス」
そう言って彼女は今度こそ姿を消した。
振り返った時の彼女の顔は、思わず見惚れるほど美しかった。
――――木の枝が弾ける音が耳に入る。
我に返ったアレックスは視線で軽く周囲を確認した後、隣で寝ているミラを見た。
「……ふにゅぅ……アレ……クしゅぅ」
どんな夢を見ているのか―――。
とても幸せそうな顔で眠っているミラの目に掛かっている前髪を軽くかき分け、そっと頬を撫でる。
アレックスは想う。ミラも、レイラも、幸せになって欲しいと。だからこそ、覚悟を決めねばならない。
―――――。
「そうだね……。もしかしたら、君の力を借りる時は、近いのかもしれない―――」
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