第18話 吸血鬼

「さて、無駄話は置いといて本題に入ろうか」

 

 それを聞いて、彼女は改まって姿勢を伸ばす。


「そんなに緊張しなくても今日は初歩の初歩だ。先ずはこれからだな」


 レンは分厚い書物を引っ張り出す。


「これには、吸血鬼の特徴が書いてある。吸血鬼が如何にして誕生し、如何にして人間の血を啜り、如何にして人間が吸血鬼を倒すのか。ほら、ここなんか面白いぞ。なぜ、吸血鬼化すると瞳や髪の色が変化するのか。いやでも、やっぱり吸血鬼の弱点を覚えるのが最優先か」

「弱点って心臓以外もあるんですか?」

「やはり、有名なのは心臓を潰す事だな。だが、どうして心臓が弱点かを考えた事はあるか?」


 エラは首を横に振る。


「簡単に言えば、魂が心臓に深く結びついているからだ。例えば、人間は肉体が限界を迎えると同時に魂が肉体を離れる。それは、人間にとって魂と肉体が結びついているからだ。一方、吸血鬼は手足を失っても再生できるが故に魂と肉体の結びつきが弱い、代わりに心臓と人間の比にならないくらい強く結びついている。だから、人間は肉体の一部—例えば、心臓を失っても他者のものを移植する事が出来るが、吸血鬼にとって心臓を失う事は魂を失う事。加えて、心臓は『唯一再生されない臓器』であり、心臓を潰す事が致命傷になる」

「分かった様な、分からない様な。それにしても魂とはまた眉唾ですね」

「確かに目には見えないな。だが、魔術ってのは魂に刻まれた魔術回路を用いる。今後、魔術を使うなら知っておかなければならない」


 加えて、とレンは続ける。


「この魂と魔術回路の関係は吸血鬼のもう一つの弱点につながる」

「もう一つ?」

「あぁ、さっきお前は心臓以外に弱点があるのかと聞いたな。他にも弱点はいくつかある。一つは、日光に晒されれば灰になるという単純な事。最も、高位の吸血鬼になればなる程、耐性があるからあまりあてにならないんだがな。重要なのはもう一つの弱点だ。単刀直入に言えば、吸血鬼は単一の魔術しか使えない」

「そうなんですか?」


 初耳だ、という顔だ。


「そもそも、吸血鬼がどうやって数を増やすかは分かるな?」

「血を吸われて人間がその吸血鬼の眷属にされたら?」

「その通りだ。そして、人間が吸血鬼へと変化する際に身体が最適化される」


 最適化という言葉にエラは首を傾げた。


「吸血鬼の再生という不死性が肉体を常に健康な状態に保ち続ける。だから、吸血鬼は病気や怪我とは無縁の存在だ。だが、それが新たな弱点を生んでしまう。例えば、人間は前と違う魔術を使おうとするならば、魔術回路を使いたい術式に呼応する様に変化させ、そこに魔力を流し込んで任意の魔術を発現させるよな? だが、吸血鬼の身体はこの変化を許さない。吸血鬼になる前、人間時代の頃に最も得意であった術式の為の魔術回路が最適と認識されるから、この回路から変化させる事はできない。だから、吸血鬼は一種類の魔術しか使えない」


 そこまで言うと、レンのシャツの下から出てきた数枚の式神に高い位置の本棚から何冊か取らせた。


「人間が吸血鬼に勝つならば、そこにこそ勝機がある。吸血鬼の使う事のできる魔術を見極め、それに有効的な魔術で応戦する、そんな臨機応変さが戦場では求められる。その為にも、より多くの魔術を知り、覚えなくてはならない」

「今のその紙を飛ばしたのも魔術ですか?」

「あぁ、これは使役魔術のかなり亜種だ。使いこなせれば強いが、一度に複数も操るにはなかなかの集中力がいる。だが、こんなものよりお前はもっと基礎的な魔術からだ。他には—」


 そう言って、また何冊も式神に取りに行かせた。


「魔術を効率的に使う為には数学の勉強を、多くの魔術が知れるように外国語の勉強を。魔術は知識の上に成り立っている。より効率よく魔術を駆使するならばどれも必須の科目だ」

「これ全部やるんですか?」


 少しげんなりした顔でレンを見上げる。


「こんなもんじゃない。ここにある本の半分ぐらいは見なくても言えるようにならないと」


 エラはもう一度、塔全体を眺め、卒倒しそうになった。

 その様子を見て、レンはほんの少しの笑みを浮かべる。


「まぁ、焦る事はない。地道にコツコツとだ」


 その言葉に彼女は小さく頷いた。


「あれは?」


 彼女は塔に置かれた勉強机の上に広げたままの本を指差した。そこには、魔術による物質創造とそれにおける人工魔術回路の可能性という一文が目に留まる。


「あ、あぁ、あれは前に俺が調べていた魔術だ。高等魔術の上、今は使い手もいない。お前には学ぶ必要のない魔術だ」


 彼がそう答えた時だった。城全体にがなり声が響いた。


「おーい、レーンー、いーるーかー?」


 彼は目を瞑って、頭を抱えた。その声で誰が訪れてきたのか瞬時に分かったからだ。

 一方、突如とした大声にエラはビクっと肩を震わせた。それから、怪訝そうな顔色を浮かべる。


「誰が来たんです? ここには認識阻害の結界が貼られているんじゃ?」

「あぁ、ばっちりかかっているよ。……だが、俺とお前と師匠以外にもう一人だけ結界の対象じゃない奴がいる」


 金髪と翡翠の眼の吸血鬼の顔を思い出して、気怠げに息を吐いた。


「ナハトという男だ」

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