第4話 十字架と三日月
破壊音が轟き、正体不明の飛翔体が爆発的な速度で目の前をよぎる。方向からしてバーの入り口から何かが飛んできた。
だが、かなり年季の入った建物だということもあって衝撃で砂埃が大量に舞って視界が奪われていた。
レンは床に崩れている日本刀の中から質素な方を選び、即座に腰に構えて居合の体勢を取った。隣でクレイモアを鞘から抜く金属音が聞こえたことから察すれば、ナハトも大方同じ様な行動を取っているだろう。二人はそのまま砂埃が引くのを待った。
しかしその間、攻撃は飛んで来なかった。代わりに馬鹿でかい声が響いた。
「随分と時化た店だな。思わず景気付けにドアを蹴り破っちまったじゃねぇか」
声は野太く男性の者と思われる。砂塵も引いて視界がクリアになっていくと、どうやら入ってきたのは三人組の連中で、そのリーダー格が言葉を発したらしいと分かった。
男は茶髪混じりの金髪を掻き毟っていた。服装は安っぽいスーツで、さっきの衝撃で砂埃を被っている事もあるが、何より皺まみれで乱雑な印象を受ける。服に疎いというより興味がないという感じだ。
レンもナハトも剣を構えたまま動じなかった。レンは唐突な来訪者から目を離さず、重心を低く保つ。鞘を握る。
そこで相手もレン達の姿が確認できたのか眉を寄せた。
「おっと、こんな店に客なんていたのか」
そこで、男はレン達が武器を構えているのに気づき、少し苛立った様子で言葉を紡いだ。
「悪いが、今からここは貸切だ」
「俺達の方が先だったんでね。予約はしてあるのか?」
レンは挑発的に言葉を返した。
「そんな物必要か?」
リーダー格の男は懐から拳銃を取り出した。時代錯誤のリボルバー式だ。男は片手で撃鉄を下ろすと、標準をレンに合わした。
対して、レンは銃口に注意を配り射線を予測する。心臓にさえ当たらなければ鉛玉など脅威でもなんでもない。無理矢理に斬り伏せようとレンは抜刀しようとした。が、止めた。
「お前ら、ルーチェの連中か」
先程までは砂塵に隠れて分からなかったが、男のスーツの襟には白い十字架と金色の三日月の紋章が刺繍されていた。ルーチェのシンボルマークだ。
レンは静かに刀から手を離し、居合の姿勢を解いた。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした? まさか怖気付いたのか?」
男がいやらしい笑みを浮かべる。
「そうだよな。ルーチェは怖いもんな。気まぐれでこいつが火を吹く前にさっさと帰りな」
虎の威を借りた狐どもはここぞとばかりにレンを煽り立てた。
正直、煽られたことはどうでもよかったが、モーントの店を破壊し、汚したことにはそれなりに頭に来ていた。だが、今、ルーチェの連中と問題を起こすわけにはいかない。『腕』がルーチェの宴に運ばれる以上、正面切っての争いは避けるべきだ。
レンは殺気立った気持ちをどうにか押さえつけた。胸で暴れる殺意を仕舞う。
そして、彼らの要望通りここは一旦大人しく帰ろうかと、ナハトを呼びつけて帰宅の準備を始めようとした。その時だった。
「あっ」
どこか拍子抜けした声をあげたのはモーントだ。その声は馬鹿みたいに間抜けな声だった。そのままモーントは一点を見つめたまま固まる。
レンとナハトは自然とモーントの視線の先を追いかけていた。
そこにあったのは吹き飛ばされて粉々になった木製のドア。その衝撃波で地面に落下し砕けたボトル。そして、結果出来上がったワインの水たまり。
気づけば、湿っぽいバーに酸味がかったワインの匂いが充満していた。それに、後を引くよう甘い匂いが付随する。
それらを見て、真っ先に行動したのはナハトだった。
上段の構えから首元への横一閃。流れるようなその所作は簡単に鉛の残像の尾を引く。その刃が首を捉える前に、レンは鞘に納刀したままの刀で止めた。
腕に衝撃が響く。その後を痺れたような痛みが襲った。酔っているとはいえ、ナハトの一撃は吸血鬼の首一つ飛ばすのには十分な強さを秘めている。
「なぜ止める? レン」
ナハトのクレイモアの強さは徐々に増し、とうとう剣先が男の首に触れた。
今までナハトの気迫に呆けていた男は、首に感じた鉄の宿す冷たさで、我に返った。
「テメェ、何しやがる!」
男はレンに向けていた拳銃の銃口をナハトに向け直した。だが、男が引き金を引く前にレンがナハトの鳩尾を蹴り飛ばしていた。その光景にまたも男は呆けてしまう。
ナハトはその蹴りくの字に折れ曲がると、音を立てて地を滑っていく。横たわったナハトはレンを睨みつけ、地に血反吐を吐いた。
それでも尚、剣を振るおうとするナハトの右腕をレンは踏みつけた。
捥がくナハトだったが、しゃがみ込んだレンが僅かに抜いた鍔際を喉元に押し当てた事で少し大人しくなった。
「まぁお前が怒るのもわかるがな」
レンの口調は柔らかい。だが、刀を押し当てられたナハトの喉元からは次第に血が溢れる。
「酒一つ飲みっぱぐれたぐらいで殺気立ってんじゃねぇよ」
レンがナハトの耳元で囁いた。
「ここでルーチェと面倒を起こしてみろ。もし、第五に俺がこの地にいる事が知れたら確実に腕の話は無くなる。長年の俺の悲願を、今、お前が壊すなら」
眼圧で人を射殺せそうな程に血走った、ただでさえ紅い右のまなこを鮮血よりも赤く染めて、言葉を放つ。
「あいつらの前に先ずお前を殺すぞ」
恫喝するレンにナハトは怖がらなかった。ただ、少しため息をついた。
「分かったよ。分かったから退いてくれ。重いよ」
「分かってくれたならいい」
レンは押さえつけていた右腕を解放した。立ち上がったナハトは右の軍服の埃を手で払った。それから首の切り傷を指でなぞった。
「非道い事するなぁ」
ナハトから殺気が収まったのを確認すると、レンはコートに手を伸ばした。そして、そこから一つの麻袋を取り出しモーントへ放る。
「酒代だ」
その麻袋には金貨が溢れんばかりに仕舞われていた。それは、レンが師匠から受け継いだ遺産のごく一部だ。金に興味のない彼は顎でそれをモーントへ指す。全部くれてるという意思表示だ。
対し、唐突な大金にモーントは目を丸くした。暫時経ってから、ふと我に帰るとぶんぶんと首を横に振った。
「いえいえ、あのワインは差し上げると言った筈です。こんな物受け取れません」
「あのワイン以外にもいろいろ飲んだろう。それと、店の修理代だ」
「修理代なんてそんな。それに、それらを含んでも貰いすぎでは?」
「なら今度来た時に釣りを返してくれ」
レンは話しながら床に崩れていた華美な方の刀をもう一本腰に差した。
「帰るぞ」
踵を返し、扉を失った入り口に向かった。ナハトもクレイモアを鞘に収めてレンに続く。
だが、その時、レンは唐突に右肩に違和感を覚えた。肉を裂かれる独特の感触と極めて鋭い痛み。
左手で咄嗟に肩口を抑えた。尚も指の間から流れ落ちる血液はレンの纏ったシャツを赤く染め上げた。
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