051 悠川未散 2

 チョロい女だなーと思います、あたしは。自分でも。


 だって、あんな些細なことで、たった一度の気遣いで、こんなボンクラ先輩を好きになっちまうんですから。ありえんっしょ。中学女子ってさ、もっとこうドラマティックな……たとえばなんだろう、足を挫いたところにビジュヤバ先輩が颯爽と現れてお姫様抱っこされてキュンする的な、少女漫画的ロマンスに憧れるもんでしょ。だのに、どうして……どうしてあたしの恋心は、矢端やばたくんから岡崎おかざき先輩に乗り替わってしまったんだろう。ほんとうに不思議。


 不思議だし、てか奇妙だし、だからバレたくなくかった。

 岡崎先輩に、あたしの気持ちがバレたくなかった。


「ねぇ、聞いてくださいよ。今日もヤバかったんですよぉ!」


 そうして、あたしは先輩の前では必死に、


「……また、矢端くん?」

「そうです。そうに決まってるじゃないですかあ! 矢端くんね、今日、髪型変えてきたんす! いつもはね、前髪を右に流しているんすけど、なんと! 今日は! 左に!」


 別の男子が好きな自分を演じて、


「……そんなことに気づくなんて、よほど矢端くんのことを見てるんだね」

「もちですよぉ! 見てます。毎秒見てます。こんだけ見てるんですから、もはや研究の域ですよね。来年の夏休みは、矢端くんの髪の毛の成長速度、とかを自由研究しちゃおっかなぁ!」

「やるならアサガオとかにしとけ。さすがにキショすぎるから」


 岡崎先輩との距離を一定に保つ努力をしていた。


 それが正解だと信じていた。だって、先輩はあたしの気持ちに絶対に気づかないから。なぜだか確信があった。だから好意的な振る舞いをして気を引くのはやめようって思った。もしもアプローチしかけて、それで延々気づかれなかったら、傷つくのはあたしじゃん?


 あたしには、週に一度の放送当番がある。そこで先輩と、密室で、思う存分会話ができる。

 なら、変に勝負をしかけるよりも、確実に手に入るこの幸せを堪能するべきだ。そう思った。


 今日だって、そのつもりで先輩といつも通りの会話をしていた。その最中のことだ。


「そんな好きならさ、蒼鳥祭せいちょうさいとか誘ってみればいいじゃん」

 

 先輩が、そんな提案をした。


「え?」

「いや。え、じゃなくて。僕にしては結構よさげなアドバイスをしたつもりなんだけど。蒼鳥祭、来週だろ? アプローチかけるにはもってこいのタイミングじゃん」

「あー……たしかに」


 季節は秋。秋といえば、文化祭。

 その本番が来週に迫っていた。そういえば。


   ***


 蒼鳥祭。あたしたちの中学の文化祭の名前だ。


 文化祭といっても、そんなに規模は大きくない。模擬店なんかは出ないし、体育館で個人によるパフォーマンスとかも特にないし、強いていえばクラスごとに教室展示があるくらい。


 蒼鳥祭は土日の二日間にわたって行われる。始まってしまえばほとんどフリータイムで、さあさあ皆さん好きな時間に好きな教室展示に足を運んでテキトーに時間をつぶしてください、の感じだ。一応、保護者とか地域住民とかがちらほら来るらしい。なのでまあ、言ってしまえば、豪華拡大版保護者参観。その程度のイベントだ。

 

 それでも生徒によっては、この豪華拡大版保護者参観を一世一代の大イベントと捉え、骨の髄まで遊びつくしてやるぜぇ、な感じではりきって挑む気概がある者もいるらしい。元気なこった。


 岡崎先輩が言った「誘ってみればいいじゃん」はまさに、その手の提案。

 せっかく学校公認のキャッキャウフフなフリータイムが設けられるわけなんだし、意中のあの子と過ごしてみるのはいかがですかね、的な話だ。


 それはね、そう。いいとおもう。そうしたいところだ。……けど、


「あたしが本当に好きなのは矢端くんじゃないし~~~~~~!」


 自業自得ではあるんですが、あたしは先輩の言葉に少々食らっていた。


「……ミチ、ここ教室」

「ヘッ!?」


 あやめの声で、あたしはハッとした。

 どうやら、心の声が漏れていたらしい。なんと放課後の教室内に。


 顔を上げる。校則違反ギリギリなオシャレなウルフカットに、少し吊り上がった目がチャームポイントな彼女──あやめと目があった。


 祭間まつりまあやめ。彼女は、あたしの心の友だ。


 彼女とは小学校が別だったのだけど、中学に入って同じクラスになりすぐさま意気投合した。きっかけはなんだったっけ? 推しのアイドルの話とかだった気がする。それとも好きなアニメ? 覚えていない。あやめとはいろんな話をし過ぎたし、どんな話題でも盛り上がったから、細かいことはあんまり。


 とにかく肝要なのは、あたしがあやめのことをケッコー尊敬しているってこと。


「で? で?」

 と、あやめがニヤつきながら頬杖した。

「好きな子がいるんだ? アンタ」


「うぐっ……なぜそれを……」

「……。自白した自覚が無いの、ヤバだね」


 あやめの尊敬ポイントその一。他人の機微に敏感であること。特に、あたしの失言とか絶対聞き逃してくれない。


「まあ……そりゃ、いるでしょ。華の女子中学生だし、あたし」

「あっはっは。自分で言うかね、華の、とか」


 尊敬ポイントその二。笑い方が爽快。特に、あたしを小馬鹿にするときの笑い方ったら豪快で潔い。


「でも知らなかったなー。言って欲しかったなー、もっと早く」

「うぬぬ……」

「でも今ならまだ間に合うよ? ほら、教えなさいよ。ほら、ほーら」

「……言えない。言いたくない」

「じゃあ、ヒント。それか、その人と最近どんな話をしたか、とか」


 このモードに入ると、あやめは絶対あたしを逃がしてくれない。もう観念するしかない。


 あたしは、さっそく今日の昼休みに岡崎先輩に言われたことを話した。名前は伏せて。委員会が一緒とかも伏せて。出した情報としては、先輩であること、ぐらいだ。とにかくできるだけ具体的な情報をボカして、あやめに伝えた。


 するとあやめは、大きくため息をついた。


「はぁ~。ないわー、ソイツ。なにが『矢端を誘えばいいじゃん』だよ。ミチはお前のことが好きなんじゃい! 気づけやアホ! って感じだわ。なんか無性に腹立ってきたな」

「違う、違うの。あやめ」

「なにがよ」

「この件はかなりあたしに非があるといいますか……あのね、だって、好きだってバレたくなくてけっこー頑張って隠してるから……」

「だとしてもよ。仲はいいんだろ? だったら、『もしかして自分のこと好きかも?』的な妄想ぐらいしろや、って話なんだわ。中学生にもなって、そーゆーこと一切考えないのは、デリカシー不足ってやつですよ。ミチのこと女子として見てないってことじゃん」


 うぐっ。その言葉はワシに効く。


「あー、ムカつく。ちょっとソイツのこと、ウチに紹介してくれない? 殴りに行くので」

「やめて、やめて」


 そして、あやめの尊敬ポイントその三。


「だってさ……ウチの可愛いミチの魅力に気づかないやつは全員死刑でいいじゃん?」


 あたしのことを、心の底から好きでいていくれる。

 だからあたしも、あやめが大好きだ。


 とそこで、あやめが何かを思いついたように、


「そうだっ!」


 と声を出した。そのあとで、なにやらスクールバッグを漁り出した。


「ちょうどいいもの、あんじゃん。……これ」


 そして彼女は、小さな三つの鈴を取り出した。

 それには見覚えがあった。というか、あたしも持ってる。あたしもというか、同級生全員がというか。


 その小さな鈴は、蒼鳥祭実行委員から、あたしの学年全員に配られたものだった。


 名を、「ともだちの鈴」という。

 あやめが右手で鈴のストラップ部分をつまみ、小さく揺らした。りん、と鈴の音が鳴る。


「これ、ソイツと交換してもらおうよ」

「交換……? なんで」

「アンタ、もしかして聞いてなかったの? この鈴の使い方、学祭実行委員が説明してくれたじゃん」

「そうだっけ? ……たしかに、なんでこんなものくれたんだろう、とは思ってたけど」

「アホだねぇ。間抜けだねえ」


 学祭実行委員からの説明を聞き流してしまったあたしに、あやめが改めて説明をしはじめた。


「あのね。この鈴は『蒼鳥祭』中に生徒同士で活発な交流ができるように、って意味合いで配られたんだよ。開催期間中に知り合った人と鈴を交換し合うことで、まあ友情を深めてください的な? そういうアイテムなわけ」

「あー。そうだったんだ」

「それにこれ、学年ごとに色が違って、ウチら二年は赤色なんだけど、一年は黄色で、三年はらしいのね」

「へー。知らなかった」

「なんも知らないな、アンタ」

「なんも知らないよ。たしか説明中寝てたし」


 また、あやめが溜息をついた。


「とにかく、そういうわけなの。三つ配られたのも、学年の垣根を超えた交流をして鈴を交換し合って、全色集めてくださいね、っていう理由らしいんだわ」


 そこであたしは、やっと話の筋が見えた。


「つまり、これを先輩と交換すれば? ってこと」

「うん。そゆこと」


 なるほどねえ。まあいいんじゃない、と思った。

 それぐらいのタスクならあたしにもこなせるし、たぶん岡崎先輩なら簡単に交換してくれるだろうし。


 でも、と疑問が湧く。それがいったい、あたしの恋心とどう関係があるのだろう。


「ははっ。その反応、さてはミチ、知らないな?」


 あやめが唐突に笑った。どこにオモシロポイントがあったのだろう。

 あたしが首を傾げたあとで、あやめが言葉を継ぐ。


「噂のこと」

「噂?」


 あやめが、大きく肯く。


「実はね、この鈴さ。ちょーっとした願懸けの意味合いもあるんだわ」 

 

 そして、


「どうやらね。この鈴を交換した男女は、恋愛的に良い感じになれるらしいよ」


 女子中学生の妄想みたいなことを、目の前の女子中学生は、恥ずかしげもなく言った。

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