049「ただの先輩後輩です」「本当にそれだけか?」
自宅の勉強机の引き出し。その中に何を入れているかによって、人間の価値は決まる。バイ、ヨーヘイ・オカザキ。なんて格言めいたテキトー文言を頭に浮かべながら、僕は引き出しを開けた。
その場所の用途は人それぞれだろう。勉強道具を入れる者、ゲームソフトやらトレカやらを入れる者、
で、僕の場合はというと。
「うん。いちど整理整頓が必要かもしれん」
文房具やら映画の半チケやら小説やらゲームソフトやらがパンパンに詰め込まれた光景が目に飛び込んできた。……ま、そういうことですわ。机の引き出し、そこは僕にとって「なんでもかんでもぶちこむ場所」だった。
己のズボラさが悲しいね。
某メガネ少年的には猫型ロボットの出入り口と化しているその場所の奥に手を突っ込む。すると中から、スマホの充電ケーブルやカーテンを束ねる布や、小銭で四百二十七円、あとトランプのジョーカーだけが十枚くらい出てきた。すげ、まじでなんでもでてくるじゃん。引出しごと四次元ポケットじゃん。
なんて余計なことを考えながらそれを探すこと三分ぐらい。ようやくお目当ての物を見つけ出した。
「あった……」
そして僕はそれを左手の平に乗せて、あの日のことを思い出す。
***
びちこ捜索作戦(仮)、三日目。
一昨日は
それを踏まえての今日。僕と峰岸は、放課後、駅前の喫茶店にいた。
「ここまでは上々。問題はここからだ」と峰岸は言う。「お前が出したあのアイデアは、なるほどたしかに一考の余地がある。学祭に赴いて彼女を探す、悪くないだろう。しかし、大きな問題が立ちはだかる。なんとだな、ウチの学祭と常磐北の学祭、日程がもろ被りなんだ」
峰岸は今日も名探偵だった。調査を怠らず、しっかり有益な情報を持ち込んでくれる。
……いや冷静に、ガチで有能だな。本気で探偵が転職なんじゃなかろうか。
「どうした? ボーっとして。俺のしごできっぷりに恐れをなしたか?」
その通りだが、その通りですと言いたくなかった。調子に乗られるとムカつくし。
そんな時には、これまで峰岸が晒してきた醜態の数々を思い出すのが吉だ。するとこいつに対するリスペクトの気持ちがみるみる霧散していく。ちょうど昨日も最悪のナンパ野郎に成り果てていたしな。あれはかなりの醜態だった。思い出すだけで共感性羞恥が働く。身体中が痒くなるぜ!
……よし。尊敬の念、リセット完了。
「日程が被っているってことは、十月第一週の土日か」
「ああ。三週間後だな」
峰岸は頷いて、アイスコーヒーを一口飲んでから続ける。
「とにかく、そういうことだ。お前も俺も、模擬店のシフトやらなんやらで当日は忙しいだろう」
「僕は忙しくないけど。お前と違って彼女もいないし」
「いいや、なんてったって学祭なんだ。全身全霊で楽しむ、っつう用事があるだろ。少なくとも初日は忙しくなる」
「ううん。僕は忙しくない」
「
「たったいま、忙しくなった」
なんだこいつ。自分が暇だからかまってほしいだけじゃん。かわいいかよ。
まあ、でも。現実的に考えて、日程が被っているなら潜入は難しいだろう。無理にサボることもできるが、いずれにせよ決行日まで三週間もあるとなれば、他にできることをしておいた方がいい。
常磐北潜入作戦はプランBとして、いますぐにでも実行できるプランAを。
で、だ。そのプランAとやらだが……実を言えば、もうすでに行動に移していた。
「なあ、
僕は肯き返して、カフェオレを飲んだ。
「僕は全然……てか、お前が言ったんだろ。目の前のチャンスを逃すやつがあるか、って」
「ちげーよ。お前の心配なんざしてねえ」
「じゃあ、なんだよ」
「俺が心配してんのは相手方だよ。なんていうか、俺が言いたいのは」
峰岸は斜め上を向いて頭を掻き、んー、と唸って、かと思えばまっすぐ僕に向き直って、
「俺たちが巻き込もうとしているあの子とお前の関係性的によ、失礼になんねーかって心配してんだよ」
言った、次の瞬間だった。
「お待たせしました」
「……ッス」
声がした方向へ、目線を上げる。そこに立っていたのは二人の女生徒。
ガバっ、と峰岸が立ち上がり、彼女らに会釈をした。
「ッ……あ~、どもども。いやー、昨日の今日で呼び出してごめんねェ! や、座って座って。あ、俺は峰岸
「ッス。あのいちおー言っとくっすけど、ウチ、アンタらのこと信用してないんで。でも、ミチとそこの……岡崎さん? が知り合いだっつーから、しかたなく……」
女生徒の片方、ウルフカットの子がそう言ってから、
「マツリマアヤメ。北高の一年」
名乗った。続けて、隣に立つ彼女が口を開く。
「あやめちゃん、学祭の祭に間で
祭間さんと悠川が、向かいの椅子に腰を下ろした。四人掛けのテーブルに男女二、二で座る様はまるでコンパみたいだな、と思ったけど口にはしないでおく。
そんな浮かれトンチキなことを考えている場合じゃないし。実際は違うし。
とはいえ、ほぼ初対面のメンツが一堂に会している状況はやはりそれっぽい。異質な空間、組み合わせ。
なぜこんなことになっているかといえば、まあ言ってしまえば僕のせいだった。
昨日。僕が、悠川未散にお願いをしたからだ。
びちこを見つけるため、常磐北の正門前で張り込んでいる最中、僕は悠川未散と再会した。そこでこの約束を取り付けたのだ。明日の放課後に相談したいことがあります──と。
言ってしまえば、これがプランA。すでに実行に移している作戦の内容だった。
「で。なんすか、相談って」
祭間さん、と名乗ったウルフカットの子が、強い語気で言う。
さて、どう切り出したものかな、としばしの思考。すると、隣で峰岸が、
「その前に」と、右手を前に出した。「ひとつ、確認しときたいことがある」
「? なんスか」
そのあとで峰岸は、僕と悠川を交互に見た。
「お二方は、どういう関係で?」
すかさず、悠川が口を開く。
「どういうって……さっき言った通り、ただの先輩後輩です。中学の」
「本当にそれだけか?」
「それだけですが……どうしてですか?」
「いや、なんつーか。……ええい、言っちまおう!」
その宣言に、嫌な予感がした。そして、その予感は、
「あんたら、付き合ってたのか!?」
秒で的中した。
空気が凍った。……なるほど、峰岸の懸念はこれか。
どうやら峰岸は、僕と悠川の「関係性」をなにやら特別なもんだと誤解しているらしい。確かに、仮にそうだとしたらこれはかなり失礼にあたる頼みごとだ。「僕が気になっている女の子」を一緒に探してくれませんか、なんて元恋人にお願いするなんて、デリカシーのカケラもない。
けど、ちょっと考えてみて欲しい。これは、昨日「僕から」「悠川に」直接取り付けた約束だ。以前に付き合っていた過去があったならそんなこと頼まないよ。さすがの僕でも。
凍り付いた空気をほぐしたのは、悠川の笑い声だった。
「あはっ……あははは」ひとしきり笑ってから、悠川は僕を見た。「先輩の友達、めちゃくちゃ面白い人ですね。違いますよ」
僕は峰岸に視線だけくれてやる。
「面白い人だってよ。よかったな」
「……バカにすんなよ、相棒。これ、笑われているってやつだ」
お。それに気づくとは、お前も心の機微が分かるようになってきたんだな。
「なんだろう。いま、お前も心のなかで俺をバカにしてるだろ?」
そこまで気づくか。やるじゃん。
「とにかく、そういうことだから」
僕の言葉に、悠川が続く。
「おなじ、放送委員会だったんです。放送当番とかよく被ってましたもんね?」
頷く。
「それに、岡崎先輩には付き合ってる彼女がいましたし」
「は?」「え?」
この疑問符は、峰岸と僕の物だった。つまり、僕も「え?」だったのだ。
だって、中学時代に付き合っていた子なんて……いなかったから。自分で言うのも悲しいけど。
「え?」次に疑問符を浮かべたのは、悠川だ。「いやでも、毎日のように女の子と一緒に帰ってたじゃないですか」
ああ、そういう。悠川の言う「彼女」が、
「悠川。それは誤解だよ。ただの幼馴染だ」
「え、そうだったんですか? めっちゃ誤解してました。なんだ、そうだったんだ……。でもまあ、違います。あたしだって、好きな子がいたし。ね? 先輩」
「ああ。よく相談に乗っていたな。懐かしい」
「ま、そういうことなんです。仲のいい先輩後輩、ってだけです。だから、変な気遣いとかやめてくださいね」
僕と悠川の言葉に納得したのか、峰岸は腕組みをして深呼吸した。
「……。わーった。なら、問題はねえ」
それから、腕組みを解いて、コーヒーを一口飲んだ。
なんつーか、峰岸に要らん気を回させていたらしいし、ちょっと悪かったな、と思う。けど、考えすぎなんだよお前は。考えすぎっていうか、妄想のしすぎっていうか。久々に再会した男女が皆ワケありなわけないだろ。
峰岸がコーヒーカップをテーブルに置く。そのあとで、身を乗り出して、
「実はな、ほぼ初対面でこんなことを頼むのも申し訳ないんだが……探して欲しい人がいるんだよ──」
そうして、峰岸は本題に入り始めた。僕はひとまず、話の舵取りを峰岸に任せた。昨日と違って変なキャラづくりとかしてないし、真面目な時のこいつは頼りになるし、心配はいらない、むしろ心強い。
彼が説明をしている最中、ふと視線が気になった。そちらを見れば、悠川と目が合った。
彼女はあの頃のままだ、と思った。変わったところと言えば、髪型ぐらいだろうか。中学時代はロングヘアだった。だから最初は気づかなかったのだ。でも改めて見れば、当時の面影がそこにある。
記憶が蘇る。いま思えば、あの頃の僕らって結構仲が良かったよな。学年も違うのに、彼女は踏み込んだ相談事とかを僕にしてくれて、僕も心を開いていたと思うし、その証拠に僕ら──互いに、唯一のものを与えあった。
引き出しの中で眠っていた、昨日の夜掘り出したそれに想いを馳せる。
記憶のなかで、りん──と鈴の音が鳴った。
***
僕が中学三年生だった頃のこと。二学期。
当時の僕は放送委員会に所属していて、週に一度、放送当番を任されていた。
毎週水曜日のお昼休み。僕は「昼放送」という委員会の仕事をするために、放送室に足を運んでいた。そこはラジオブースのような空間で、というかまさにイメージしたそのままで、完全な防音室かつ密室。だから、
「せんぱーい! うぃーーーーーっす!」
入室するなり豪快な挨拶をする悠川の声は、外に漏れない。
「おう。……今日も元気だな」
僕と同じ曜日の放送当番、いわば相方だったそいつは、いつだってハイテンションだった。長い黒髪をなびかせながら、全身でいかんなく快活っぷりを表現する、いわば彼女は──
「なんですか、元気ないですねぇ。もっとハイでいきましょーよぉ! DJオカザキ~! 放送界のミシシッピアカミミガメ~!」
「死ぬほどしっくりこない肩書をつけるなよ」
──僕にとって、雲ひとつない青空みたいなやつだった。
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