039「君の百倍、愛してる」「急なマウントやめて」
「残念?」
如月が吐いた言葉をオウム返しする。
残念。その真意を完全に図れず、僕は次の言葉を待った。
「うん」彼女はうなずいてから、言う。「二人に付き合ってほしい、って思ってた」
「それは……なんというか」
あまりに無責任でどうしようもない願いだ、と思ってしまった。
「アタシさ、陽平くんなら、楓のいい彼氏になると思ったんだよ。もっといえば、それを楓も望んでる、って信じて疑わなかった。アイツ、心の底ではそう思っているくせに、その気持ちに蓋をしているだけだって、決めつけてた」
「…………」
「そんなアイツを一番近くで見てるとさ、バカだなーって、見てて辛くなるの。分かる? 早く正直になれよアホ、とか言いたくなるの」
「でも、それって……」
「うん。そう。アタシの勘違いだったし、いや……アタシの勝手な期待、だったんだな」
「勝手な期待……。そう、だね」
それは、僕と楓の問題なのだ。如月がどう感じていようと、何を望もうと、「恋人同士にならない」と決断した事実を覆すことなんて出来ない。
バカみたいな仮定の話だが、如月がタイムリープでもして、あの瞬間に戻ることができたとしよう。それで彼女が彼女の願い通りになる結末を迎えようと僕らに働き掛けたとしても、絶対に、この決断は変わらない。
変えようがない。
さらに言えば、だ。
「如月さんは、残念だったのかもしれないけど」僕は、できる限り純度百パーセントの本音を口に出そうとした。「でも僕は、そう思ってないから」
し、出来た。
今の発言が、楓と迎えた結末に対する、僕の本心だ。
虚飾も虚栄も、入り込む余地はない。
「…………」
如月は難しい顔をして、視線を向かい側の校舎の外壁にぶつけたまま、考えをまとめようとしているのか、僕のセリフを咀嚼しようとしているのか、しばらく黙り込んだ。
そして、深いため息をして、もう一度して、その二回目の終わりで、
「そうだね。陽平くんが正しい」
と、彼女はベンチから立ち上がった。
「変なこと言ったね。悪い。ぜんぶ、忘れてよ」
如月の顔に、笑顔が戻る。
「忘れられないくらい、重たいお言葉でしたけど」
僕も笑顔を返す。ちょっとぎこちなかったかもしれない。
「思いってさ、『おもい』って読むじゃん? つまり、重たいって意味なんだよ」
「嘘雑学やめてもらっていい?」
僕のツッコミを完全に無視して、なんかさー、と如月がボヤくように口に出した。
「アタシ、駄々っ子みたいだね」
「そうかな」
「しかも、自分のことじゃないのに」
「それだけ、楓のこと、気にかけてたんでしょ」
「……見透かされるの、なんかハズいけど、そうね」
「そんだけ漏れ出てると、見透かされるとかいうレベルじゃない気がする。しかも、前、自分で言ってたじゃん。楓のことが好きなんだって」
「そうそう。君の百倍、楓のこと愛してる」
「急なマウントやめてもらっていいっすか」
ハハハ、と彼女がまた笑った。
「陽平くん、凄いな」
なにが、と返す。
「なんだろうな。あんま言葉に出来ないけど……ちゃんとしてるなあ、って。失恋してまだ日も浅いのに、完全に割り切れてるところとか」
割り切れている、ねえ。
それは分からないけど。
少なくとも、この結末に、納得はしている。
「なんか、見違えたね。陽平くん」
「そうか?」
「うん。きっと、夏休みに君を変えるキッカケがあったんだろうな」
「あ、ごめん。それはない」
即答した。
「マジで史上最悪の夏休みだったので。何もしないで、時間を浪費するだけの夏っした」
「何言ってんの、そんなわけないじゃん。あんだけの長期休みを何もしないで過ごす方がムズいでしょ」
それ、カーストトップの発想だぜ。と言いかけて飲み込む。
「まあ、夏っぽい場所に行かなくてもさ、例えば、ネトフリ見るとか、ゲームするとか。なんかそういうことぐらいはしたでしょ?」
「あ、そういうのだったらしてたけど。でも、アニメやゲームだけじゃ、何の変化もないだろ」
「バカだなあ。エンタメは最高の処方箋だし、至上の成長薬だよ」
とにかく、と如月は、深呼吸を挟んで、
「君が、いい夏を過ごせたみたいでよかった」
と、またもや勝手な解釈を残して、帰っていった。
***
夏が終わり、秋が来る。
二学期はとうに始まっていて、一学期のうちにピリオドを打ったことを振り返る暇もない。
峰岸やなずなが言うように、この季節にはいくつかのイベントがあるし、忙しくも楽しくもなるはずだ。
と、前を向けているのは、如月が言うように、いい夏を過ごせたからなのだろうか。
……いや、そんなわけないな。と、すぐさまかぶりを振った。
「こんな時間を持て余した夏、二度とごめんだよ」
自室。ベッドの上にあおむけになって、スマホをいじりながら、ひとりごちた。
その時、スマホが震えた。画面を見れば、「びちこ」の文字。
そうか。今日も、そんな時間か。
毎晩の恒例行事。びちことの通話。
いつの間にやら、その時間になっていたみたいだ。
三コール目で電話に出る。
耳元で、聞きなれた声が、「やっほ」と言った。
「元気? さくらん」
「おー。元気、元気。疎ましい夏休みも終わったし、超元気」
「にひひ。そりゃあ幸せの絶頂ってやつだね。絶頂」
「なんで絶頂だけ繰り返したんだよ」
それから、今夜も僕らは、他愛ない会話を交わした。
本当に、取るに足らない、些細なやりとり。
そんな時間が僕は好きだな、と思う。
「それでね──」
びちこが、今日の出来事を語りだす。
「なんというか、バカみたいな話だな──」
僕が、それにレスポンスを返す。
「けどさ。よくよく考えたら──」
話は弾む。
呼吸を合わせるよりも容易く、僕たちの会話は発展し、拡張し、行き先もないまま、進んでいく。
それが心地いい。
心地いいな。やっぱり。
そこで、ふと、思う。
『いい夏を過ごせたみたいでよかった』
如月のそのセリフに対して、僕はいくらでも反論が思いつく。好きな子にフラれた直後の夏休みなんて最悪だろ、とか。夏祭りも海も花火大会もいけなかった夏を「いい夏」とは決して呼べないだろう、とか。エンタメに時間を費やすなんて夏以外でもできることだろう、とか。
そういう反論がどんどんと心のうちに沸いて出てくる以上、実際、いい夏なんて過ごせなかったのだろう。悲しいが、これは覆しようもない事実だ。
けど、何ひとつとして素晴らしい出来事がなかった夏を乗り越えられたのは、ひとえに、毎晩、びちこが僕に話をしてくれたから。びちこが、僕の話を聞いてくれたから。そうじゃなかろうか。
なんてことを考えていたからか。いつも以上に言葉が口からするすると溢れ出していく。
なんだろう。もっと喋りたいことがあることに気が付いたし、もっと聞きたいことがあることにも気が付いたってことなのだろうか。つまるところ、可能な限り長く、びちことの会話を続けていたい、という感情が芽生えたということなのだろうか。
その「感情」って、言い換えれば、どういう名前になるのだろう。
「なあ、びちこ」
なに、さくらん。電話の向こうで、華奢な声が響く。
「前にさ、今からでも夏を始めよう、って話、したじゃん?」
「うん。……したね。さくらんには断られたけど」
「まあ……それは……。だって、約束が違う、って思ったから」
「だね。この広い街のどこかで、偶然三回会えたら、って約束だったもんね」
「そう。でも、」
どういう名前になるだろう。
だなんて、
「やっぱり、僕たちさ──」
バカみたいな自問だ。
「──会わない?」
言ってから、我に返る。
けれど、言ってしまった言葉はもう心の中へ戻ることはない。
ならば、続きを。
「偶然の再会、とかじゃなくて──
「3回会えたらシようよ私と」「あ、おう。は?」
第三章
〈そして芽吹きと秋の空〉編
──ちゃんと、会いたいんだ」
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