037「密室で男女三人、楽しいことしようぜ」 「たくさん声出しちゃうよぉ」
「夏休みぃ? ひと夏の青春だぁ? ばっかだなー、陽平。そんなもんに期待するほうがアホだろ」
「そうだよ、岡崎君。あくまで私たちは日陰者。孤独に、いーや、慎ましやかに、クーラーの効いた部屋でぽやーっと過ごす。それが夏休みの過ごし方ってもんでしょ」
「だからそんなに落ち込むことはない」
「そうだよ。たとえ、高校二年生の夏休みを無駄にしたからといって、悲しまなくていいの!」
夏休み明け。
峰岸となずなが、小麦色に染まった両腕を組みながら、言った。
「ありがとな、二人とも……」
友人からの励ましの言葉。結局、夏休みに何の思い出も残せなかった僕への言葉。
そんな優しさに満ち満ちた二人に対して、僕が何も感じないはずない。
「……ところで、二人は夏休み、どうしてた?」
「海とか夏休みとか花火大会、水族館。映画館にゲーセン、部屋デートに」「漫喫とか、図書館で勉強会、プール、カラオケ。動物園とか、晴喜くんのおばあちゃん家、おしゃれな喫茶店」「公園、オープンキャンパス、本屋、二回目の花火大会」
「そうか」
何も感じないはずない。
「憐れみなんていらねえんだよ、ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーか!!!」
***
二学期が始まった。
僕にとっては忌々しく、峰岸となずなにとっては天国のような夏が終わり、日常が戻ってきたわけだ。
とはいえ、夏休み前に、僕たちにはいくつかの変化があった。
楓と「正しい関係性を見つける」という約束をした僕。
なずなと付き合うことになった峰岸。
そういう変化。
だから、一言で「日常」といっても、一学期の頃とまったく同じってわけじゃない。時間の流れの中で、変わっていくことがあるのは当然だけれど、でもやはり元来「日陰者」だった僕ら、いろんな事柄と平行線を続けてきた僕らにとっては、当然あるべき変化でさえ、あまりに大事件だった、と思う。
放課後の二年三組で過ごす、いまここにある何気ない時間でさえ、その変化の前後では意味がまるっきり変わった気さえ、する。
「夏休みも楽しかったけどさ。なんだかんだ、いつもどおりがいいよ。こういう、だらーっとした放課後が、一番」
なずなが言った。
楽しくない夏休みを過ごした僕でも、おおむね同意だ。うなずく。
「ま、でもただ日常が戻ってきたわけじゃねーぜ。二学期は行事が盛りだくさん、楽しみがいっぱい待ってんだ。10月に文化祭、11月に修学旅行。12月にクリスマス」
「クリスマスは学校関係ないけどな」
「それに、お前にも関係がない」
「おい」
楽しくない夏休みを過ごした僕だからこそ、抗議の声を上げた。
「アハハ、冗談だって」
と峰岸は笑う。なずなも笑う。このカップル、二人そろってサディズムに振り切ってやがる。
「でもさ、私おもうんだけど。恋愛だけが青春のすべてじゃないでしょ?」
「夏休みを100%恋愛に使った人間から出る言葉とは思えないな」
「100%じゃない。120%だ」
「峰岸、とりあえず黙れよ」
峰岸の悪意120%の茶々を躱して、僕はなずなの声に耳を傾けた。
「とにかくさ。二学期は、学校側が『青春しろ』って言わんばかりの、イベントだらけなんだから、楽しみなことに思いを馳せようよ」
「そうだぜ、相棒」と峰岸が僕の肩に腕を回して、言う。「夏が終わり、秋が来る。芸術の秋、食欲の秋、それに読書の秋なんてのもあるな。そういうさ、いろんなことするのにはおあつらえ向きな季節が始まるんだからよ。楽しもうぜ」
「芸術も食も読書も、基本個人作業だよな」
「親友よ。もう一度言う。楽しもう」
「うん。まずは会話成立させようぜ」
まあでも、と胸中で呟く。
なずなや峰岸が言っていること、これからやってくる季節に期待すること、っていうのは大事だな、と思う。
いや、そもそも夏休みを無駄にしたことや、楓への想いが破れ、恋愛とは疎遠になってしまったことを、悲観しているわけではない。それにもちろん、恋人同士になった二人を妬むつもりだってない。むしろ、幸せになってくれたことを幸せに思っている。
つまるところ、今日のこれまでのやりとりは、いってしまえば親友との「じゃれあい」に近いものだと言っても過言じゃない。
そういうわけだから、口ではああいいながらも、心では二人が口にした希望的観測に大きく肯いていた。
「じゃあま、さっそくだけど、」峰岸が僕の肩に回していた腕を解きながら、立ち上がる。「この後、カラオケでもいかが? 相棒」
お、いいねー、となずなが声を上げた。
「カラオケぇ?」
「ああ。音楽の秋っつーことでさ。密室で男女三人、楽しいことしようぜ」
「私、たくさん声出しちゃうよぉ!」
「なあ、お前ら二人とも、わざとエロく聞こえるように喋ってない?」
と僕がツッコミを入れた、その時だった。
唐突に、勢いよく教室の扉が開いた。
なにごとか、とそちらへ視線をやれば、そこに立っていたのは、見覚えのある女子生徒だった。
見覚えのある、というか、網膜に焼き付いて離れない顔、というか。
それほどまでに、僕にとって彼女のことは、印象深い存在だ──悪い意味で。
「やっほ。やっぱいた。てか、めっちゃいるじゃん」その女生徒は教室の入り口から顔だけを覗かせて、「でも、用事があるのは彼だけなんだ」
僕と視線を合わせて、言った。
「いつぞやみたいなシチュエーションだね、陽平くん。いま、暇? ツラ貸せる?」
僕は、彼女──如月美紀に向かって、言う。
「悪い予感がするから言うけど、暇じゃない」
「あは。大丈夫、悪いようにはしないから」
そしていつも通り、不敵に笑うのだった。
「安心しなよ」
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